映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 大統領の陰謀(1976) | トップページ | あの日、欲望の大地で(2008) »

2010年5月20日

ガンジー(1982)

- 鳩山君も観たか? -

Photo_2

インド独立運動の中心となったガンジーを、史実に忠実に描こうとした作品。監督はリチャード・アッテンボロー。本来は脇役俳優だが、この作品では見事な演出ぶり。ガンジーおたくだったのか? 主演は、これも意外なベン・キングズレー。悪役のほうが似合いそうな俳優だが、個性が上手く合っている印象。

映画自体は少々長すぎる印象。もうちょっと短くして欲しかった。家族や恋人と観る映画ではないと思うが、良い作品だと思う。観ても楽しくはないが・・・

ガンジーがネールに「失敗だったかな?」と作戦ミスへの不安を述べる箇所があった。偉人を描いた映画としては実に珍しいが、人物像に迫ろうという意図を感じさせる素晴らしいシーンだった。

エピソードが多いことは人物像を表現するためには良かったが、少し削るべきではなかったか?個人的には白人の協力者達は登場機会が多すぎる印象を持った。はっきり言って善意の白人は牧師だけで充分で、後は悪役でいい。キャンディス・バーゲンの女カメラマンなどは全く不要だと思う。

演出も今になってみれば素人くさい。古風な演劇のクセを感じる。ただし、それらを補って余りある、主人公の魅力が感じられる。

ガンジー。偉人の中の偉人。特に精神的な面において、彼以上の人物は見当たらない。伝記は2冊くらい読んだ記憶があるのだが、いつの間にか本棚からなくなっている。彼の業績や生き方に感動はするものの、ちょっと真似できそうにない。

まず当時は、独立運動に加わっただけで死を覚悟しないといけない。イギリス警察、軍、イスラム教徒、ヒンズー教の過激派、少数民族、単なる強盗、いずれからも殺されておかしくない。まともな感覚の人間では、自分が率先して運動しようとは考えられない。

運動の仕方も独特すぎて理解できない。イギリス軍が強力だから非暴力で対抗するというのは理屈では解るものの、それで仲間の理解が得られるなんて、少なくとも同時期の日本ではありえまい。直ちに仲間から殺されるか、失脚させられる。よく支持を保ちえたものだ。

比較するのが適切か解らないが、例えば今の鳩山総理が沖縄の基地問題を改善したいと言った場合、意図はまともだと思う。沖縄だけが負担を強いられるのは、明らかにおかしい。

でも、自民党はできそうにないことを言うから退陣せよと言うし、沖縄の住民達も県外移設以外は反対の立場を採っている。結果としてどのような方向を狙っているのか?自民党時代の合意に戻したいと考えているのか?鳩山総理に反対して、結果的に自民党政権になってもいいのか?

今の報道の内容だと、鳩山総理がクズで、自民党が正しくなってしまう。総理の姿勢に沖縄県民としては腹が煮えくり返る思いだろうが、ここはこらえて「基地問題を取り上げてくれたことに感謝したい。だが・・・」という言い方をすべきではないか?勝手ながら、報道のされ方、影響まで考えると、そう思う。

自民党時代の合意案が軍事的に必須のものか、素人の私には解らないが、東シナ海では中国の覇権が強まっていくことは疑いもないことであり、基地があろうとなかろうと、中国にとっては大きな問題ではない。攻める必要を認めたら、容赦なく攻撃してくる。仮に沖縄がアメリカ領であろうとも同様だ。

そもそも制海権、制空権維持のために沖縄の基地がどの程度重要か解らない。衛星やイージス艦などを使った遠隔攻撃の時代、基地に陣取っていても攻撃の対象になるだけでは?最初の攻撃目標は当然基地だ。その攻撃を耐えることが可能なのか?第一波で壊滅するはずだが・・・

今の時代、前線基地は固定できない。常に移動しないと誘導ミサイルの餌食になるだけだ。基地には訓練、宿泊、在庫管理の機能しか期待できない。戦争を抑止する効果があるとは思えない。

すでに大半の機能はグアムに移転しているという報道もある。アメリカ側が本当に自民党案以外は拒絶しているのか、太平洋戦争で勝ち取った権益をみすみす失う理由はないと考えているのか、単に費用の面で乗り気でないという意味で無視を決め込んでいるのか、もしくは軍事的に明確な意図があるのか解らない。

クリントン長官などのコメントは「現行案に沿うべきと考える」といった内容で、例えば「何か通商上の譲歩をすれば交渉に応じてもいいわよ。」というふうにも聞こえる。向こうにしてみれば、当然の考え方だろう。

政府の人達は直接交渉しているから、そのへんの事情が解るのかも知れない。ちゃんとした見通しがあって移転の話を論じているのか?役人たちはダンマリを決め込んで自分達からは動きたくない問題である。かちかち山の泥舟には乗りたくない。首相たちは自ら動くしかないので、はかどらないだろう。

可能なら、粘り強く国内法で法的に対処すべきだろう。中国などはいつもそうだ。「国内法でこうなっているので、このようにしました。」と、無茶な要求をしている。国内法に非難をすると内政干渉になるから、外国も直接は攻撃できないという理屈だろう。

直接的にアメリカの意志に反する方針を立てると、米国政府は恥も外聞もなく日本製品のリコールやスキャンダル・キャンペーンを張って対抗してくるので、ガンジーなみの慎重さが必要になる。わが国には法律しか武器はない。沖縄の米軍の活動に間接的に影響する法律を作ることが望まれる。

沖縄の地主達がアメリカで訴訟を起こした例はないのか?

いずれにせよ鳩山総理は、今まで無視されてきた沖縄の基地問題に正面から取り組んでいる真面目な政治家だ。損な役割を自ら演じていることに敬意を表したい。彼を悪く言えば、それは基地問題を無視して自分達だけ良い思いをしたいということに他ならない。

過激な手段によらず、正面から対峙しようという姿勢にもエリート精神を感じる。ただし、全然評価されなさそうだ。素人考えだが、他の手法があったのではないかとも思う。裏交渉が進んでから公表すべきだった。本人もガンジーにあやかれれば・・・と考えているかもしれない。

ガンジーは死を覚悟していたからだろうが、戦略的見通しを持って、結構したたかな交渉をしていたようだ。イギリスは自分を殺せないし、インドの独立を認めざるを得ないと確信していたからこそ行動もできたのだ。まず理想があったのではない。そのように感じた。

 

 

 

« 大統領の陰謀(1976) | トップページ | あの日、欲望の大地で(2008) »

無料ブログはココログ