映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« ビルマの竪琴(1956) | トップページ | 僕らのミライに逆回転(2008) »

2009年5月 8日

ビルマの竪琴(1985)

- 自然だったか? -  

中井貴一主演の1985年版。同じ監督、セリフもおそらく同じ。前回の隊長役は三国連太郎だったが、今回は石坂浩二で、より音楽の教師のイメージが合う。およそ部隊長にはふさわしくない。軍曹役は亡くなった川谷拓三、懐かしい。いつもの彼のような笑いの要素はほとんどなく、真面目な演技であったが、適役だったと思う。

中井の演技も悪くなかった。中井のようなビルマ人がいるのかは知らないが、本来は北方系の顔をしているのではないか?確か近年、モンゴル辺りで映画に出演していたはずだが、本当にモンゴル系の顔である。でも、顔はともかく、雰囲気は良かった。

前回の映画よりも全体に解りやすかった。映像が美しいし、ほとんど現地ロケだけで作られたのではないかと思うのだが、前作のように構成に無理をする必要がなかったようだ。でも、相変らず現地の人達はただ突っ立って眺めるだけで、生きている住民の表情までは伝わってこない。コミュニケーションがうまく取れていないのかも知れない。

筋にも、相変らず無理を感じた。中井がなぜ繰り返し部隊の前に顔を出すのか、居ることを知らせることになるのが解っていて、なぜ竪琴を弾いてしまうのか、さっさと荒野に消えていかない理由は何か?無理に盛り上がりのためにウロウロしているのでは、と観客に思われたら終わりだ。エピソードをはぶいてでも、作品の完成度を目差すべきだったと思う。

現地人のお婆ちゃん役は今回も上手かったが、さらに自然さを出すためには、現地語もたくさんしゃべらないといけない。顔の表情が解らないくらいにメーキャップして、日本人臭さを消してしまうべきだった。何を言っているのかわかりづらいくらいに、イントネーションも完全に狂わせるべきだった。やけに頭のいい婆さんでは、やはり自然さに欠ける。

砂の台地を中井が歩くシーンがあったが、足を痛め、極度の空腹感を持った人間は、それなりの歩き方をする。足を引きずると痛いので、引きずらない。頭に日があたるとまずいので、坊さんでも何かをかぶろうとする。いかにも撮影しているような演出は良くない。自然ではない。

攻撃が終わった後の敵陣地を英国兵達は見ないで引き上げるものだろうか?水島がひとりで陣地から出て、僧侶に助けてもらうまでに、誰にも気付かれなかったなんて、やはり不自然だ。普通なら、まず英国兵が見つけるだろう。

戦闘の後すぐに僧侶が立ち寄るのも不思議だ。

兵士たちが収容所の鉄条網につかまりながら「水島!帰って来い!」と叫ぶシーンは、並んでやってはいけない。統率が取れては不自然になっていけない。声と声が重なり、セリフが聴き取れないのが自然だ。中には無表情のヤツ、泣いているやつなどが混ざって、個々で感情が違うことが解ったほうが自然である。

さらに、警備の兵士から何かの注意を受けるのが自然である。逃げ出さないかと、何かの邪魔をしないとおかしい。

過去の名作や、ベストセラーの映画化は難しい。あまり自由に作れないようだ。原作と違ってはマズイなどの権利上の問題があったのかも知れない。

今にも攻撃されるかという緊迫した状況と美しいメロディ、そのミスマッチと、夜空の月など、いかにも絵になる条件が整った題材である。何にもこだわらずに、ひたすら芸術的な完成を目差すことができれば、きっとさらなる名作になると思う。

« ビルマの竪琴(1956) | トップページ | 僕らのミライに逆回転(2008) »