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2008年10月22日

夕陽のガンマン

- 気取ってる  -

リオ・ブラボーの街には、大きな銀行がある。この銀行の金庫は巨大で、しかも番人がライフルを持って立てこもり、まさか強盗が成立するような可能性はない・・・はずだった。

脱獄囚の悪人は、仲間を引き連れて銀行を襲う。どうやって?ありえない手段を使うのである。

いっぽう賞金稼ぎが二人、この町にやってくる。ひとりはクリント・イーストウッド、もうひとりはリー・バン・クリーフ。俺の邪魔すんな!ってな理由で二人は対決する。二人の銃の腕は信じられないくらい凄い。空中で帽子が落ちないように撃って、しかも帽子を遠距離に飛ばさないなんて、物理的にありえない。

とにかく、ふたりは共同で敵の襲撃を撃退し、賞金を稼ごうと考える。敵の仲間入りを果たして、まんまと騙したつもりが、敵もさるもの、逆に利用しようとする。

騙しあいの末に、敵と対決することになった二人の賞金稼ぎ。リー・バン・クリーフは、何か敵とは過去の経緯がありそうである。オルゴールの女は、いったい誰か?

これはマカロニウエスタンの代表作だ。日本のヤクザ映画、大衆演劇に近い雰囲気を感じる。必要以上にカッコづけた表情、身振りが、実にサマになっている。

なぜ東洋の島国と、ヨーロッパの起源と言える歴史のイタリアが、似たような演技を好むのか解らないが、食べてるお魚に関係があるのか?(あるわけない)

クリント・イーストウッドはスマートな体型で、殴り合いで敵を圧倒するような力があるようには見えないが、すぐ人を殴っていた。しかも、動きが素早いわけでもないのに、並んだ敵が銃を発射する前に、一方的に撃ち殺していた。ありえない話である。

ありえない話が、いとも簡単に、堂々と行われていた。主人公は敵に捕まって集団で殴られても、翌朝にはシャキっとしてすぐ反撃できていたし、顔の腫れもほとんどなかった。普通なら打撲や骨折だらけで、2週間ぐらい寝てないと動けないのではないか?ありえない~。

ありえない部分は、カッコづけでごまかして、すぐに銃に弾を込め、あっさり復讐できる。全身筋肉痛で困るようなところは微塵も見せずに、しゃきっと走る。リアリズムなんか、くそっくらえだ!

絵になることを最優先に映画を作っている。ニヒルな表情を浮かべた登場人物が、意味のない動作でキメのポーズとキメぜりふをはく。いやあ、しびれますなあ。

音楽も最高にニヒル。エンニオ・モリコーネが若い頃に手がけている。ギターがビヨンビヨン鳴るのが、なんとも不快なようで、意外に映画の雰囲気に合っている。

この作品は、結構いろんな映画人に参考にされた関係で、今の若い人達は古臭く感じるかも知れない。昔はタフな男と思えたイーストウッドの表情も、あまりに目を細め過ぎるんじゃないか?視力が落ちたのか?と心配されるかもしれない。

最近のタフガイのブルース・ウイリスも似たような表情をする。でも日本人のタフガイは、ちょっと違う表情が多い。ガンをとばす時には、上目、横目が中心である。この辺の違いは何でだろうか?

恋人といっしょに観る映画ではなくなった。子供にも、もはや流行の作風ではないので勧められない。懐かしい映画が好きなヤツラが、唯一この作品のターゲットかな?

全体の話の流れ、途中のエピソードなどが実に適切に配置され、敵の脇役達の気味の悪い個性、ちょっと登場する少年や店の女に至るまで、皆の役割分担が実に上手く機能している。皆が個性的と感じられるから、もうそれだけで作品の成功は疑いない。

独特のキメの約束事に慣れてくれれば、この作品は今でも面白いんだが・・・

 

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