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2008年10月18日

駅馬車(1939)

- 新たなタフガイ登場 -

駅馬車が、ある町に到着する。降り立った人の中に、夫を尋ねる身重の大佐婦人がいる。なぜか町の札付きのギャンブラーが目をつけ、ボディガードを申し出る。

町を追い出されるトーマス・ミッチェル医師と、商売女、それとあわてた様子の銀行頭取、酒の行商人、保安官もいっしょに旅に出る。しかし、インディアン達の動きが怪しいとの情報で、緊張の連続。

途中、脱獄囚のジョン・ウェインも同乗する。彼は肉親の敵を殺すために脱獄したらしい。首には賞金がかかっている。

銀行頭取は何か隠し事がありそうで、あせっている。横領しているのでは?医者は完全なアル中で、酒の行商人と仲良くしたがる。商売女は、常に白眼視されて辛い思いをする。保安官は職務上ジョン・ウェインを逮捕しないといけないが、インディアンを相手にする時には彼の助けを借りないといけない。

各地でのインディアンの襲撃で、馬車は孤立無援の状態になる。そして、ついにインディアン登場。激しい銃撃戦で、ギャンブラーは死んでしまう。彼は大佐夫人も知る名家の出身だったらしい。

生き残ったジョン・ウェインは、保安官の許しを得て敵の待つ場所へ向かう。敵を倒したら、商売女といっしょに暮らそうと約束して・・・・。

ジョン・フォード監督作品。解説によれば、当時はなぜか西部劇の人気がなかったそうだが、この作品の影響で復活したらしい。

キャラクター設定と、各々の描き方のバランスが良かった。

脱獄犯は、意外に紳士的で、理性的。肉親を殺されて復讐をしたいらしいが、それ以外はマトモらしいと解る。

銀行家がアップで何か驚いたようにしている不自然な場面が二回あった。ちょっと今ではオーバーな演出だったが、馬車の中でも随分とあせって、紳士らしくない。

御者がベラベラくだらないことを延々と喋っていたが、あんな人間に辟易とした経験があれば、おかしいとともに、話に現実味を持たせる不思議な効果がある。

各々の登場人物が、「子供が5人いるが・・・」「俺のカミさんは・・・」などと話すのも無駄なようで微妙な効果を持つ。そのへんの脚本のサエがあった。あんまりやりすぎると、冗長な印象を持たれてしまうので、展開の早さとのバランスが大事だが、神技のようにこなしていた。

個性的な乗客を設定するのはできたとしても、90分以内の短い時間で説明し、しかも物語を構成するのは至難の業だ。この作品は、そこをやってのけているところが凄い。

作品のスタイルは古いんだが、基本的なところが実にしっかりしている。

トーマス・ミッチェエル演じる飲んだくれ医者はインパクトがあったようで、アマデミーの助演男優賞を取ったそうだが、その後もグランドホテルスタイルの映画では似たような役割のお調子者が登場するので、何回も彼を観たような気がしてしまう。

厄介者、飲んだくれ、役立たず、無一文のいいとこなしの男が、出産や手術などの大きな仕事をこなし、主人公を勇気付ける大事な役割を演じるというのがパターン化している。しかし、無一文で、どうして馬車に乗れたのだ?

撮影の技術が、当時としては非常に進んでいたと思える。

銃撃されて馬もろとも倒れるインディアンが次々と出てくるが、この映像は今でも迫力がある。本当に倒れているからだ。おそらくガードを服の下に隠してはいるだろうが、首を痛めなかっただろうか?

インディアンが馬車の先頭の馬に乗っているところで銃撃され、馬や馬車の下敷きになるシーンがあったが、当時としては危なくてとても撮影できそうにないシーンだったらしい。

今ならCGを使って完全に合成したり、馬車を横広く作ってカメラを真横に持ってきて撮影し、さも下敷きになったかのように見せる技術があると思うが、この時代はまだ技術が確立していなかったはずなので、よく撮影したものだ。

残念ながら、手で何かに捉まりながら徐々に馬車のほうに移動しているのがわかる。完全に手を離して、さも下敷きになったかのように演技しながらスタントするだけの余裕はなかったようだ。

カメラワークは入念に計算した様子。平原を馬車が走っているが、カメラが横を向くと、そこにはインディアン達が今から襲撃しようと構えている!といった観客を驚かせる自然な演出ができていた。

ジョン・ウェインが登場する時は、まず銃声がする。なんだ?襲撃か?カメラが寄っていくと、そこに男が立ってショットガンをグルリと回すカッコ付けをしている。あれが噂に聞いていた脱獄犯だ!といった、演出効果バツグンのやり方。

最高にタフなキャラクターが登場して、この後たくさんの西部劇に出演したわけだが、動作がのろくて、すぐ撃ち殺されそうな印象も受ける。当時32歳のわりには、腹も出かかっている。

 

 

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