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2009年12月 2日

めぐりあう時間たち(2002)

- タイトルはなんとかなりませんか?-

3人の女性が主人公。主人公達の1日を中心に描く作品。主人公その①はバージニア・ウルフ、その②は彼女の作品のダロウェイ婦人と同じ名前の女編集者、その③はダロウェイ夫人を愛読する夫人の3人の。女編集者の友人はエイズに犯されているが、彼の母親が③の女性だったのは偶然か、必然か? 

②の編集者がパーティーを開くために忙しい一日を過ごすのは、まさにダロウェイ夫人の小説の中での姿に他ならない。彼女も精神的に限界を感じていた。その主な理由は、彼女が支援している詩人がエイズで死にそうなのだが、彼女を精神的に振り回すからだ。詩人を表彰するパーティーの時間は迫っている・・・

・・・バージニア・ウルフの作品を読んだこともないので、この作品を理解することは到底できない。そう言えば「バージニア・ウルフなんか怖くない」という昔の映画はあったが、小説家を知りたい気持ちにはなれなかった。小説を読む時間がないので、どんな作家なのか、さっぱり判らない。

登場したバージニア・ウルフは、おそらく特殊メイクをほどこしたと思われるニコール・キッドマン。普段の彼女の表情とは全く違って、病的な感じが凄い。ややオーバーすぎるような印象を受けた。オーバーすぎて不自然であり、賞をもらうには値しないと思う。本物の精神病患者は自分を正常に見せかけようとすることが多いが、限界を超えるともう作品を書くことすらできないほどになるはず。だから、彼女の状況なら、もっと無理に明るく振舞うのではないかと思う。

ジュリアン・ムーアの演技は、それよりも自然だったが、彼女が耐え切れない状況が理解できなかった。何かセリフで説明していたのかも知れないが、聞き逃してしまった。要するに家事だけの毎日に興味が持てないということか?

メリル・ストリープの立場は理解できたように思う。まともな人物の役柄だったから当然かも知れないが。

人物を理解できなかった関係で、この作品は退屈だった。有閑マダム達が見れば、凄く共感できるのかも知れない。子供には全く向かない。悪い影響がありそうだ。男には向かない映画ではないかと思う。恋人と観てはいけないと断言したい。

作品のアイディアは素晴らしいと思う。小説と、愛読者と、作者と彼らに関係する人間達の関係がよく描かれていたし、病的な部分がまるで感染するかのように互いに影響しあうことが上手く表現できていた。

ただし、この種の映画を観ても感動できない。美しい心を描いているわけではないので、感動という路線ではそもそもないのだろう。悲劇は個人的にあんまり好きではない。自分の実生活が悲喜劇的だからか?

最近は周囲と和気あいあいした経験がほとんどない。この映画の登場人物ほどではないと思うが、気難しい顔をすることが多い。楽しく遊べたのは中学時代までだ。興味が全く合わないので、会話が弾まない。自分でも嫌になっていたが、生き方が違いすぎて素直に楽しめないのだから仕方ない。いっしょに遊んでくれた友人達を不愉快な気分にさせたろう。

同級生達はよく遊び、結構勉強もしていた。悩みはあったのだろうが、悩みの質が違っていたようだ。彼らは卒業後もよく仕事をして、学者として一流になった者も多い。医者として腕が良い連中も、医学以外の領域に関しては素人の認識しか持っていない人が多かった。専門以外では思考のレベルが子供のそれだった。

自分もそうだ。興味がない分野に関しては全く常識のない、礼儀知らずのバカモノだった。今もその傾向がある。礼儀正しいって、なんだか偽善~保身の目的を隠しているような気がして軽蔑してしまうので、そんな人間を見ると自然と憎々しげな口調になって相手を不愉快にさせるような気がする。

人に不愉快な思いをさせるのは気になる。

健全な人間を自分の病気につき合わせるようで気の毒だ。だが、そんなふうに考えていたのでは仲間になれない。ある程度は人を傷つけても気にしない人間でないと付き合いはできない。どの程度ナイーブに生きるべきかが、いまだに判らない。と言いつつ、結構人を傷つけてるんだが・・・

 

 

 

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