映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 用心棒(1961) | トップページ | チーム・バチスタの栄光(2008) »

2008年11月20日

タイタンズを忘れない(2000)

Photo - タフなコーチ   -

ある有名高校のフットボールチームのコーチに、教育委員会の方針で黒人のデンゼル・ワシントンが赴任してくる。元からいたコーチや、白人の選手達は当然ながら面白くない。妨害行為に出ようとするが、デンゼルはひるまず自分の姿勢を貫こうとする。

白人と黒人の選手達を同室で過ごさせる、互いの身上を語らせるなどの方法で一体感を培うことに成功するが、現実の街では差別と対立のエピソードが続き、ともすれば元の木阿弥になりがち。

コーチの間でも方針や、処遇をめぐって対立が続く。黒人と仲良くすると、年来の白人の友人を失ってしまう。白人コーチは念願の殿堂入りを妨害される。

しかし、選手もコーチも勝利に向かって徐々に連帯感を強め、チームは力をつけていく。ところが地区大会の決勝戦を前に、チームリーダーが負傷してしまう。

敵チームは強力で、こちらの戦術も通用しない。「このまま負けても、君らは立派に戦ったんだ。誇りに思う。」そうコーチは言いだしたが・・・

本当にソツのない作品。この作品も・・という感じだが、ジェリー・ブラッカイマーが製作に携わっている。ディズニー作品でもある。

脚本は完璧で出来過ぎ。エピソードが見事につながっている。あまりに出来過ぎて、かえって説得力が失せた感じ。

この作品は家族で観れる作品だ。なんたってディズニーだもん。

この作品の舞台はバージニア州で、実際にこの州で起きた話が題材になっているらしい。

学校の統合が舞台になっていたが、日本のように人口の変化によるものか、教育的な理由によるのか解らなかった。

人種対立の激しい地域で、しかもレギュラーの座や自分の出番を争う状況では、何かちょっとでも自分に不利があると感じたら、ヤケになって銃でも持ち出す輩がいてもおかしくない。命がけであろう。

いかにチームのためとは言え、自分を下げて黒人選手を出してくださいなんて、普通は言えない。ちょっと出来過ぎだと思う。実際にはコーチ自身が判断したか、他のコーチが「あいつを替えよう。」と言ったのでは?

私が参加していた中学や大学時代の弱小チームでも、自分に出番がないとむくれる選手ばかりだった。誰をレギュラーにするかで、醜い争いがしょっちゅう。

私はセッターだったが、「俺にトスを上げろ!」と怒るアタッカーが多かったが、どう考えても自分が打つかエースに撃たせたほうが成功率は高い。チームのためを思えば、当然方針は決まってくる。その辺を解ってくれなかった。

「あいつにも出番を作れよ。」一見マトモそうな意見を言ってはいるが、中身は友人をエコヒイキってな調子で、要するに甘えた子供ばっかりだった。あんな調子じゃあ、本当に冷徹な判断が必要な対決では、チームの力が出るはずがない。

フォア・ザ・チームの考え方は、スポーツチームでも会社でも、とにかく戦って勝つのが目標の団体には必須である。ところが、友人関係重視の同好会の場合の考え方を持ち込んでくる。

負けが込んでるチームは皆そうなんだろう。

「あいつは俺より優れているから、あいつを使って下さい。」そんなことを言うヤツが出てきたら、その選手のスポーツの‘業績’はともかく、チームは機能していることの証明だ。

スポーツクラブのコーチ、特に黒人のコーチはタフでなければ生きていけない。この作品の中のデンゼル・ワシントンは、タフな役柄を見事に演じていたが、実際には流血の事態も覚悟しながらでないといけないので、なかなか務められないことだろう。

各自の野望や、思い込み、人間関係だけでもモメル要素はたっぷりなのに、加えて人種が違うなんて・・・。

政治力を使って、コーチを他の高校に移動させるなどの妨害工作は、たぶん年中行事なんだろう。

選手達も、ともすれば徒党を組んでサボタージュ~ストライキを起こそうとするはずだ。それは、さきほど述べた自分の代わりに優れた選手を推薦する行為とは正反対の考え方だ。

優秀な選手かどうか、この局面で使えるかどうかだけで選手を選ばないといけないのだが、判断材料に個人的な用件を入れる輩が多い。

自分の考えはフォア・ザ・チームの判断であって、個人的な要素がないこと、自分に反対するからには根拠を示す必要があること、明確なルールを打ち出せること、そして実績。それらが必要である。

単に戦術が正しい優秀さだけ、厳しいが個人的な判断がありあり、そんな指導者では成績は出せない。アメリカの大統領でも、そんな傾向がある気がする。

 

 

« 用心棒(1961) | トップページ | チーム・バチスタの栄光(2008) »