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2010年1月13日

ミルク(2008)

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- 新しいミスター・ハリウッドか? -  

主演 ショーン・ペン

同性愛者のミルク氏は、スミス氏と出会って恋に落ち、サンフランシスコで生きようとする。しかし、全米的に反同性愛の運動も激しくなり、サンフランシスコでも暴力沙汰が耐えない。意を決したミルク氏は、市の行政委員に立候補して、マイノリティの権利を擁護するように訴える。しかし、様々な反対派が彼の行く手を阻む・・・・

・・・この作品の構成は独特だった。ドキュメンタリー風で、小説風、時間経過は行ったり来たりだが、理解はしやすい順番。よく考えてあって、構成のレベルの高さを感じた。

俳優達が、これまた本当の人物かと思えるほど役にはまっていた。ヤクザなショーン・ペンが、今回は優男を体現していた。今までの彼の演技の中で最高だったと思う。かってはマドンナの恋人としてしか記憶になかったが、徐々に役者の頂点に近くなっている。確かにアカデミー賞に該当する演技だった。

製作や演出、俳優業を兼務するタレントがハリウッドには多いが、そんなミスターハリウッド的なスターの一人になっているようだ。かってはオーソン・ウェルズ、ウォーレン・ビーティー、マイケル・ダグラス、今はクリント・イーストウッドか。ただの役者では納まりきれない能力を持っている人だけが、そんなステイタスに就けるようだ。

日本の場合、そんなクリエイティヴな役者は少ない。自ら企画を持って成功したのは、近年のモッ君ぐらいではないか?彼でも次々と企画を成功させているわけではない。何かシステムが違うのだ。リッチなタレントは多いが、企画を出すと反感をかうのだろうか。ビートたけしは企画を生み出す力があるようだが、役者としてはハリウッドスターとは少々キャラクターが異なる。

この作品では共演者達も絵になっていた。

恋人役の俳優は、スパイダーマンでは悪役だったが、今回の役者ぶりはなかなか素晴らしい。ハイスクール・ミュージカルの振付師役の俳優も、いかにもという感じだった。しかし、彼の場合は役柄が限定されてしまうかも。

ミルク氏のことは全く知らなかったが、大変な数のゲイたちが度々行進をしたことは知っている。映画の題材としては、まさに劇的な人物であり、映画向きと言える。でも当然ながら、ゲイであることを公表したら、周囲からはなんらかの迫害を受けることが多かったと思う。今でも、暴力沙汰は皆無とは思えない。映画に対しても、何らかの反発があったのでは?

ゲイ・ムーブメントは日本ではアメリカほど目立たない。数的に規模が小さいのか、アングラ的な状況から変わっていないためか?人口の数パーセントはホモセクシュアルであっても不自然ではないらしいが、正直なところ彼らのセンスが解らないので、感覚を想像できない。

仮にモデルの男性の美しいお尻をみる機会があったとしても、毛むくじゃらの足を見たら気持ちが悪くなるような気がする。いかに格好が良い人でも、男性のヌードを私は見たくない。キムタクでもヨンさまでも、ブラッド・ピットでも絶対に無理だ。自分の足の毛を見てもゲンナリするくらいなので、ゲイの感覚は理解できない。やはり、足やお尻はスベスベが美しいのでは?

理解はできなくても、彼らには最低限の権利はあるはずだ。いきなり警官に殴られたらたまらない。合衆国の憲法に書かれた権利は守られるべきだ。ゲイをリンチにかけるなんて感情は起こらない。子供を誘惑されると困るだけだ。幼児への行為が何かあれば、それは即、死刑を含めた刑罰の対象になるかもしれない。

権利を主張する手段や、段取りというか演出が、いかにもアメリカ風だった。日本でゲイの候補が名乗り出た歴史があるのだろうか?昔の武将には結構同性愛者がいたらしいが、表立って名乗ったりはしていないと思う。有名な代議士には、少なくとも現在はいないのではないか?

今なら日本でも当選は可能かも知れないが、日本には特殊な地域というのが少ない。新宿の近くで外国人やゲイたちを集めた地域があれば、都議会くらいなら当選可能ではないか?声を上げるべきだと思う。日本ではアメリカほど身の危険はないはずだ。暗殺はされないのでは?

できれば、同じようなマイノリティーが集まってコミュニティーを作り、その中だけでなら安全に暮らせるようにすべきだ。可能ならどこでも好きな場所に住めれば良いが、現実的には迫害を受けるだけだろう。

 

 

 

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