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2008年10月14日

OK牧場の血斗(1957)

- マカロニ風 -

OK牧場の決闘を、個性派の男っぽいスター中心に描いた作品。

保安官をやっていたワイアット・アープが悪人を追って近くの町にやってきた。この町の保安官は引退間際で、悪人の手引きをするような人物。

ワイアットは酒場でリンチに合いそうだった殺し屋ドク・ホリデイを助け、彼の友情を勝ち取った様子。ただし、ドクはヒネた人物なので、手を取り合って感謝するというような表現方法は取らない。一歩間違えれば、敵側に回りそうな危うさがある。

犯罪者達を追って野宿していたワイアットとドクは、逆に寝込みを襲われる。しかし、ドクの凄腕で危機を脱する。

ワイアットの兄弟からの連絡で、今度はクラントン一味が牛泥棒をしているらしいことを知る。盗んだ牛の処分を禁じたことで、ついに一味とワイアットの兄弟は対決することになる。弟の一人が夜襲に遭って殺されてしまう。復讐に燃えるワイアットは、街外れのOK牧場に向かう・・・。

与太者

実際のドク・ホリデイは、どんな人物だったのだろうか?どうも完全な与太者のような気がする。ワイアット・アープが運良く長生きしたので、手柄話が伝説となってヒーロー扱いになっているが、実は単なる殺し屋だったのかも知れない。

ワイアット・アープも非常に怪しい。たまたま上手く引退できて長生きできたことと、映画監督などと交流があったので、自分の伝説を相当に美化して描いてもらうことに成功しただけかも知れない。

保安官を演じた俳優は多いが、最近印象に残っているのは、「許されざるもの」の悪役、ジーン・ハックマンである。非常にズル賢く、抜け目がない。そして腕利きの早撃ちガンマンを、騙すような手段を用いて、いちおう合法的にリンチにかける。あくどさを持ちながら合法的存在であるというキャラクターを、迫力を持って演じていた。

あれが実像ではないかと考える。この映画の中では無抵抗の者を殺したり、誰かとケンカして暴れたりはしていないが、記録を読んでみるとワイアットらは結構いろんな所を追い出されている。法を遵守し続けた人物とは、ちょっと考えにくい。映画の主人公は、随分と脚色が加わっていたのではないかと思う。

映画ではワイアットの弟が殺されて決闘になるストーリーだったが、実際には決闘の後で仕返しに殺されたらしい。つまり、復讐に燃えて戦ったわけではなく、日頃のにらみ合いのカタをつけるためにヤクザ同士が殺し合いを演じたのが、決闘の真相であると言えるかも知れない。

スター級の魅力

しかし、主演の二人のスターは、本当にスター級の、あふれんばかりの魅力だった。この時代の映画はスター中心なので、いかにもカッコづけた現実離れした演出がされる関係で、非常にカッコいい。

決闘の主人公はワイアット・アープであろうが、この作品で最も魅力的だったのはドク・ホリデイのほうであったと感じた。酒びたりの結核持ちで、ポーカーゲームに熱中し、何かあればすぐ人殺し、時々ニヤリと笑いながらジョークを飛ばす。でも、友人のためには危険を顧みず戦いに挑むという魅力的なキャラクターであった。

バート・ランカスターにも存在感はあり、この作品では主役だが、真面目人間すぎて、ドク・ホリデイに比べれば魅力に欠ける。光ったのは、役柄から言っても断然カーク・ダグラスのほうだった。

銃を構えたカーボーイ達を前にしても、ビビったりすることなく決然と立ちはだかる。もし私が実際に銃を構えられたら、敵より先に撃たないと不安である。気取っていても始まらないと思うが、そんな小心者とは全く違う自信あふれた態度のカッコいいこと。憧れる。

でも私は憧れるばかりで、実際に危険な目にあったら、さっさか逃げ出すか、先に乱射するだろう・・。今のイラクやアフガニスタンあたりで、ゲリラを前にした米軍兵士が映画と同じことをやったりしたら、返事もないままに撃ち殺されるだろう。ビビるのも大事だと私は考える。

荒野の決闘

この映画の11年前に、ヘンリー・フォンダ主演で荒野の決闘が作られている。また、この他にも主役が別な作品も2種類ほど見たことがある。

ひとつは完全にワイアットが悪役で、「あいつら卑怯にもショットガンなんか持ってきてやがる。」と、クラントン家側から文句を言われていたが、そのへんの不平等は戦いの宣告前に言っておかないといけない。アメリカ人は、素手の決闘にロケット弾を持ってきても平気な人種なんで、軍隊を連れて来なかったことだけでも感謝すべきだった。

「荒野の決闘」と「OK牧場の決斗」の違いは、スターの演出の仕方か、背景の扱い方か、叙情性と娯楽性の比重の違いか、いろんな要素があると思うが、娯楽に徹したという面からは、この作品のほうが簡潔な印象を受けた。

ワイアットが死ぬか死なないか、ふてぶてしいかどうかも随分違う。作品の中のワイアットの比重が違えば、いろんなパターンの作品が作られそうだ。

ラストでワイアットと分かれるドクが、葉巻をくわえながらポーカーをやってるのがニヒルでカッコいい。マカロニウエスタンで使われそうなキャラだ。

 

 

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