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2010年1月 1日

ダウト~あるカトリック学校で~(2008)

- 宗教裁判の怖さ -               

監督 ジョン・パトリック・シャンリー 主演メリル・ストリープ フィリップ・シーモア・ホフマン

あるカトリック学校で、司祭の男性と黒人の生徒が性的な関係にあるという疑惑が生じる。司祭は陽気で開明的な人物で、生徒達の人気も高い。いっぽう、彼を断罪する校長は冷徹で強い意志を持つシスター。二人の戦いが始まる・・・

・・・この年のアカデミー賞はスラムドッグ$ミリオネアだったが、私が選考委員なら、きっとこの作品を選ぶだろう。雰囲気や作品のテーマ、奥の深さなどは、この作品のほうがずっと上だと思う。

学校の内部や、周辺の光景、子供達の姿などは、映像だけでも美しかった。体験したことはないのだが、懐かしいような印象を受けた。

確かに暗く、静か過ぎる。盛り上がり方が派手でない。殺人シーンがないと観客は興奮してくれないかもしれない。少年が殺されるか、少年の母親が死ぬくらいの事件性がないと、観客も満足してくれないのかも知れない。

テーマがテーマなので、純粋に精神的な、内面的なものに内容が限定されて、面白くないなあと感じる人が多かったのかも知れない。この作品は素晴らしいデキだったが、もう一度観たいという感想は生まれなかった。ヒットする作品は、やはりそれなりに面白いものだ。

さて、司祭は黒人の少年に何かしたのだろうか?

観たまんまの印象では、今回は何もしていなかったように思えた。でもシスターが言っているように、何もしていないなら転属願いを出すはずがないという理屈も成り立つ。今回はなくても、過去に司祭は何かをやらかしているかもしれない。

司祭は、自分が引かなければ校長との争いが続き、きっと少年や少年の家族、学校全体を巻き込んだ大きなスキャンダルになり、皆が不幸になると考えて身を引いたのだと私は思う。でも、甘いかも知れない。答えをはっきりとは描いていなかった。その辺が良かった。はっきりすると、観客が考える機会を奪ってしまう。

ヴィオラ・デイビスが演じた黒人の母親の演技も凄かった。あの少年にとっては、たとえ何をされようとも、身を立てるためには我慢して大学までいく必要がある。どのような仕打ちにも耐える必要がある。その悲しさを表現して余りある演技だった。

Eimi_3

エイミー・アダムスも助演として非常に素晴らしかった。彼女の人物像が観客の心に救いをもたらす効果があるので、名演と言える。他の有名女優が演じたら、ともすれば嘘くさい印象を受けやすい。演技のための演技、実像は派手な女優なのよといった印象を。彼女の場合は、純真な先生を演じても違和感がない。かっての清純派のようなキャラクターなので、ともすればクサイ演技になって魅力を失いがちだが、そうなっていない。主演の二人よりも決定的な魅力があったかも知れない。

さて、疑いがもたらす結果は、この作品のストーリーもそうだったが、あまり良くないことが多いようだ。しかし、疑いを持たなければ犯罪的な行為を防ぐことはできない。校長のように考える人物でないと、敵に裏をかかれてしまう。

自分の確信に従って断罪する人物も必要なことはある。宗教がらみの戦争などは、常にこのような確信があるからこそできたのだろう。しかし、確信は常に正しいとは限らない。とんでもない勘違いかも知れない。その辺が怖くて、普通の人は思い切った行動が取れないのだが、時には扇動者~指導者に従って行動に走ってしまうのだ。

断罪のためには、時には神の道から外れる必要があることもある、と校長は何度も言っていたが、つまりは宗教以外の論理も組織を維持するためには必要なこともあるのだから、それは仕方ないと言えるかも。取り引きやだましも、神を守るためには必要という論理だ。ただし、そんな論理展開が多すぎるし、迫害されるほうになってしまったら大変なんだが。典型的な例は宗教裁判だ。

何事も宗教裁判よりはマシ。

でも実際のところ、身の回りを見ても、宗教裁判もどきの論理で人を攻める場面は多い。その後、攻撃していた人達が反省しているのか知らないが、この作品の中で校長は泣いてはいたようだ。

 

 

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