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2009年5月26日

象の背中(2007)

- 愛人とは別れませう -

不動産会社の部長としてバリバリ仕事をこなしていた役所広司は、肺癌の宣告を受ける。既に転移していて根治は無理と解った彼は、治療を拒否して仕事を続け、合い間には今までに世話になった人達に挨拶していこうと考える。しかし徐々に体調が悪化し、周囲の人も彼の病気を知ることとなる。彼と彼を取り巻く人々の物語。

・・・意外なほど役者達の演技は自然で、演出も良かったと思う。今井美樹や手塚さとみの老け方も意外だった。かってみずみずしいギャルだった彼女らが、いつの間に・・・と、涙を誘う効果(?)があった。いつの間にか演技も素晴らしくなっていた。

この作品は家族で観れると思う。テレビのメロドラマよりはずっと手をかけて作ってある。恋人といっしょに観ても悪くはない。涙を誘う映画である。

秋元康が原作を書いたらしい。ヒットメーカーの秋元氏は歌の歌詞を読んで感心するほど才能豊かな人だが、この作品を観る限り大小説家とは言えないような気がする。原作はもっと色んなことが描かれていたのかも知れないが。

通常、この種の物語の原則は、最後に不幸になるなら最初の部分は楽しさに満ちていなければならない。それで悲劇がより引き立つからだ。でも、この作品では話がはしょってあるので、単なる悲劇、本当にありふれた普通の病人の一例に過ぎなくなっている。せっかくの役者の演技が、もったいないと思えた。

バリバリ働いていたことを、もっと長めに描くと良かったように思う。運営方針に関して社内で激しい対立をして、スタッフとともに夜通しの仕事をやり、苦労の末ついにプロジェクトが始まった、その歓喜のシーンの後に急転直下の悲劇が始まる、それが普通のストーリーだが・・・

加えて、浮気がばれそうになって夫婦仲が悪くなる。すったもんだがあった後、ようやく仲を取り戻したかに見えた時、病気が解る。そんな急展開だと夫婦の間の心の変化が激しく、いかにも絵になるので、脚本としては望ましいはず。海のシーンなどをちょっと削れば、前半で丁寧に主人公の生き様を描くことも可能だったと思う。

セリフを言わないことが、かえって良い雰囲気をかもし出すことはあるが、この作品では微妙に言うべきところと言わざるべきところが逆に設定されていたような気もした。ホスピスで主人公が目を覚ました時に、家族がそばで目を開けて静かに横になっているシーンがあったが、あれは家族を見た後の主人公が黙って涙を流すと良かったのでは?

肺癌患者では何度も失敗してきた。まずもって、レントゲンに写らない癌を見逃してしまいやすい。病院に来た患者さんの経過を知るために、以前のレントゲンを取り寄せてみると、あるはずなのに全く写っていない。よほど大きくならない限りCTでないと、写らないのだ。そして、写った時には既に勝負はついていることが多い。早くから周囲に浸潤、転移するからだ。

長いこと何度も繰り返し精密検査をしてきたけれど、とうとう倦怠感の原因が解らないままだった人が、別な病院で胸水が溜まっていることから初めて肺癌と解ったことがある。それまで数年間、繰り返し検査していたが何も異常がなかったのに、たまたま別な病院に行った時には誰が見ても解るような所見が出ていたわけだ。「お前が見逃した。」と思われていることが伝わってきたが、如何ともし難い。毎年肺のCTを検査するわけにはいかないから。

ただし、倦怠感を訴えたら、レントゲンが正常だろうとも肺のCTを検査する意味はあるかもしれない。それしか早期の肺癌を見つける手段はないと思う。放射線暴露によって医原性の肺癌を作る可能性はあるが、状況によってはそうすべきだ。

肺癌は何かの変な物質を分泌することも多い。たった一度、インスリンのような物質を分泌されただけで、脳に障害を来たしてしまったことがある。それまでずっと、何の問題もなく経過していたのに、突然血糖値が下がって意識がなくなってしまったのだが、寝ているだけなのか意識がないのかの区別は難しいし、気がついて急いで検査しても、解るまでに1時間くらいはかかってしまう。それだけあれば、障害を起こすには充分だ。肺癌自体は小さくて、呼吸状態などに何の問題もなくても急死する。

肺癌は禁煙でかなり減らせることが解っている。車の排気ガスなどにも何かの原因物質はありそうだから、排気ガスの規制で減るかも知れない。でも、現況では毎年多くの患者さんが出ている。この作品のような悲劇も多いはずだ。

もし自分に癌が見つかったらどうするか?

治療成績はだいたい解るので、経過もおよそ読めるだろう。たぶん普通の人より諦めが早くできると思う。でも頭で解っても、心の部分では簡単にはいかない。うつ状態になって嘆き悲しみ続けるだろう。何が悪かったのかを後悔し、誰かに怒りたくなり、八つ当たりしてしまうだろう。そして受容せざるをえない事態が増えるとただただ泣くだろう、最後には怒る元気もなくなって、日頃の無礼を謝りながら死ぬのだろうか?

誰に会いたいと思うのだろうか?初恋の人には私はそれほど会いたくない。手塚さとみは初々しいから良かったのだ。イメージを大切にしたい。学校の先生?愛人?愛人を囲うほどの甲斐性はないので、どのようにすべきか解らないが、彼女の今後のことを考えるなら、さっさと縁を切ってあげて別な相手を探してもらったほうがいい。病室に呼んではいけないし、骨をあげてもいけない。

ホスピスに行ったら、本当は家族も呼ばないほうがいいかも知れない。彼らには彼らの生活があるのだから、自分が振り回してはいけない。最後、呼吸が完全に止まってから来てねと言うべきだろう。臨終に付き合うのは、彼らの負担を大きくする。元気なうちに、しっかり感謝と謝罪をすることは必要だろう。

主人公はちょっと自分中心の考え方だったように思う。でも、それが人間臭さってもんだ。ただし、画面でそんな自分の情けない行為を謝ってほしかった。

 

 

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