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2010年4月12日

不毛地帯(1976)

- 法的武装 -

瀬島龍三氏をモデルにしたと言われる壱岐を主人公に、次期戦闘機Fxの購入をめぐって商社、政治家、自衛隊員などが暗躍するストーリー。サンデー毎日に掲載されていた頃から時々読んではいたが、長い作品なので、全体像は知らなかった。この映画は、その一部を要約して上手くまとめたが、それでも長く、途中には休憩時間がある。

主人公の壱岐を演じた仲代達也の不気味な顔が素晴らしい。いかにもクセモノという感じ。その彼が友人の自殺後に見せる表情が、逆に人間的であることが印象に残る。この場合はオーバーな表情も気にならない。

最近、テレビ映画か何かで、この役を唐沢寿明が演じたそうだ。唐沢は多才な役者とは思うものの、多少キャラクター的に違うような気もする。

この作品は、大人限定だと思う。今の若い人達は、おそらく興味を示さないのでは? 政治家がどんだけ汚職しても、抜本的解決はありえない。根本的に上の世代は間違っている。解決のしようはない。もう自分には関係ない、という意識があると思う。

作品の中の多くのシーンは室内で、最近の映画のようなアクション面の迫力には欠ける印象がある。予算の都合もあったのだろうが、全体に重厚な雰囲気が漂うとは思えない。でも出演者達の力量は相当なもので、人間ドラマの迫力は素晴らしかった。

海部八郎をイメージした田宮二郎も存在感があった。敗れたらすぐ次の戦闘機売り込みに乗り出すタフネスぶりが小気味良い。得難い役者だった。ニヤッと笑う丹波哲郎も素晴らしい。霊の世界の話をしなければ、非常に良い役者だった。

若い秋吉久美子が娘役で出演していた。安保闘争で若者が父親世代に虐げられていることを怒るシーンは、この当時の若い世代の憤激を集約したものだったろう。化粧のせいか知らないが、秋吉久美子と八千草薫の顔立ちが似ているような気がした。本当の家族のように自然に演技できていたからかも。

瀬島自身は、公開の76年当時は伊藤忠の副社長だったはずだが、どんな風に感じただろうか?好意的に描かれていたから、特にクレームはつけなかったのではなかったか?もしくは右翼を通じて注文くらいはつけたかもしれない。

瀬島という人物は興味深い。敗戦の責任をとって死んでいてもおかしくないはずだが、生き残って政財界で活躍している。11年も収容所に入っていたから、みそぎは済んだという考えか?何かスパイとしての取り引きがあって活躍できたのか?優秀なエリートだったはずだが、精神構造は常人の理解を超えている。

武士の時代の責任は即、切腹を意味したが、社会が安定した関係か、「切腹は部下がするもの」という伝統ができてしまったようだ。この作品でも部下だけが逮捕されていた。恥を知らない人物だけ生き残るのは現実だ。

日本でも「責任を潔く取れ!」と騒がれることには違いないが、しばらく経つと許してしまう。悪の巨頭、人類の敵みたいに扱われていた人物でも、再評価というか、良い部分に免じる反応が起こるようで、これに加えて法的にも執行猶予期間を経たら、いよいよ本格的に贖罪は済んだ人物になってしまう。

民事事件では法的な処罰が済んだら社会的には許すべきだろうが、多くの人命に関わった人物をなぜ許すのか解らない。許すのが美徳と思っているのか?その後の社会的、精神的影響まで考えないといけない。感情にまかせて殺してしまったり、いたずらに厳格に処罰するのも問題だが、外国から見れば、日本人は寛容だが無責任な連中としか写らないだろう。

無責任は人心を腐らせる。後進が精神的に悪い影響を受けないように、本人も身を正す=ひっそり過ごすべきである。いかに優秀な人材であろうとも。高級参謀だった石原莞爾は、その点をわきまえていたほうだ。

戦前は、おそらく軍の首脳を罰する規定はなかったのではないか? 敗戦の場合は、単に役職から失脚するくらいでは済まない。数万~十万の単位で人が死ぬのだから、責任の所在を明確にするのが原則だ。

憲法にも欠陥があったし、法律のレベル、完成度が低すぎることから、暴走や誤った戦略に陥ることを止められないという構造的な欠陥があるのだろう。現在でもそのままだと思う。アメリカの場合は、独裁者が出現しないようによく考えたシステムがあるようだが、日本の規定では不充分だ。

壱岐らと対立する防衛庁の大物は、人事を牛耳る人物だった。あれは一般社会に多いタイプだ。立ち回りの上手さだけで出世する。誰でも立ち回りの能力があれば、あのように生きるかもしれないが、人を踏みつける生き方には耐えられない。

目が内向きか外向きかの違いがあるような気がする。

劇中の政治家達のセリフは、子供の喧嘩のようだ。子供のときの論理をそのまま維持すると、倫理より友人関係、保身のためなら脅迫(=子供の時代のイジメ)も気にしない。恐怖で部下をしばる。したがって子供のような精神構造の人間が出世し、仲間でない人間を排除する。

内向きに頑張る人間は、しかし社会のパワーを損なってしまう。今の若い人達は、よほどの自信家でないかぎり、たぶん夢を持って成長はできない。将来は暗いだろう、親達の世代は自分らを豊かにはしてくれないだろうと感じているはずだ。頑張れる人間は、よほど利己的か鈍い人間かもしれない。

例外はあるが、二世でないかぎり大会社の社長や代議士にはなれない。縁戚関係がないと市役所への就職にも影響する。戦後に社会が安定してしまって、実力以外の部分でハンデを感じる場合が増えた。安定社会なので、抜本的な改革は嫌われる。政府も県も町も、行政はすべて戦略に欠けている。誰も尊敬できない。これでは、利己主義者でない限り、失望するのが正しい反応だ。

頑張れば必ず成果が得られる、社会悪は処罰されるという確信が必要である。

ちょっとした寛容が、思いがけないところで社会全体に影響を及ぼしているかもしれないのだが、とことん考え詰めて評価する風潮にない。雰囲気に流されて、許していけないことを許しているかも知れないと自覚して欲しい。子供や若者に夢を与えるために、内向きの人間は襟を正して欲しい。

国内向きには確固たる強さを見せる大物が、外国相手の戦いになれば勝負にならない。 作品の中の「貝塚天皇」は、その象徴的人物だった。結局、彼もアメリカの航空機会社側からすれば、単なる手駒のひとつに過ぎない。

ロッキード事件や、FX選定のたびに日本の政治家のスキャンダルが噴出するが、もしかするとアメリカ政府の交渉材料に過ぎないのかも知れない。

田中角栄の存在が邪魔になるか、何かの要求を拒否されれば、調査でアメリカ側のワイロはすぐ解るので、これをネタにゆする。もしくは、民主党寄りの会社を失墜させるために、共和党側のスタッフが暴露するなどは考えやすい。彼らの手のひらの上でジタバタさせられているに過ぎないのかも。

法律のレベルを上げて、FX問題で不正な動きをすれば損することが間違いないシステムを作れば、この種の問題は少なくなるのだろう。でも法的な武装は難しいようだ。当然だ。内向きパワーのボス達が政界を牛耳っているのだから。

政界に限らない。あらゆる社会が組織のパワーを損なっている。ミニ天皇が恥を省みずに居座るからだ。

若者のことも考えて欲しい。戦闘こそないものの、日本の生き残りをかけた戦いは続いているのだから、若者の力(=国力)を維持するために、せめて法的に武装すべきだ。

 

 

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