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2008年12月28日

乱(1985)

ー 話が手法とマッチしてるか? -

ある国の話。

城主の仲代達也は戦上手で、周辺の国々を滅ぼして領地を広げてきた。しかし、そろそろ引退したいと考える。

狩の休憩時間に、皆が揃った席で引退を表明する。子供三人に国を分けるので、それぞれ仲良くすること・・・。突然の発表に、そんなあ急すぎだよ福田総理、と言ったか言わないか?

三男は反対する。結果として今いる城を追われ、隣国に追放される。リア王における三女(コーデリア?)の役割。

兄弟仲良く国は安泰のはずだったが、次男は嫁にせつかれて結局は兄弟で戦うはめになり、仲代達也は自分の判断の間違いに気が動転し、狂人としてフラフラ城を出る。

三男は仲代を救うために国に戻ってくる。当然、次男との戦いになる。さて、戦いの結末は?

この作品は「蜘蛛巣城」と共通点が多い。

ともにシェ-クスピア原作の物語を題材にしていて、ともに戦国時代の城主が中心で、さらに疑いや裏切りによる不幸を描くところまで同じ。普通なら2番煎じと言われるのを気にして製作しないはずだが、監督くらいの超大者は気にしないらしい。

狂った仲代のメーキャップ、表情は、蜘蛛巣城の三船と同じく、目をギョロッと向いて激しすぎる。さすがにワンパターンの印象を受けた。

できれば原作と同じく、荒野の東屋に横たわって生死をさまよう、付き人は次々と無残に殺される、といった話のほうが良かったのでは?道化師との会話は、うまく使えば作品の価値を高めるが、なかなか万人に伝えるのは難しい内容だった。

三男の軍隊が林の影に隠れて、押しては引くの策謀で敵を翻弄する場面は非常に明解で、面白かった。しかし、話全体の中では、見事でも意味がない印象はある。

騎馬の突進も音響、カメラアングルなどの工夫があって素晴らしかった。映画館で観ると、音がうるさすぎるくらいだが、あれがいいのである。

逆に、この映画はカラーで画面が解りやすいので、余計にオーバーなところが目立つ。煙幕も、はっきり煙幕だと解ってしまうので、不自然な演出のアラが出てしまう。難しいところである。

富士山の山麓に作ったらしいセットも、細かいところまで見えるので、砂利の丘に無理に作ったことが解りすぎて不自然。あんな城はないと思う。敵に囲まれても困らないような作り方をしないと・・・。

出演した俳優達にも、今ひとつ共感できなかった。知っている俳優達だったからか、いつもと勝手が違う現場で萎縮したのか、個性が十分に出せていない気がした。

特に根津甚八は、嫁に翻弄される次男役の悩んだ表情が充分に出せていなかったような気がする。同じような敗戦の将を演じさせると、豊川悦司などは実に迫力があるが、声を裏返らせるような細かい表現が出来ていなかったのでは?

アップも少なくて、彼の微妙な演技を生かしきれていなかったような気もする。能の舞台をイメージした演出には合わないのかも知れない。

悪女役の原田美枝子は、化粧のために表情が解らなかった。能のような化粧は必要ない。戦国時代なので、現代風の化粧で良かったのでは?それなら現代風の容姿の彼女には表現がしやすかったのではないかと思える。

「蜘蛛巣城」の山田五十鈴よりも扱いが低かった気もする。アップで目立たせると良かったのではないか?

能を取り入れた舞台劇風の蜘蛛巣城は大成功だった。気味の悪さ、オドロオドロしさが引き立っていた。でも、あの手法の成功体験が、この作品ではマイナスに働いていたようだ。

この作品は家族で観ることも、恋人と観ることも勧められない。暇つぶしに友人と観ることも同じ。そんな映画、やはり問題だ。

手法と俳優の個性、画面の解像度などがマッチしていない気がする。

 

 

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