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2010年8月21日

キャピタリズム・マネーは踊る(2009)

- 資本主義vs.民主主義という考え方 - 

監督 マイケル・ムーア

アメリカの金融危機、不況に関してのドキュメンタリー半分、ジョーク半分の映画。監督はGMの工場があった町の出身。GMが撤退~破綻し、町は崩壊に近い状況。それも関連させながら、アメリカの金融業会の病根を描き出している。

視点は間違っていないと思う。描き方は独特でクセがあるが、観ていて面白い。下品ではないし、残虐なシーンもないので子供が観ても悪くはない。恋人と観るのにふさわしいかどうかは解らないが、面白いと感じる人が多いのでは?

監督の冴えない風貌やメタボな体型、コラムのような変な合成画像、ナレーションにはセンスがあり、ユーモアを感じる。

資本主義の行き過ぎは、民主主義精神やキリスト教の教えに反すると思う。弱者を踏みにじる体制は、日本人の感覚では許しがたく、日本もやられているクチだから、アメリカの民主主義の裏に隠れる強欲には嫌悪感を持つ。

アメリカが民主主義国家ではなく、資本主義国家だというのは、我々からすると何を今更と思えるが、彼らからすれば極めて耐え難い認識なのかも。かの国で資本主義に異を唱えるとは、何という怖ろしいことか・・・

今までなら、反資本主義=アカ=国の敵だった。本当はただの純粋なキリスト教徒でも、反民主主義みたいにレッテルを貼られて、言葉尻を摑まえて排除されていた。堂々と資本主義に異を唱えるのは監督の個性があったからだろう。

そもそも国の発生が資本によって起こっているのだから、資本を投下する対象からアメリカ国民が外れれば、どんな状況になるかは自明の理。今までは強力な軍隊で利益を確保する側だったから気がつかなかっただけ。

いろんな契約や過去の投資関係などから、豊かな者が権利を多く有し、貧しいものは権利を手放さざるをえないのは現実。ひとつひとつの契約の集積と、規制緩和の行き過ぎの結果だろうが、当初は思いもよらないほど悪い結果。まるでマフィアか魔物と契約しているようだ。上手い話に乗せられて、気がつけば巻き上げられている格好。

金融業会には大きな金が集まり、業界の上役は政府の内部の首脳になって、経済を思うように動かす。税金を自分達の保護のために使わせている。そんな構図がはっきりと描かれていた。誇張も多少はあるのだろうが、大きくは外れていないだろう。

日本でも経済界の意向が政策を決めているし、はっきり要求もしている。経団連の談話などの形での要求はもっともだと思うが、献金などを介しての間接的要求のように見える。国の投資の内容などにも、大きく意見が繁栄されてはいるが、企業のCEOが直接財務長官になったりはしない。アメリカのほうが独特ではないか?

あちらの政府高官は、性格から言えば役人と言うよりギャングに近い人物が多い。大統領だってそうだ。担がれているか担ぐかどうかの違いはあるが、力と利益を得るための手段として政府に入っている側面がある。

アメリカの金融政策についてはよく解らない。サブプライムローンの問題は、確か10年くらい前から騒がれてきたが、破綻まではかなり時間があった。おそらく映画に描かれていたように、利益の確保のための交渉合戦があって、政府の取り込みに失敗したグループが破綻し、成功したグループが公的資金を得たのではないか?

山一証券と、その他の証券会社の差と少し似ている。当時は日本でも不自然な動きがあったが、役人を取り込んだほうが生き残った格好だ。政府高官と役人との違いがあるだけかも。

証券会社側からすれば、利益を確保するように努めるべきで、可能なら政府内部に侵食して財務長官を務め、自分達に有利な政策をとってもらうのは当然だ。それを許すかどうかは、政府が決めること。許されるから、そうしただけだと言える。大統領にも投資しているのだから。

サブプライムローン問題が大きくなった理由は解らないが、イラク戦争や、OPEC諸国の政策も関係していると思う。アメリカの証券市場に金が集まりすぎ、IT関連の好況で不動産購入も増えて無理していたのでは?

製造業に関しては、中国に工場を作ってコストを抑えるのが原則なので、アメリカの製造業には投資しないのが正しい。でも急激な製造業の移転は脱落者を生むのが当然じゃなかろうか。

従業員が解雇されれば、ITバブルがあっても景気はいつか悪化する。一気に製造業が移転しないような規制が必要だった。現場で働く人が不要になれば、やがては物を購入できなくなるはずだ。

日本でもそうだ。欧米が中国に投資するから対抗しようとしたのだろうが、そもそも急激に何かの変化があること自体が大きな不幸を生む。いかに正当な変化であろうと、急激な変化を止める法規制は必要だ。その点ではアメリカと利害は一致していると思う。

新型の日産マーチはタイで生産されているという。身の回りの電気製品は、ほとんどが東南アジア製だ。グローバルに展開しないと価格的に対抗できないから当然だが、結果は見えている。グローバル企業が生き残り、空前の利益を上げる。しかし、国内では産業がないので、就職もできない。購買する資金もない。そして日本も韓国も、やがては中国も万骨枯るる状況になるはず。

金が国の中を大きく動き、富が分配され、経済活動が順調に動くことは大事。そのために投資家を守ろうと考えるか、購買者を守ろうとするか、そのバランスや手段や影響なども、よく考えて欲しかった。

アメリカの良い点は、この映画のような視点が共有化されて、実際の法規制に結びつく民主主義の伝統もあることだ。うまいこと宣伝に踊らされて、民主主義=資本主義だから、資本主義を守れ!と、騙されないといいけど・・・建国以前から踊らされてきたのだから、どうなるか?

 

 

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