映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« ワルキューレ(2008) | トップページ | 追憶(1974) »

2009年9月16日

20世紀少年(最終章)ぼくらの旗(2009)

- ポイントが難しい -

少年時代に遊びで作った預言書が現実化された。世界大統領として君臨する「トモダチ」に対して、かって1960-70年代に少年時代を過ごした仲間が抵抗を試みる。要塞化された東京に侵入し、トモダチの娘で地下活動の指導者カンナと再会したオッチョを中心にトモダチの城へと向かうが、トモダチは新たな秘密兵器を用意していた・・・

・・・原作の漫画は立ち読みで少し読んだが、長すぎて止めてしまった。この作品の前に2作が作られているが、これも批評を読んで見るのを止めてしまった。懲りずに作られた第三作だが、子供がせっつくので仕方なく鑑賞。私としてはナイトミュージアム2のほうが良かったのに・・・

CGは見事だった。もはやハリウッド映画にも負けない迫力が出つつある。どこのプロダクションが担当したのか確認しそこなったが、国産か? このような技術に関しては、やはり日本のクリエーター達のほうが器用なのか?

唐沢寿明 豊川悦司を始めとする役者達の演技も意外に真に迫っていて、期待倒れという印象は受けなかった。

コンセプトがよく判らなかった。60-70年代への回顧、オマージュを中心とするか、いじめ問題を中心にするか、冒険の面を中心にするのか、それらの比重をどのように整理するかが非常に難しい作品で、いじめに重点を置くと話のテンポが遅くなり、重くなりすぎる。ポイントの置き方が難しい。

オマージュを中心にすると、味わいの部分では魅力アップにつながるが、世代限定の作品になるので、子供の客が来てくれない。その辺のバランスを検討した結果が、この作品なんだろうか?

傑作なキャラクターが多かった。三波春夫のパロディ、ヤン坊マー坊などは、我々の世代には受ける。人物達の風体もおかしかった。

ただし、この映画は小さな子供に見せるのは良くはない。結構激しいシーンもあった。もう少し子供への影響を考えて作るべきではなかったか?今のテレビドラマはもっとひどいので、標準的なレベルではあるが・・・

40代の人には良い映画だが、そんな年代の人が観るだろうか?何か重点の置き方を変えて、やはり子供用にすべきだったのでは?

いじめに関して・・・

自分が子供の頃にもいじめはあった。自分も多少はいじめられたほうだ。問題は、いじめられている同級生を積極的に助けようとしなかったことである。誰でも、そんな苦い思いがあるのではないか?

クラス全員がいじめているに近いような孤立無援の状況で、彼らがちゃんと学校に来ていたことに驚く。行かないと親から激しく怒られるからだろうが、あんな状況で先生が支援をしていなかったことに、子供ながら義憤を感じていた。いじめのきっかけを作る先生もいた。

だが、自分は先生を注意するなんて考えもできなかった。悪ガキを懲らしめるだけの体力もないし、仕方なくいじめに加担しないようにしただけだ。逃げるしかないと判断していた。社会の力関係は子供でもすぐ判る。「こいつをいじめるな!」なんて言おうものなら、迫害は覚悟しないといけない。

あの過去の自分の判断、行動が情けない。一種のトラウマになっている。いろんなシーンを苦々しさとともに鮮明に覚えている。この作品のように、いっしょに遊び場にいた人間を忘れることはない。立った位置や、セリフ、仕草まで覚えている。だから、映画のように、その時の誰かを忘れるなんてことは信じられない。

大人になってみると、いじめはもちろん、あんな子供じみた行為を全く反省しない人が多いことに驚く。子供のままなのだ。村社会ならまだしも、会社でもどこでも子供の論理がまかり通っている。子供のほうが熱中して仕事する関係で、出世しやすいからか?自然に仲間意識を作るからか?

 

« ワルキューレ(2008) | トップページ | 追憶(1974) »

無料ブログはココログ