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2010年5月30日

グレン・ミラー物語(1954)

- 清涼剤 -

グレン・ミラー・バンドのバンドリーダーの物語。質屋通いの売れない音楽家ミラー氏が、よき友、よき伴侶を得て、次第に独自の音楽を作り上げ、名声を得る物語。

主人公はジェームズ・スチュアートで、このような物語に必須のアイテム的な俳優と言える。個性が役柄にはまりすぎて、ちょっと嫌悪感すら感じたくなるような、あくまで健全なキャラクター。物語も、時には悲劇もあるのだが、美しい友情や愛情、幸せ、献身で満ち溢れた、いたって健康的なもの。最終的に悲劇があっても、大部分を幸福に描き、苦労さえユーモアを持って描くのは昔の作り方だが、逆に新鮮な印象を受ける。

たまには、こんな映画も良いのでは?

昔の映画は、倫理鑑定が厳しかった関係か、健全なものがほとんど。したがって、この作品を友人達に観ようなどと提案したら、きっとバカにされる。仮にビッグバンドの演奏仲間であっても、よく考えてからのほうが良い。

小さい子供がいる家庭の場合は、この作品は今でも悪くない。恋人と観るのも、時には趣向を変える意味で悪くないかも。「アバター」みたいに、いかにリアルで迫力がある映画でも、いつもでは飽きる。たまには清涼剤的な映画も観るべきだ。

しかし奥さんの顔にアップが来ると「きっと奥さんのにこやかな笑顔が写るんだな、監督はそれを期待してるな。」と、すぐに感じてしまう。そしてお約束の笑顔がある。しらける人はしらけるだろう。

グレン・ミラー楽団の曲は、ノンビリしたい時には良い。若い頃は全く興味なかったが、いつもラップやマイルス・デイビスタイプの曲では落ち着きの面で違和感を感じるようになってきた。スウィングジャズは中途半端な古さでなく、とことん古い点が好ましい。玉名の女子高校がビッグバンドのクラブを作っていて、時々演奏にも行っているそうだが、学生が大勢で演奏するのには確かに向いている。

できの良い音楽だった。クラリネットの使い方がオシャレで心が和むような雰囲気を出すのに効果的だったのか?映画のようにトランペッターが怪我をして偶然思いついたのではないような気がするが、いずれにせよ第一級の演奏者ではなかったミラー氏がアイドルになる効果はあったようだ。

主人公もそうだったが、ヒロインを演じていたジューン・アリソンが、またいかにも献身的で健全な演技ぶりだった。まさか大塚寧々と親戚か?よく似ていた。

実際のミラー家の家計がどうだったかは知らないが、不遇の時代が全くなかったはずはない。大戦前は国が不景気にあえいでいたはずだ。そんな時代にジャズミュージシャンと結婚しようというのは勇気がいる。

古い映画なので、電話機の形が懐かしい。子供の頃、祖父の家にあったが、当時でも珍しかった。マンハッタンなどの風景も記録としての価値を持ちそうな感じ。ちょっと気になったが、当時の電話の料金は、いったいどうやって計算していたのだろうか?

セットの屋敷の玄関なども、子供の頃憧れた大邸宅のイメージそのまま、広大で開放的。結局、日本ではいかな金持ちでも、あのような作りの豪邸は非現実的だ。日本で最高に成功したミュージシャンと言える北島三郎のお屋敷拝見番組を見ても、豪邸のあり方が違う。あんな作り方はしていない。土地の狭さが、そのまま家の作りに反映している。もしくは競馬ですってしまった関係か?

ルイ・アームストロングが出演していたが、変な照明を浴びながらの演奏で、果たして効果的な演出だったのが疑問に思った。とことん清廉な作品には、ちょっと似つかわしくなかった。また、彼のキャラクターが映画の中では生きていなかった。脇役の扱いだった。

店では黒人と白人が仲良く合い席していたが、実際にはどうか?

 

 

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