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2008年11月24日

プレステージ(2006)

- 現実路線が望ましい -

ヒュー・ジャックマンとクリスチャン・ベールはマジシャンである。

あるショーの最中、ヒューはマジックの失敗で水槽の中から脱出できず、そこに居合わせたクリスチャンは殺人罪で捕まる。クリスチャンの気がかりは、一人残してきた娘の行く末。娘の養育は、彼がマジックのトリックを富豪に明かせば可能になる。

ヒューとクリスチャンには長い争いの歴史があった。互いに技を競い合う間柄だが、脱出マジックの際にクリスチャンのせいでアシスタント役の女性が死んでしまう。この女性はヒューの妻だった。

ヒューは、クリスチャンのマジック「弾丸つかみ」の場に紛れ込み、実際の弾丸を放ってクリスチャンの指を2本つぶしてしまう。

仕返しに、今度はクリスチャンがヒューの舞台に忍び込み、クッションを隠して、落下してきたヒューの足を骨折させてしまう。

お互いに相手のトリックを見抜こうとしてスパイを送り、または変装して忍び込んでは邪魔をする争いが繰り広げられる。さらにはお互いの日記を偽装して、相手をワナにかけようとする。

スパイが逆にスパイするために送り込まれた人物なのか、誰が真実を言っているのか複雑に入りこんだ展開になる。最後に笑うのは誰か?

よくできた作品だった。どんでん返しの連続で、ハラハラさせる効果があった。人気小説の映画化らしい。

でも、この作品は基本的には異常者を扱っている関係で、子供には向かない。恋人と観るとどうだか知らないが、全体に雰囲気が暗いことは否めない。

マジシャンがおかしくなる作品は、そのままズバリのタイトルの「マジック」が有名。後にハンニバル博士を演じる性格俳優のアンソニー・ホプキンスが、芸を磨くうちに二重人格になってしまう主人公を演じていた。今回の作品も、トリックを極めるために人生をかけるところでは同じである。

マジシャンの本質を問いかけるシーンが2回くらいあった。結論は、観客の驚きが最高のテーマで、トリックの内容は関係ないというものだったようだが、結構哲学的だ。

一芸に秀でるためには、確かに家庭生活を犠牲にしないといけない部分はあるのかも知れない。昔のモーレツ企業戦士も、家庭ではバタンキューでゴロゴロ、会社が人生の中心という人が多かったらしいが、あれも似たようなものかもしれない。

医者もそんな感じがする。循環器の第一人者みたいな先生は、癌をほとんど見逃してしまう。逆に消化器の専門医は、心筋梗塞を胃潰瘍と間違って胃カメラをしたりする。結構な大ベテランにしてそうだ。専門家ほど危ない。そして、日曜日も病院に顔を出してパソコンをパシャパシャやっている。

かっては私もそうだった。365日のうち、病院に行かないのは5日くらい。学会に直接行って、帰ってきたら病棟を回る日々で、それが普通だった。でも、やはり異常である。

ヒュー・ジャックマンの演技は悪くなかった。特に酔っ払いのソックリさんの目つきなどは、適度にイカレタ感じがして良かった。敵役のクリスチャン・ベールは知らない俳優だったが、個人的には迫力に欠けていたように思う。

スカーレット・ヨハンソンは、もちろん美しかったが、特に魅力的には写らなかった。徹底的な悪女で、二人のライバル関係をもてあそぶような怖ろしい女という設定だったら面白かったかも知れない。

マイケル・ケインはいつもながらの上手さだった。だが、彼が実は大悪人という設定でも面白かったかも知れない。

いくつか疑問点が合った。

中盤までは二人のライバルの争いに男と女の関係が絡んで、昔風の愛憎劇が展開されていたのに、そのままではいけなかったのか?解らない。

最後の方で荒唐無稽な瞬間移動装置が出てきた点はいただけなかった。せっかくの盛り上がりを、子供映画並みのレベルに下げてしまったような気がする。少なくとも私にはそうだった。SFチックな展開になって面白くなった人もいたかも知れないが。

適当に言ったテスラという人物が都合よく機械を作るなんて、出来過ぎで真実味を失うとは思えないだろうか? 富豪のふりをする展開があったが、そんな資金はどこから出てきたのだろうか?いかに人気のマジシャンだとしても、出演料は知れていると思う。人を大勢雇うことができるのはおかしい。

今回の主演の二人はライバル関係になっており、互いにトリックを盗み合い、邪魔しあう関係だったが、マジックショーを観に来る客は限られており、ライバルがいない町に巡業するほうが自然である。ずっと一箇所の劇場でやっていけるような芸人はいない。そのへんも不自然だった。

もしソックリさんを使うなら、最初から使っておけばメジャーになれるはずなのに、なぜあえて普通の芸にこだわっていたのか?

つまり、根本的に設定に無理があったような気がする。

大きなマジックショー大会で優劣を競う関係、もしくは同じマジシャン集団でトリを争う関係でもいい。老人の師匠がいて、次のスターの座を争う関係でもいい。マジックだけで客を惹きつけることは無理だから、サーカスや何かの集団でもいい、劇場専属の芸人のなかでトップの座を争う関係でもいい。

最初から女をめぐって争うのも自然である。結果的に、二人とも女に操られていたという結末も現実的(?)である。

そして、あくまでトリックは本物のものにこだわるべきだったと思う。奇想天外な機械には納得できない。

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