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2009年4月26日

おくりびと(2008)

- センスの良さ -

木本演じる主人公は、失業したため故郷の山形に帰ってくる。そこで就職したのは納棺師という職業。最初は嫌悪感すら覚えた主人公だったが、徐々に仕事の意味を理解するようになり、彼の仕事ぶりを見た周囲の人達の認識も変えていくストーリー。生き方、死に方、親子の関係に関して、視点を見直させる作品。

佳作である。でも、この作品がアカデミー賞の外国映画賞を取ったと聞いて、正直ちょっと意外だった。確かにいい作品であることは誰が観てもわかるが、他にも優れた作品はいっぱいある。おそらく賞を取れたのは、偶然もあったのではないか?

この作品の製作にあたっては、主演のモッ君が原案を持っていろんなプロダクションに掛け合ったものの、なかなか動いてくれなかったらしい。こんな話はハリウッドでは良く聞くが、日本の映画では埋もれてしまって我々にはあまり伝わってこない。映画会社としても、「シコ踏んじゃった。」の役者の話には真剣に聞けない状況があったのではないかと想像するが、作品を見た後の今ではモッ君を見直さざるをえない。でも、今回の成功は今後の彼の活動を制限する結果になるかもしれない。

この作品はデキが非常に良い。家族で、恋人といっしょにでも堪能できる。雰囲気もいいし、適度に笑いと涙がある。

良かった点は、まず音楽である。チェロの曲の選択が良かったし、演奏はおそらくかなり本当にやっているのではないかと思うが、うそっぽさがない。さらに山形の風景もいい。ストーリーをいかに彩るかについて、よく考えてあった。

背中に光が当たって、役者のシルエットに、少しだけ表情が読み取れるくらいの光を当てたシーンが多かったが、これも効果的だった。役者の優しさを表現し、なごむような雰囲気を光で演出することができた。

笑いの部分もあったが、その節度が良かった。爆笑を狙っていたら、全体のレベルを落としてしまう。よく日本映画が陥りやすい落とし穴だが、映画でしか活躍しない喜劇俳優が、ここぞとばかりにオーバーな芸を披露してしまって、浅草演芸のような雰囲気になってしまうことがあるが、この作品ではモッ君以外の人が笑われるシーンは少ない。それが幸いした。

モッ君が風呂で石鹸を落とすシーンがあったが、あれは一回だけでよかった。笑いは必要だったかも知れないが、2回も落とす必要はない。

筋はすぐに解ってしまう。それは、ちゃんとストーリーの前置きがしてあることを意味するので、悪いことではない。ちょっと意外だったのは、最初に出てくる遺体が特殊な状況だったことくらいか?あのシーンが必要だったのか解らない。普通なら途中でいろんな遺体に遭うシーンで使われるべきだが・・・最初のシーンの場合は、ただただ厳粛で、緊張した美しい所作を見せるだけで良かったような気もした。

妻役の広末については、私は少し不満があった。もっと適役だと思える女優さんはたくさんいると思う。かわいい必要は全くないので、演技力重視でキャスティングしても結果に悪影響はなかったと思う。

納棺師という職業があることは、この映画で初めて知った。職業柄、葬儀屋さんには良くお世話になるが、こちらが葬儀屋だと思っていた人の中に、実は納棺師がいたのかもしれない。

葬儀屋に対して、私達はあまり良いイメージを持っていない。特に最近は大きな葬祭会場を営む商売人というイメージがあるので、もろに人の不幸を商売にする、アクドイ連中という印象が強い。実際に葬儀屋ばかりが景気に関係なく繁盛するような社会はおかしい、何かそんな感じがする。

病院で亡くなった人を送り出す時に、「この医者、また人を殺したのかよ。」と言っているかのような目つきの葬儀屋に会うと、「ち、違う、俺のせいじゃない。この患者は俺の腕に関係なく死んだんだ!」と言い訳するわけにもいかないので、顔をそむけていた。葬儀屋は人に疎まれる仕事で、映画のように感謝されることは滅多にないのでは?

この映画の視点はいい。死者との別れの場において、化粧を施した顔に家族がキスマークを残して笑うなど、日本人の死者への感情を表わしていて面白い。悲しみだけ、荘厳なだけの葬式は味気ない。感謝と愛情を込めた葬儀が本来望ましいと思う。外国の映画の審査員にも新鮮に写ったことだろう。

でも、私が最近参列した葬儀や通夜は、いずれも祭儀場のルールにしたがって粛々と進められるだけで、味もそっけもないものばかりだった。私が育った田舎の葬式は、ほとんど宴会に近かった。さすがにバカ騒ぎをする人は白い眼で見られたが、完全に酔っ払う人はいたし、結構笑い声があった。

子供達はジュースをもらうのでお祭りと勘違いしている面があったし、こっそり死体の顔を覗いたり、いいのかなあ?と思いながらも、死体の横で死人ごっこをして遊んでいた。あのような葬式は、死や家族、自分の生き方に関しての認識を形成するのに意味がある。葬儀社が万事を取り仕切るのは、私は精神的に良くはないと思う。

よほどの大政治家でないかぎり、葬式は家族による密葬が望ましいのではないか?

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