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2010年8月 6日

燃えよドラゴン(1973)

Burusu 

- このポスター何度見たことか -

日本でのブルース・リーの人気を決定づけたカンフー映画。衛星放送で鑑賞。

二級品の作り方だったが、面白く、見ごたえがある。公開時には観ることができなかったが噂は凄かったし、テレビなどでも度々紹介されるので、ストーリーまで知っていた。でも実際に見た時は、感動はしなかった。心から憧れるほどの完成度がない、所詮は二級品という印象を受けた。

でも、なぜか観た後は晴々とした気持ちになっていた。スカッとした。それが一番大事なんだろう。

アクションは素晴らしい。若い主人公の動きは確かに見栄えがする。でもアクションの最中に人形を平気で蹴飛ばしたりするので失笑する観客も多かった。撮影の技術、根本的な感覚のレベルがまだ完成されていない感じがする。

空手やカンフーでの戦いが売りになるという発想が、まだ当時の日本には希薄だったような気がする。打ち合わせをした組み手を見せても笑われるだけで、主人公がヒーローになることなど考えられない、主人公が真面目な顔をするとギャグにしかならないというのが当時の一般的な感覚。

この作品でもブルース・リーの表情は臭すぎると思う。でも、その中で時々自然に笑うシーンがあったり、共演者の立場をちゃんと解説してあったりの手順を守れているので、ギリギリだが滑稽な映画にはなっていない。一歩間違えると、他のカンフー映画のレベルに落ちそうなところで、ヒーロー映画に留まれたようだ。

スパイ物のような音楽、忍び込み捜査の面もあった。ジェームズ・ボンドよりも身軽そうだったが、彼ほどのモテかたはなく、色っぽい部分は共演者が果たしていた。キャラクターとしては真面目すぎる感じだが、クールなヒーローは当時のマンガでも流行りだった。

高倉健の映画は、我慢に我慢を重ねた主人公が、ついに敵の卑怯な行為に立ち向かう流れだった。我々は主人公に同情し、もういい!我慢しなくてよい!という気持ちになって、それでラストの戦いに感動できた。最初から敵を殺しまくっていたら、殺伐とした気持ちになるだろう。

前半で主人公は戦わない。それは基本だ。この映画でもそうだった。今のアクション映画は十分ごとにアクションという流れが多い。流行の分析によって、そうなっているのか?

Moeyo

鏡の部屋のアイディアは誰が決めたのか知らないが、不気味な緊張感を出して、一方的な殴り合いで終わらせない効果があった。

妹の復讐という感情的な色づけも抜かりがなかった。変な泣き顔で敵を倒した場面で、主人公の気持ちを理解できた。あれがないと、感情無しに戦う殺人者になってしまう。

変と言えば、アチョーの声は実に変だった。髪形もおかしい。アフロヘヤーをイメージしたのか?

「北斗の拳」のケンシロウ、「ドラゴンボール」のキャラクターたち、皆が影響を受けている。「アチョー」の声が「アタタタ」に変わったりはしても、影響は大きかったようだ。

中学校には誰かが兄貴のヌンチャクを借りて持ってきていた。教室の後ろでは「アチャー」「オチョー」と戦いが開催されていたが、ヌンチャクは扱い方が難しく、怪我するハメになっていた。そこで厚紙などで代用しようということになり、工作室の道具を勝手に使用して試作品を製作し、これでようやく実戦に使用可能な製品が出回ることになり、教室での戦いは盛り上がったのであった。

香港からハリウッドに進出してみようという感覚が素晴らしい。スタッフの皆が野心家で、将来を展望する能力に長けていたようだ。

日本映画のチャンバラ、千葉真一のアクションなどが受け入れられるなら、カンフーも当然ヒットが狙えると考えるのは自然だ。ブルース・リー以前にも進出をした映画人はいたはずだ。よいストーリーと、ある程度鑑賞に耐えられる撮影、編集が備われば、ブームの下地はあったと思う。でも、それを実際に成し遂げるのは大したものだ。

香港からスタッフを招いてくれたハリウッドの製作者達も偉かった。「これはイケル。」という判断をできる人間がいたからこそ、映画ができたわけだ。

今の格闘シーンは、この時代よりリアルになっている。ヒーローが一方的に多数の敵をなぎ倒すことは稀だ。組み付かれたり、ある程度殴られたりしながら、徐々に勝利に持っていくスタイルが多い。ジャッキー・チェンの頃からヒーローもかなり殴られていた。リアルさを出さないと、失笑を買ってしまうから当然だ。

たぶん今後はもっとリアルになっていくに違いない。パワーを表現する技術が進んで、実際に殴り合っているとしか思えない格闘シーンが描かれるに違いない。「アバター」では怪物たちが攻撃してくる様子をCGで上手く表現できていたのだから、これから先は完全にCGになっていくのかも知れない。役者のモーション・ピクチャーすらない、最初からCGだけのカンフー映画も、そのうちできるだろう。

格闘技の動きの面では昔のジェット・リーが最高のレベルに達していたと思う。特にまだ若い頃の「少林寺」では、見た目の美しさに関しては完璧だった。ブルース・リーは戦いの仕方がちょっと違う。アメリカナイズされたステップで、ボクシングなどの要素も取り入れた競技会のようなノリのカッコづけた演武である。あれがないと、アメリカでは理解されなかったかもしれない。

 

 

 

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