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2009年12月 8日

パッセンジャーズ(2008)

監督 ロドリゴ・ガルシア 主演 アン・ハサウェイ

- 風になってもいいのでは -

航空機墜落事故が発生。事故後のPTSDの治療のために、主人公は生き残った乗客のセラピーにあたる。乗客の中には彼女の集団セラピーを拒否し、個別の会話を希望する男性がいる。どうやら彼女をモノにしようという下心が見える。他の乗客も何かおかしい。次々と現れなくなる。もしかすると航空会社が事件のもみ消しを図っているのか?彼女にも尾行がついている。このままでは身の危険が迫る・・・

Photo

上は集団カウンセリングのシーン。

・・・作品全体に雰囲気が漂うようにロケ先を選定し、カメラマン、小道具などが全て意志を統一して作ったことが解る。全体の完成度が高い印象。適度なサスペンス、適度なラブロマンス。家族で観ることができるように設定されているし、恋人と観るのにも適していると思う。日本では公開されたのか知らないが、ちょっと派手さには欠けるものの、出来がよい作品。

この作品の脚本は素晴らしい。同じような展開は過去の映画でも使われていたが、この作品は展開が自然で、しかも事件に対する我々の一般的な感情から、同情が自然に生まれる効果もあったので、より解りやすく美しい話になっていた。

相手役のパトリック・ウイルソンが決め手のひとつだったのかもしれない。今までも二枚目としては有名だったが、この作品では冒頭に妖しげで何かを隠している人物として、妙なそぶりを見せているところが上手かった。ショックでおかしくなったのか、何か意図があるのか。もしくは彼の記憶で大きな疑惑が解明されるのかという期待を抱かせる。妖しさがあり、しかも魅力は維持しないといけない。確かな演技力を持っていることが解った。

彼の好演によって、主役の魅力も引き立った印象がある。アン・ハサウェイの本来のキャラクターとは違う役柄だったが、好感は持てた。電話で姉と話すシーンはちょっと演技臭かったような気はしたが、その他は問題なかったのでは?

魂に関しての物語は映画の良い題材だ。

熊本も舞台になった「黄泉がえり」は、我が家の子供達には非常に受けていた。「バニラ・スカイ」も同様だが、少し喜劇やサスペンスめいた味付けが必要なようだ。魂の救いをどのように求めるのか、描き方にはセンスが要求される。宗教的な観念がないと、薄っぺらなものになりやすいかも知れない。単に愛情を描くだけでは、お涙ちょうだいの昼メロと変わらなくなる。

もし無念の死を迎える人がいたら、ぜひ魂は救済されて欲しい。震災や大事故で大勢の人が亡くなると、さぞ無念だったろうと思う。病院でも子供や若い娘さんが亡くなる時には、声のかけようもない。特に親に対しては他人事とは思えない。

遊んでいて下敷きになった子供の蘇生を試みたことがあるが、遊んでいた相手は兄弟なので、明らかに兄弟を殺してしまったということになる。死んでから随分時間がたって来たのだろうと思えたが、あきらめながらも随分長く心臓マッサージをした。

家族にどのように声をかけて良いか解らないので、途中で治療の内容と経過だけを話したが、だめだと解っていたので涙をこらえるのに苦労した。あの子の場合は処置中に魂を意識していた。一種の会話をしているような感覚だった。まず回復は期待できないと解っていたから、心臓マッサージがなぐさめの意味合いを持っていたように思う。

無情なことを言うようだが、死ぬ時には夫や妻よりも、親や子供に対する思いのほうが強い傾向はあると思う。所詮は夫婦は他人であるからだ。

いや、たまたま私の家の夫婦関係が厳しいからそう思うのか?そのへんは解らないが、死ぬ間際に思い浮かぶのは親や子供、その次に恋人の順番が一般的ではないか?私の感覚では、この作品の設定には、だから多少の無理はあると思う。より家族の出番があったほうが納得はいく。

ラストシーンは主人公の顔からのホワイトアウトでよかったのではないか?最後のシーンは不必要な感じを受けた。せっかくだから、そのまま風景、風をイメージさせるシーンに移っても良かったと思う。風になったのだという感覚は、万国共通だから。

さらに言えば、主人公はセラピーを受ける乗客役という設定ではいけなかったのかとも思った。あえてセラピストであることのメリットはあったのか?

 

 

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