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2009年4月 4日

セブン(1995)

- 気味悪さの極み -

人間の7つの大罪をもとに連続殺人事件が起こる。担当する刑事は、ブラッド・ピットとモーガン・フリーマンのコンビ。モーガンの鋭い推理で、徐々に犯人の手掛かりをつかんでいくが、連続殺人は治まらない。敵の先を行く捜査で容疑者のアパートを探ろうとした二人は、逆に銃撃されてしまう。

そして、なぜかブラッド・ピットは銃を突きつけられながらも、撃たれないで済む。なぜ撃たれなかったのか?それには深い訳があった・・・

・・・この作品は、随分前に公開されて何度か観たことはあったのだが、当直の合い間だったりして話が飛び飛びになっていたため、理解できていなかった。全体を通じて観れたのは今回が初めて。気味の悪い映画だとは思っていたが、観終わった後にも余韻を残すかのような強烈な作品だった。今回は、「ノー・カントリー」を観た後に思い出したので鑑賞。

いかに気味の悪い、謎だらけの作品を作れるかにトライしたかのような作品。当然ながら、後味が良くはなかった。昔のミステリーとは、まず狙う目標が違う。観客の満足感に対する考え方自体が違うような映画だった。幽霊を見せて怖がらせるとか、謎が解けてスッキリ、という生易しい路線ではなく、観客が吐こうとも気にしないといった路線。

懐中電灯で二人の刑事が部屋を捜索するシーンが何度かあったが、あれが気味悪い。わざと暗くするんだから、怖がりの私は困る。さらに死体の映像をワンカット、ワンカット挿入するのも困る。実に良くできた死体で、むごたらしさ、えげつなさの頂点に達したかのようなグロテスクな死体ばっかり。それらの気味悪いシーンをつなぐカット割り、展開の仕方は絶妙だった。クールに判断しないと、ついつい長く撮りすぎてしまうもんだ。

犯人役は気味が悪かったが、歴代のサイコ的悪役の中でも上位にランクされそうな気味悪さだった。「サイコ」の青年。「羊達の沈黙」のハンニバル博士。「ノー・カントリー」の殺し屋。「ダークナイト」のジョーカー。いずれも怖ろしいヤツラだが、狂いながらも頭いい悪役は、映画の魅力を上げる。

ケヴィン・スペイシーは、クールな計算ができる刑事役の「LAコンフィデンシャル」 、「交渉人」でも実に視線がぶれない印象を受けたが、いっぽうで変態気味の父親役を演じた「アメリカン・ビューティー」でも、狂気を内に秘めた平静な顔が似合っていた。殺される役をよく演じているのは、偶然か?

題材が良かった。神曲に書かれている大罪から物語を作ろうとしたのは、いったいどんなことで思いついたアイディアなんだろうか?思いつくこと自体が異常な気がするほどだ。そして、犯人のキャラクター設定。これも、そして犯人役の迫力も必須だった。生半可な存在感では、刑事役に喰われてしまう。

ある意味では、モーガン・フリーマンのような渋い役者を連れてくれば、その役割を果たせるだろうことは誰にでもわかる。ブラッド・ピットも、この時点では熱血肌の若い刑事役をこなすだけの演技力があることは計算できる。問題は、やはり犯人役の設定だったのではないか?それに成功したことで、この映画は尻つぼみにならなかったと思う。

でも、こんな映画は二度と観たくない。私は人にこの映画を勧めたくない。もちろん家族といっしょに観るなんてことをしたら、気が狂ったサイコ野郎としか思えない、そんな作品だ。恋人といっしょに観ると、最初は手を握りやすいのは確かだが、後味が良くないんじゃないか?

こんな映画を好むやつは、ロクなヤツじゃないかも。家内が観たことがあるか聞いてみたいような気もするし、聞くのはスリルがあるのだが、聞くこと自体が恐怖映画のワンシーンなみの怖さを秘めているので止めとこう。

気がつけば今日は4月4日。偶然か?これも気味が悪い。

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