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2009年6月30日

風と共に去りぬ(1939)

- 豹変は良くない -

アトランタ近郊の農園主の娘スカーレット・オハラの物語。南北戦争、結婚、出産、家族の不幸、恋愛など多くの事象を乗り越え、生き抜く女性讃歌といったところか?名作のひとつに必ず出てくる作品。当時の超大作。

この作品はアメリカ国内では最高の売り上げを上げた映画らしい。スターウォーズなどとは金銭の価値が違うので金額では比較できないが、観客動員数ではこの作品のほうが上らしい。原作がベストセラーで、いかにもアメリカらしいテーマと描き方がヒットにつながったのだろう。もはや伝説的な数々のエピソードが製作現場で繰り広げられたらしい。

1939年製作というところが日本の映画人にとっては大きなポイントだった。この作品を戦前に上海かどこかで見た人は、こんな映画を作る国と戦争するなんて正気じゃないと思ったという話は有名だ。経済の活力、娯楽産業のパワーの差がいかにあったかということであろう。豪華な娯楽を楽しんで幸せを感じることができる、それは大事な要素だ。

この作品は自分にはピンと来ない。原作を一度読んだような気がするが、本来は「戦争と平和」のアメリカ版といった感じではないか?ちょっとオリジナリティには欠けるストーリーのような気がする。ヒロイン像は多少新しいと思うが。

純粋な文芸作品とは言いがたいし、演出や演技がそんなに凄いのかも、よくわからない。豪華で、スケールが大きいことは間違いないが、今の映画はもっと凄い予算をかけていると思う。あくまで当時のレベルで凄かったということではないか?ただ人物の描き方が素晴らしいとは思う。極端な描き方だが、キャラクターを明確に整理できている。

主人公に感情移入はできない。わがままで意地っ張りと思う。だが、女性らしい感性を持っていると思う。女心が判らないと日ごろののしられている私だからピンと来ないだけか?それに、メロドラマを好きな女性は多いが、メロドラマのストーリーをたくましく生き抜くヒロインがいれば、それはかっこ良く写るだろう。

ヒーローのレット・バトラーはアメリカ的なヒーローだった。ヨーロッパの王子様とは違う。結構な放蕩息子で、アウトローである。あれくらいないと激動の時代は生き残れないのである。安定を志向していたら置いてけぼりを喰らうだけではすまず、合法的に蹴散らされてしまう厳しいアメリカ社会である。

日本ではアウトロー的人物は、貞淑でしっかりした奥さんを志向する傾向がある。家をしっかり守ってもらうから安心して仕事をできるし、さらなる放蕩ができるのである。自分と同じような性格の女といっしょになったら気が休まらないことを本能的に感じ取るのだ。レット君は少し考えが足りなかったのかもしれない。映画でも結局失敗していたのではないか?

もしヒロインが意地を張らない性格だったら、そして人との心の結びつきを重視する生き方をしていたら、何度も結婚はしていないだろう。戦争で精神的に参って、実家の再建などできないかもしれない。自由奔放でなかったら、きっとレット・バトラーは興味を示さなかっただろう。いろんな人物と知り合って、いろんな経験をできたことは良いことだ。

演じていたビビアン・リーは本当の女優だった。美しく、腰の部分は折れそうに細い。最後はアパートで寂しく死んでいったそうだが、だから不幸な人生とは言えない。女優らしい。スカーレットと重なる個性を持っていたのかも知れない。

スカーレットは今でもかっこいい女性なんだろうか?今ならもっと学があって、切れ者タイプのほうが理想に近いのでは?ファッションにうるさい物書き、デザイナー、コーディネータータイプのキャリアウーマンなどが理想像ではないか?

でも少なくとも過去には、女性達の支持を受けていたと考えられる。

あんなのが喝采を浴びたら困る。精神的な落ち着きを願うなら、あんな生き方は邪道で、家族にとって迷惑だ。たぶん不安を抱え、精神安定剤やカウンセリングを必要とする。あれが大勢だと社会的なロスが大きい。子供達の世話で一生を終えることになっても、安定した生き方は悪くないと思う。皆がそうではだめで、誰かがスカーレットのように活躍しないといけないが、あくまで例外でないと困る。

近年の家庭が安定を欠くのは、スカーレットの影響なのかも知れない。自信家で意志が強く、負けん気の塊のような人なら、彼女のように生きるべきだ。でもカウンセリングの予約も覚悟しないといけないし、できればこれから結婚しようという相手には自分がスカーレットであることを明確にして欲しい。

今は商品の説明がないと消費者保護法に引っかかる。家庭的そうな顔をして結婚後に豹変するのも犯罪的行為だ。きちんと説明する義務がある。スカーレット型女性にとっての結婚はステップに過ぎないと最初から考えておいたほうがいいが、それならそうで、こちらにも覚悟がある。説明責任はある。

例えばサッチャー元英首相の恋人になったら、彼女が妻として家庭に留まることを強制してはいけない。明らかに社会的な能力がある人を家庭内に押し込めてはもったいない。能力がなくても、女性自身が仕事を強く望むなら、やはり本人の意志に従うべきである。ただし、その場合は家族の生活に何の支障もないこと、もしくは最初から自分が将来家庭に留まらないことを明確に意思表示することが条件であるが。

安定志向の女性なら、社会に進出して活躍するのは止めたほうがいい。それが偉いとか愚かとかは言えない。個性と向き不向きの問題だと思う。女性の権利と、能力と、社会的義務、パートナーが望むもの、それらのバランスを間違えると不幸を生む。家庭内で意見の相違を生むのは、多くの場合はこの分析の相違が原因だ。

結婚後に豹変してはいけない。騙されるほうが悪いのよって言ってしまえばそれまでだが、結果的には騙した本人も良い思いはしないことが多い。やはり騙さないことは重要だ。スカーレットは最初から「スカーレット型」だったので詐欺罪には問われないだろう。彼女らしい生き方で、さっそうとしていた。

 

 

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