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2010年8月12日

沈まぬ太陽(2009)

Nikkou 

- 申し開きのしようもない -

日航機の事故は8月12日に発生。テレビ速報で大惨事であることを直感した。自衛隊が直ぐ発見するはずと思ったが、意外に発見は遅れた。日本の陸地で何かが起これば、直ちに確認できないと能力を疑う。判断ミスで手間取っているのでは?と、疑った。

墜落事故や日航に関して、文学的な評価を試みた原作。大作だったので読みきれなかった。作者は国民的と称される山崎豊子氏で、彼女なくして論じる資格のある作家はいない。ただし山崎氏は権威に反感を示しすぎる印象も感じる。

映画化は想像しただけでも難しい。日航から苦情がないはずはないし、超大作をまとめるのは日航をまとめるのに似て、異論、反論が渦巻く。事故の遺族達も黙ってはいない。会社を弁護したら、袋叩きにあっても当然だ。

怨嗟の渦巻く事故を扱う、それだけでも怖ろしいことだ。どんな風に描くのか非常に興味を持ち、恐怖に似た気持ちさえ感じながらDVDを挿入。

・・・観終わって・・・

ともかく、映画も大作だった。遺族の心境を丁寧に表現しようと努めていた印象。会社側に対しては公平だったか解らない。ただし上の写真のような映像が出れば、いかに正当な理由があろうとも申し開きのしようもない。公平さなど必要ないとも言えるが・・・

物語を実際の時間通りにしてはいけなかったのか?と、まず思った。時間を行き来しすぎている印象。主人公の心情を我々が理解するために必須ならば回想シーンにする必要があるが、そのようには思えない。

ポイントの置き方、配役も気になった。家族で観ることが可能な作品になっている点では満足だが、日航を一方的な悪役にすると、作品のレベルは下がる。複雑なものを、そのまま表現して観客の理解に任せる手法が一般的ではないか?メロドラマではダメ。あの大惨事はメロドラマ仕立てにしてよいテーマではない。

敵役は大事で、決め手になる。できれば迫力がある、この上ない悪の美形が望ましい。村上弘明などなら良い悪役になりそうだ。悪役が生きてくれば、ドラマのレベルが上がる。「オレが日航を改革してみせる。」と言いながら、不正な手段をとる人物像が望ましかった。

重役達の個性や執念、それなりの信念を表現できれば良かった。やりすぎると弁護になるから突き放した視点は必要だが、それぞれの思惑や責任を表現できれば良かった。日航のような会社の役員は、東大などを出た人物が多いと思う。役人だった人も多いのでは?それなりの考え方はあったはずだ。

被害者の家族を美しい女優達が演じていたが、ブサイクで良いから演技力を重視してキャスティングしてはどうか?色っぽさなど必要ない。殺気や狂気の混じった怒り、オカルト的なほどの異常な悲しみ、恨みを表現して欲しかった。安っぽいメロドラマとは格式の違うところを見せるべきだ。

いっそ怒るシーンを廃してはどうだろうか?大声で怒ったら安っぽい芝居になりやすい。怒ろうとして前に進んだが、声が出ない、座り込むといった演出のほうが、かえって激しい怒りを表現するのでは?怒鳴っているシーンは、必死の表情だけ写して、音は音楽かナレーションにするべきでは?

泣き顔を見せる場合、間接的表現に止める場合、様々な表現を織り交ぜて描くべきでは?実際にも人によって表情はバラバラだと思う。泣くべきシーンで静かな笑顔を見せる、激しく怒る人と、異常に静かで不気味な対面など、とにかく究極の悲劇を扱うのだから、テレビとは違う演出を期待したい。

直接の表現は、この種の映画ではひかえるべき。

映画の中の日航の首脳部は、陰湿に描かれていた。実際は違うと思うが、結果として乗客に害を及ぼし、会社を危うくしたことは否めない。現場の職員が必死になっても、結果に反映されない悪しきシステム、因習があったようだ。

・・・・日航に関して・・・・

日航に関しては断片的な知識しかない。一介の町医者にすぎない私が評価できるような簡単な話ではないが、日航は日本の縮図のようだ。役所や自治体病院とも似ている。

病院も役所の職員も、多くが倒れそうなほど働いている。でも、全体として効率が悪いために、現場に負担がかかっていることが多い。根本的システムが間違っている印象。

皆、心から勘違いしているから、一生懸命に考えて対処を間違う。論理の運び方と、視点に問題がある。簡単に言えば、「コストカット→現場の負担は我慢→経営の改善→労働者に還元。」という流れと、「労働者が耐えられない→賃金アップと権利の確保→労働力の確保→会社の安定」という流れ、それに「安全管理→事故の防止→信頼の確保→会社の経営の安定→労働者に還元」という流れがあるが、マルクス的に考えるか管理者的に考えるかで対応は真逆になる。

病院の会議でもそうだった。上記の「  」のような内容で皆が真剣に、怒鳴りあって意見を交わしていたが、出てきた結論は疑問符のつくものばかり。何でそうなるの?って感じ。結果的にも効果は出なかったものが多い。論理の運び方がおかしい。大学を出ようと、長く社会で働いていようと、視点を正しく保つことは難しい。

簡単な手はない。もし健全化できるとすれば、条件はいくつかあると思うが、特に上司の命令を断る場合の社内規定は重要だと思う。明確な規則があれば、首脳の犯罪を抑止することはできる。法を理由に上司に反抗した時に、その職員の立場を保護できれば組織は機能する。誰かが暴走しても、立場が保障されているなら、それを止められる。

組織の機能を損なわないという視点で規則を作れていない。組織の生き残りをかけて、真摯な態度で作れればよいのだが・・・

正しい方針を立てるという目的に純粋に取り組めばよいが、現実には「休みたい~働かせたい、コストカット~待遇改善、友人関係~ライバル意識、自分の出世欲~連帯感、金銭欲、共産主義への反感」などの雑音に影響されることが多い。激しい仕事に耐えられるのは、出世欲や競争心があるからだが、そればかり煽っていては、長期的には組織の道を誤る。冷静で、混じり気のない判断ができるかどうかを重視すべきだった。

説得は、多分に理より情による。理屈はメチャクチャでも、眼光鋭く声高らかに話したほうが説得力がある。迫力に押されて、肝心の理論はおろそかになりがち。単純に、左遷されたくないという恐怖から良心に目をつぶることも多い。こんな性向を利用されては、変な結論が出てしまう。

採用、人事、労使交渉などの明朗化も必須だ。自分が人事で不利を被るとなると、不正や怠慢に異を唱えるのは勇気がいる。公私の区別がつく人間が人事を担当しないといけないが、それは残念ながら外部の人間でないとできないかも。いっそ、民間の会社に人事を完全委託するってのはどうか?

私が会社の首脳部なら、主人公に対しては良い待遇を与える。それが普通だと思う。人心を腐らせる対応は禍根を残し、何かの火種~事故につながる。報復人事ができない明確な規則も必要だった。感情にとらわれる上司が勝手をするなら、人事権を上司から奪わないと会社が生き残れない。その認識が足りなかったのでは?

日航に限らず、経営が順調でない会社は、どこもそうなのかもしれない。人事、労使関係、職場の風紀や伝統、社風、政治家、政党、役人、それらの悪い面の負の連鎖によって作られた経緯~構造があるようだ。

現場の実情を無視したコストカットや人員削減は危険だ。仕事に耐えられなくて一人が休むと、残った人にしわ寄せが来る。無理が貯まると大惨事の原因になる。病院の医療事故の事例でも大抵は無理が関係している。いっぽうで、給料泥棒も多い。口だけ働いていて使い物にならない人物も多い。

組合活動をやると、労使の双方とも態度が強硬化し、活動家などが関与してさらに対立が激化していく。典型的な悪循環のパターンだ。双方の戦略が、結果として会社の足を引っ張る結果につながる。労働運動は必要だが、法廷で対決できるようなシステムが望まれる。

法律や司法界のレベルが低くて、労働者の権利を守りきれていなかったのだろう。裁判所が会社の味方と解っていたから、争議で対抗するしかなかった。裁判所の信頼も大事だ。

景気が良かった時代には路線を増やし、借金も増える。天下りや縁故採用などは、どこもが抱える問題だが、構造的な非効率、借金まみれ、癒着だらけで、皆がそれに依存した体制が出来上がっているので、急に正常化すると生きていけない人が大勢。だから、急激には改善できない。

今、国の財政健全化のために消費税を上げる論議が活発だが、歳出が肥大化しすぎていることが根本的問題だ。日航と似た状況。この体質の改善は難しい。切られる側にとっては死活問題だから、命がけで反対する。歳出が減ると、効率が悪いながらも流れていた金がストップするから景気=業績が悪くなる。

対処法を全く知らないので虚しい。素人ながら、おそらく奇策は無効だし必要ないと考える。単純なことをやって耐えるべきでは?とは思うものの、自信を持って提言できない。仕分けのような派手な手段も必要かも知れないが、ある程度は予算を総量規制して「○年度までには歳入と同額の予算を組みます。」ってな実力行使が必要ではないか?

各省の要求を積み上げる手法では絶対に赤字が出るから、総額を先に決めるべきだ。個人の貯蓄や外貨準備があるので、状況はまだ最悪ではない。でも生き残りを図らなければ生き残れない。

生き残るという視点がなさすぎた。国も日航も。

消費税を5%のままなら、各省の予算と人員は前年比5%削減、10%なら10%削減するってのはどうか?人事院は機能していないので、しばらく休業!さすがの役人達も目が覚めるかも。細かい削減方法を政治家が論じる必要はない。

さて、社員の待遇改善に尽力した主人公だったが、雑誌によれば日航の社員の待遇は、他の会社から見るとかなり良いものだったらしい。政治家や役人の縁故の社員が幅を利かし、実務を担当する社員と待遇が異なるといった報道もされている。主人公の活動も単純に評価できないかもしれない。危機管理の視点で尽力したならば尊敬すべきだ。

もしかすると私も甘い汁を吸ったことがあるのかも知れない。空港の保健室に頼まれて行ったことがある。ほとんどボーッとしているだけで謝礼がもらえた。勤務の病院とは全く違った優雅な世界。

甘い汁を吸える立場から改革を訴えることは難しい。苦労して手に入れた地位を放り出し、現場で汗まみれになろうとは思えない。「ゆっくり改善して行こうよ、俺達を信用してよ。どうして解ってくれないんだい?」、重役達の心情は、そんなものだったのでは?今、社員はどのような心境であろうか?要領の良い奴らは、さっさと退職しているだろう。再建するとしても荊の道が予想されるのだから。

経営が苦しい場合には、何事も難しくなる。人員を削減しないといけないが、やりすぎると事故を招く。勤労意欲をつなぎとめるのも難しい。赤字の責任を追及される。天下りすると批判される(最近も役員が関連会社に堂々と天下っていたようだが)。今日のように景気が良くない時期に、サービス業の経営を建て直すのは至難の技だ。

7月現在で累積債務超過が1兆円近いそうだ。実質はもっとあるだろう。気が遠くなるような金額で、完全なダッチロール状態。援助でつなぎながら、ソフトランディングを目指すしかないのか?

 

 

 

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