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2010年6月15日

大いなる陰謀(2007)

- レッフォードの遺言? -

監督 ロバート・レッドフォード

野心家の政治家トム・クルーズ、政治学の教授で教え子が戦地に行くきっかけを作ってしまったロバート・レッドフォード、生活のために理想を捨てつつある記者のメリル・ストリープが、実は互いに関係はしているのだが、関係の仕方は知らないまま、しかも激しく対決するのではない不思議な物語。

トム・クルーズは確かに適役だったと思う。彼は野心家を演じてスターになったのだから。でも彼はこの作品では主演とは言えない。野心家が失敗を乗り越えるパターンではなく、ただ助演していたに過ぎない。主演は、たぶん教授のレッドフォードか?

ノンポリの学生も結構出番が長いが、彼はレッドフォードの意見を引き出す役目に過ぎない。ただし、この学生役は非常に上手かった。

兵士役の二人は、この映画では大事な役割だった。でも、ほとんどのシーンは暗闇の中で銃を撃つだけの出演で、演技のしようもない感じ。大事な秘密作戦に、ぽっと出の新兵を連れて行くものだろうか?その辺の事情は解らないが、日本でならベテラン兵が選ばれるのでは?

この作品は、興業的な魅力に欠けると思う。激しい戦闘シーンがない。銃を撃ち合う場面でも、恐怖の演出は不足していた。取り残されて、恐怖に震える二人を演出しようと思えば、もっとやりようがあったような気がする。それで客は同情してくれるはずだが・・・

この作品は家族で観るに最適な映画とは言えないと思うが、内容的には真面目で悪くはない。ただ楽しくはない。説教臭いとも言える。まるでレッドフォードの遺言のようだ。彼も凄く老けたものだ。

恋人といっしょに観るのは最悪の選択かも。よほど出演者のファンでない限り、満足はできそうにない。でもコンセプトは優れたものだと思う。

アメリカの問題点の本質を扱っている気はする。政治的に動いて国民の賛同を得るためには、計画のリークは必要。それで国民が興味を持ってくれないことには予算も取れないので、政策自体が維持できなくなる。そうすれば敵の思うつぼだ。

でも、演出によって国民を欺き、ウソによって自らの利益を得ようとする動きも生じる。政治家本人が清廉潔白であったとしても、彼を担いで一儲けしようという輩は必ず群がってくるものだ。ハイエナのような連中に嫌だと言おうものなら、敵に回られて自分が落選してしまって元も子もない。

戦い自体が本当に必要かどうかも怪しい。イラク戦争が、その代表だった。

アメリカの場合、身を立てようと思う優秀な人材の中には、軍隊に身を投じる者も確かにいる。軍にいたということは愛国者の明かしみたいなものだから、将来的には有利だし、奨学金制度のメリットも大きい。

日本の場合は徴兵制度もないし、愛国心のレベルが全く違うので、好んで自衛官になろうと考える人は少数派だ。就職口のひとつと割り切る人が多いかも。あくまで想像だが。平和な時代が長くなったので、自衛官であることは特別有利に働かない。税金泥棒と考えられかねない。日本のほうが特殊なだけだろうが。

アメリカにとっては、国を相手にしていた時代が去ってテロリスト達が相手になると、非常に厄介な事態。キャンペーンによって予算を得て作戦を起こす手法ではキリがない時代だ。トム議員の今回の手法が成功しても、おそらくテロリスト達はしばらくすればまた集まる。一網打尽にしても、一過性に過ぎない。

国民は、さすがに飽きてしまう。戦闘に意味が本当にあるのか疑問に思えてくる。貧しいテロリストが勝手に何かやっても無視していいのでは?兵隊を失うだけの価値があるのか?と必ず考える。昔は戦車が来れば話は付いていたが、今は武器が進歩しているので、不満分子を火力で圧倒することはできない。昔の戦略は通用しない。

移民の受け入れ方にも変化は来ているらしいが、特にアラブ系の移民は移民後の第二第三世代がテロリスト化するので厄介だ。立派に市民権を持った敵が国内に次々現れたら、取り締まりは非常に難しい。かっての日本人の強制収用と同じように人権を制限しないといけなくなる。それは新たな対立を生む。

そもそも古代ローマばりの移民政策には副作用もある。優秀な人材、労働力を集めて発展するためには移民の受け入れは欠かせないが、その後の造反分子の摘発には隣組式の監視が必要だ。昔ながらの独立精神、自由を何より重んじる生き方は国内の敵に有利にはたらく。

自らを銃で守るという伝統は、インディアン相手には有効でも自爆テロには通用しない。市民権を持ったテロリストに銃をむけることは難しい。時間が経てば自爆犯人は枯渇していくだろうが、なかなかゼロにはならないだろう。古代ローマ帝国内に入り込んだゲルマン人に占領されるのと同じことが起きないとも限らない。

今の中東諸国とアメリカの対立の解決法は見えない。石油資源がどこまで持つか、エネルギー資源に革命が起こるかどうかによっても話は変わると思う。石油資源が枯渇してきたら、アメリカは容赦なくイランを攻撃するかも。安定的に石油を供給するためには、イラン国民が完全にアメリカの言いなりになるまで、どんなキャンペーンを張るか解らない。

テロ攻撃を口実に、もはや民主化などを全く論じなくなる可能性もある。せっぱ詰まれば、現地に警察国家を樹立させて、徹底支配を目指す可能性もないとは言えない。テロリストを管理するためには、基本的人権などない国家を作るしかない。でも、その過程では、国内の人権活動家から激しい反発もあるだろう。管理が行き届かないまま、ズルズルと問題を引きずるのでは?

投資先としての魅力のない国には、特に援助する必要を認めないと思う。日本は大戦後は良い投資先だったから援助してきたが、生産工場としては魅力を失っている。無視されても仕方ない。今は中国やインドなどに投資すべきだから、多少の人権問題や軋轢には目をつぶろうとアメリカは考えているはずだ。何かのトラブルが目立つようになったら、きっとキャンペーンを張ってくるだろう。

もし日本がアメリカに何かをして欲しい場合には、キャンペーンを張るしかない。鳩山総理のような交渉では、向こうとしては無視するしかない。「困った要求だねえ。」と困惑するしかなかったのだろう。

アメリカが日本の不利になることをやってきても、対決姿勢は禁物だ。批判してはいけない。国民を称賛し、敬意を示しながら寛容を訴えるべきだ。アメリカ国民が日本への制裁に意義を見出さないような姿勢を維持するのが原則だ。

 

 

 

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