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2009年2月 8日

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(2007)

- 成功欲について -

主人公が鉱山で黙々と金を掘っている。大怪我をしながらも、必死の思いで金をつかむ。彼は、それを元手に今度は石油採掘の仕事を始める。採掘には危険が伴う。ある日、作業員が事故で死亡し、彼の子供を主人公が預かることになる。

採掘は成功し、彼は金持ちになった様子。子供を連れて新しい仕事を得るべく、自分を売り込む。

そんなある日、彼の元に若い男が訪れてくる。男の実家には石油が眠っていると言う。試しに現場を訪れると、確かに期待できそう。しかし、若い神父が主人公の本性を見抜き、何かとちょっかいを出してくる。自分の教会に協力させようとするが、主人公は神父の意図に抵抗する。

石油は出てきたが、事故で今度は子供が怪我をして、耳が聞こえなくなってしまう。さらに、地権者が教会の信者のため、彼も入信しないかぎり事業を続けることが難しくなる。嫌いな神父の下にひざまづくのか・・・

主人公を演じたのは ダニエル・デイ=ルイス。ギャング・オブ・ニューヨークと同じようなタフな男の役柄。現在、こんな役をやらせたら最もはまる役者だ。むかしだとヘンリー・フォンダに近いが、より強烈で無茶苦茶なキャラクター。

とにかく強烈な個性の男の物語。個性と言うか、あくなき成功への野心が凄まじい。

程度の差はあれど、こんな人物はいる。かって大成功した立志伝中の人物には、多かれ少なかれ似たような伝説がある。最近だとビル・ゲイツも、違法とは言えないまでも結構な買収劇、法廷闘争劇を演じていたらしい。

日本ではホリエモンや村上ファンドの代表が目立つ。強い欲を感じた。億単位の金が動くと、私でもおかしくなると思うが、残念なことに十円単位で眼の色を変えて節約する日常では、彼らの感覚は解らない。

以前も書いたが、個人的には彼らの行動を罰したのは有益だとは思えない。法律の詳細は知らないが、彼らが告発されたインサイダー取引の定義は結構曖昧である。例えば業者達が飲み会を開いて情報交換会をやれば、きっと何かの利益が発生する。当然それを狙って参加しているわけであるから、すべてを法で管理すると妙な話になってくる。

情報なしに投資するバカはいない。つきつめて考えれば、情報交換会に参加できない部外者も平等な条件で投資できないと、ある意味ではインサイダー取引で利益を誘導したことになりかねない。個々人の会話の内容も明らかにしないと、本当はインサイダー的な取引をしたことになる。「宴会で女の趣味のことだけ話していました。浮気のことを話していました。」と言っても。「全部公表しなさい。」とは言えないだろう・・・

身内の限られた情報で利益を得るのが違法なら、会社が計画していることや事業成績の全てを大々的に公表し、情報の偏りがないようにしないといけないが、それは会社の発展を阻害するし、個人情報との境界が曖昧だ。線引きが非常に難しいと思う。法律の条文は曖昧で、判例に従って判定されているように見受けるが、いつまでもそんな日本的商法管理では、やがて大波に飲み込まれてしまう予感がする。

しかし、それにしてもホリエモンの行動は派手だった。せめて孫正義のように行動していたら、そのまま成功路線を走っていたかも知れないのに、生き急いだような感じか?

一般に成功をつかみ取るためには、何の世界でも普通以上の努力や冒険が必要である。小人物の私には理解できないような度胸、思い込み、激情が必要なんだろうが、結構医者の世界にも激しい人物は多い。

「無胃村」のことは以前にも書いたかもしれないが、要するに外科医が頑張りすぎて、村の人に片っ端から胃の手術をしたために、胃のない人が多くなっちゃったという伝説である。私は、いかに収益を上げるためとは言え、いかに胃癌を怖く思うためとは言え、そんなことはできない。でも当時の先生に「やりすぎじゃないですか?」と聞いたら、きっと凄い剣幕で反論しただろう。

今だと大腸カメラ屋が、それに近い。やり手の消化器科の医者は、カメラ屋に徹していたりする。

腹痛を訴えると大腸カメラをしたがる病院が多い。もちろん偶然に大腸癌が見つかることも多いので意味はあるが、症状とは関係ないので、厳密には医療ではない。「腹痛に大腸の病気が関係していると疑ったので検査した。」と言えば聞こえがいいが、医師の判断の自由度、権利を多少悪用した点は否めない。医療ではなく健診である。つまり、その辺をごまかした不正請求と言われても仕方ない。

カメラをするなと言っているのではない。心からガン患者を救いたいという医者が大半だと思うが、中には完全な商売に徹している病院もあるのが問題だと考える。大腸カメラを一回受けると、次の年もいかがですか?と案内が来るらしいが、厳密にはガンの疑いがないかぎり、保険診後に案内するのはおかしい。風邪をひいて来院した人に案内を出すか?

あくまで個人的な意見だが、私は健康人の大腸検査は、5年くらいの間隔をおいてしか認めないほうがいいと思う。海外ではそんな研究結果が出ているが、日本では意図的にか研究しないので、どれくらいの間隔をおけばいいのかが解らない。ガンを疑う根拠の設定が難しいが、組織検査でのガンの陽性検出率、総検査数に占めるガンの比率で診療報酬を決めれば、無駄な検査を繰り返す悪徳な一部の病院を駆逐できると思うのだが・・・。

大腸カメラの診療報酬が高く、儲けるので片端から検査したがる面は否定できない。保険の財政が厳しいので、無秩序に医者のやる気に任せるのはいけない。もっと保険審査を厳しくし、ガンがなければ自己負担をふやすべきかも知れない。いっぽうで早期がんの発見は減らさないように、システマティックに健診をすべきである。根拠のある健診をすべきだと考えるのである。

教授になるような人物にも、結構おかしい(失礼!)人物は多い。思い込みが激しいので、数年経ったら言っていたことの多くが間違っていたということもある。私が言った内容に激しい批判をくわえていた先生が、数年後には堂々と私の意見を取り入れて講演していたりしたこともあった。それくらい平気でやらないと成功しないのだろう。

やり手の先生には人間的には欠陥が多い人物も見受ける。でも、それくらいないと論文をこしらえることなどできない。「もしかするとこの実験は間違いかもしれません。」などと正直に言おうものなら、「こいつはバカ正直なヤツ。使えない。」と干されてしまうので、医局員も自然と似たような人物が多くなってくる。

韓国の有名教授が実験を捏造したことが報道されたが、あれも似たような成功欲がなした事件だろう。

あくなき成功への欲求がないと、世界の発展がスローになるという側面はある。人間の全員が論語に出てくるような素晴らしい徳のある人物だったら、どうなるだろうか?きっと「中庸が肝心。これ以上の無理は要求しない。」なーんて調子で、仲良くはなっても業績は得られないかも知れない。したがって、無茶な人物達のおかげで、我々は文明の恩恵を受けることができているとも思える。

歴史を眺めると、発展にこだわらないで中庸を目差す集団は、あくなき熱情に駆られた侵略者に問答無用でやられている例が多い。皆が仲良くやることも大事で、自分としては世界中がそうなってくれるなら多少の不便も構わないと思うが、そう思っていない連中が無茶をやらかすのが現実なので、中庸を目差すと危ない。「こいつ、人のいいボンヤリしたやつ。」と思われて、思われるだけじゃなく、攻撃してくる。

映画の人物は、それにしても強烈な男だった。

彼とライバル的な関係になる人物も面白かった。教会の神父に若くしてなる男で、ある意味では彼も強烈な野心家で、非常に似た性格を持っている。宗教家は大抵そうである。たまたま野心の方向が有益な結果を招く人が多いので尊敬されるが、中にはアクドイ面を巧みに隠している活動家もいる。

この映画の話の筋から言うと宗教家が勝ったとばかり思っていたら、最後に大きなドラマが巻き起こって驚かされた。

演じていたのは「リトル・ミス・サンシャイン」で、話をしない兄の役を演じていた俳優だった。もっとギラギラした迫力があれば良いのでは?と思った。アーロン・エッカートなんか適役だったはずだ。さらに、せっかくだから、年齢を表現するメーキャップをやってくれたらよかったのに、と思った。

主人公と、預かって育てる子供の関係も面白かった。彼がどのような意図で子供を育てるのかが途中から解ってきたが、それを告白した場面は意外だった。もっと殴り合いか何かの後で、勝ち誇る相手を絶望させるような有効性を考えた場面で話すと思っていた。彼らのような人物は、話す時期を心得ているのだと私は思うのだが・・・。

ゼア・ウィル・ビー・ブラッドというタイトルの意味がよく解らない。意訳すれば「血ィ見るぜい!」という意味とも取れるが、「最後には血を見る結果となるであろう。」のようにラストシーンを予想させるイメージかも知れないし、さらに意訳すれば「石油(血)が欲しい!」という意味合いと考えられなくもない。本当はなんだろうか?私の英語力では、無理だ。

 

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