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2009年5月24日

オール・ザット・ジャズ(1979)

- 所詮は楽屋受け? -

振付師、監督として名声を極めた主人公だったが、家庭はめちゃくちゃ。妻とは激しいやり取りの後、離婚した。娘がいるが約束をすっぽかす。現在の恋人は愛してくれているのに、他の女に手を出してしまい、どうやら仲は終わりそうな気配。やりたい放題の彼のせいだと自覚している。

仕事も順調ではない。編集が伸びている映画は完成のめどが立たないので、スタッフが激しくせっついてくる。舞台の音楽は気に入らないし、新しいアイディアは出てこない。好みのダンスはスタッフに評判が悪い。おまけに心臓病の発作が襲ってくる。彼は自分の死を意識する。彼の中では、死の現実とショービジネスの世界が渾然一体となる。

監督のボブ・フォッシーは60歳くらいで亡くなっている。病名は分からないが、もしかすると本当に心臓病かも知れない。派手な人生だったらしいが、芸術家なら悪くはないと思う。一般の店の店主などが同じことをやったら、バカな放蕩人生と言われるが、大勢の人を楽しませた才能があれば、神様も許してくれるかも。

この映画では狭心症の発作を起こす主人公が描かれていたが、なかなかリアルだった。患者さんはテレビドラマの役者のように目をむいて苦しむことを普通はしない。顔色が悪くなって脂汗をかくか、もしくは安静にしようと自分で抑えるために急におとなしくなる人が多く、意外に表情はおとなしい。苦悶様の表情を多少は浮べる程度が多い。

「コーラスライン」に出演していたカップルのダンサー役の娘がニコール・フォッシーで、娘らしい。確かによく似ていた。踊りは特別上手いとは言えなかった様に思ったが、本職のダンサーらしい。この映画のメイキングシーンに出てくるフォッシー氏は老人で、かっての踊りは想像できないが、振り付けと踊りの能力は別物らしい。

この映画は自己中心的な主人公を肯定的に描いている。ほとんど自己陶酔とも言える。芸術家は他のことにはルーズになる傾向があるようで、派手な恋愛遍歴、わがままな仕事ぶりをする輩が多い。映画監督には特にそんな人物が多いのかも知れない。こだわって他の意見を押しのけないと、凡庸な作品になりがちだから仕方ないのかも。どうせ描くなら、思い切りわがままなまま描いたほうが好感を得やすい。

この作品の構成は独特だ。効果的かどうかは分からない。ジェシカ・ラングは美しい悪魔、もしくは死の女神、女性のイメージの化身を表しているようだが、今なら絶対にCGでぼんやりと写すべきキャラクターだ。彼女の描き方が上手いとは思えない。回想場面、現在のレッスン、編集中の映画の中でコメディアンが話す死への段階、それらが整理されてはいたものの、ちょっと展開が忙しい感じは受けた。

通常なら、主人公が現実とショーの区別がつかなくなった状態を、「1950年、ニューヨーク・・・」などと時間の解説を加えた回想シーンで描くべきだと思うが、そうすると単純すぎて面白くないと考えたのか?カンヌ映画祭では評価が高かったようだが、一般的に有効な構成と言えるかどうか?

展開がめまぐるしかった関係で、ショーの合間に息切れのような中だるみを感じた。最後のショーも、ラストを飾る出来栄えだったとは思えない。芸術的な衣装を着ていて、表現のレベルとしては高かったかもしれないが、一般の客は踊りが美しく、楽しいか悲しいかはっきりしていたほうが有難い。ミュージカルである。シュールすぎると面白みが下がる。

この映画の時代のダンスは古くなってしまったが、今の黒人のダンスより美しいと思う。振り付けのレベルが高いことを示している。バレエの比重が大きいと美しくなる。特に愛人役のアン・ラインキングは、「アニー」の事実上のヒロイン役でもあったが、踊りのレベルが高かった。

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