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2009年3月 8日

オールド・ルーキー(2002)

- 不安と自信の表現に難あり -

主人公は少年時代から野球が好きだったが、父親の転勤の都合で満足な環境を得ることができず、プロ野球も肩の故障で断念せざるを得なかった。その後、高校の教員をしながら野球部のコーチをしている。ある年、部員との約束でマイナーリーグに入団することになるが、生活のことを考えるとマイナーでの生活は厳しい。このまま夢を追うべきか悩む主人公・・・

・・・ふと思い出して観賞。この作品は実話に基づいているそうだ。公開当時は結構評判になった記憶がある。でも今はほとんど忘れ去られた感じがする。いい作品だが、やや二級の感じがする作品である。たしかに大作ではない。

「フィールド・オブ・ドリームズ」は素晴らしい作品だった。親子の対立、野球への思い、家族への思いなどを夢あふれるストーリーで叙情的に描いていた。私も随分泣いてしまった。この作品も題材は似ているが、描き方が違う。

最初に尼さんが登場して砂漠に花をまくシーンがあるが、アイディアは素晴らしいものの、描き方がちょっといただけなかった。あれがスロー映像で風の音を消して音樂のみを流すような手法で、いかにも夢とも現実ともつかないような雰囲気になるように作られていたら、物語も夢のような雰囲気になったかもしれないのだが・・・

今考えると、ケビン・コスナーの演技も臭かった。この映画の主人公も同じような表情をしてみせるが、もっと自然で無表情な演技、いやらしい面もあるような描き方のほうが良かったのかなと、今回は感じた。この作品の主人公のほうがさらにクサイ関係で、そのへんのアラが見えてしまったのだろうか。でも、この作品は家族や恋人といっしょに観るには悪くない作品だと思う。適度に真面目で少し娯楽性もあり、夢と家族愛などの要素がそろっていて、雰囲気が良い作品だから。

野球への思いは、我々日本人と彼らでは随分違うようだ。我々の場合は、甲子園というひとつの頂点がある。純粋な野球道を追及させる修行場のようなイメージがある。ずば抜けた選手はプロ野球選手になるが、プロは半分やくざな世界のイメージで、実際に暴力団などとのつながりもあるようだ。長嶋や王のようなヒーローもいるが、彼らは特別だ。金髪かパンチパーマ、引退後は居酒屋でもやるのか?といったイメージ。

最近は随分変わってきたが、変わった理由はメジャーを意識することが普通になって、その年棒やスタイルが影響してきたからだろう。服装や態度に至るまで真似が浸透してきて、最近の選手たちは本当にクレバーな人生設計をしているように見受けられる。メジャー選手は、ステイタスが高いのであろう。それなりの努力も求められているらしい。メジャーとの交流が盛んになって、両国の意識のズレはなくなりつつあるが、単純にまとめれば、野球に求めるものは、日本は精神性が最優先で、アメリカはビジネスチャンスが最優先といったところか?

アメリカンフットボールやバスケットなどの人気も日本とは段違いに違うので、野球中心の日本とはこれまた違う部分もあるだろうが、高い報酬は夢のレベルを高める効果がある。野心を持ち、能力もある人物が夢を求めて集まる効果を生む。そしてメジャーに上がった選手には独特なプライドも発生する。それを物語の基線にすると夢の度合いが強くなる。サクセスストーリーの盛り上がりが期待できる。それに家族愛がからめば、これはもう作る前から観客に受けることは間違いない。

ただ、クサくなってはいけない。端々と描くのがコツのようだ。自分が速い球を投げていることに気がつかないなどはプロとしてありえない。研ぎ澄まされた感覚を持てないようではメジャーは無理だ。きっと自分でも自信があったからこそ挑戦する気になったはずである。正直に描くべきだ。自信と不安で悩む主人公が何度も妻とケンカするほうが自然だ。欲求が強くなってトライせざるを得ないからこそ、トライしたのであろう。その辺の切実さを表現できていなかった。

さらに、真実味を出すためには役者の体力も大事である。フォームがそれらしく、球が速くないと迫力が出ない。プロの球を普通の高校生が簡単にキャッチできるのもおかしい。バッターもそうだが、キャッチャーも玉が怖くて、やっと捕るくらいのはずである。テニスボールか何かを使ってでも、スゴさを表現するべきだった。体力のある役者は他にもいたと思う。丁寧に作れば、本当に良い題材だったと思うのだが・・・

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