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2008年9月18日

チャイナタウン(1974)

Photo - 中庸が肝心 -

ジャック・ニコルソンが開いている探偵事務所に、ある日女性が訪れてくる。夫の浮気を調査してほしいとの依頼に応じることになる。

ところが調査の内容は新聞に暴露され、ニコルソンはマークされてしまう。そして、さらに奇怪なことに、問題の夫の本当の妻と名乗る女性が現れる。つまり、どうゆうこと?

事件の真相を探るニコルソンだが、問題の夫が殺され、殺し屋には脅迫され、警察からはしつこく付きまとわれ、やっかいな状態に陥る。鍵となっている妻、妻の父親、夫が関係していた水道関係の施設、近くの農場など、探索するたびにニコルソンには危険が伴う。

真相らしきものが次第に明らかになっていくが、妻の暗い過去、利権をめぐる野望などが絡んで、最後には不幸な結末が待っていた。

素晴らしく雰囲気のある作品だった。小道具や建物などの検証も念が入っていたのか、クラシックカーも画面に自然に収まって、古い時代を実に自然に映し出していた。子供には絶対に良くない映画だが、恋人となら見ることもできる。映画のデキが良いという意味ではオススメ。恋をメインに扱ってはいない。

ジャック・ニコルソンがハードボイルドタッチだが、やや下品な探偵役を演じていたが、独特の毒のある表情が、腕のいいスキのない人間を演出するのに役立っていた。

ちょっとしたヒントで推理をこしらえていく人物はスピーディーな展開には便利だが、ほとんどの作品では、「こいつ、こんなに頭が働くのか?」という違和感につながる。ニコルソンなら、こんなふうに推理できそうな気がした。主役がニヤけた二枚目である必要はないのである。

そんなら私も主役をやれるかというと、毒はあるけど腑抜けた3枚目にしかならないので、観客が怒って物を投げるような事態になる。ただ毒があれば良いというわけでもないのが難しいところである。

当時の演技派女優の代表だったフェイ・ダナウェイが、これまた素晴らしい存在感を示していた。隠しごとをしていることと、その内容の辛さが目に出ていた。その目を見た私達は、「こいつが犯人かいな?」という疑いを向けてしまう。そして後半では、主人公のニコルソンも彼女を犯人だと確信する。しかし意外な展開が待っていた・・・。我々も完全に騙されていた。

美人というより個性的で、退廃的な悪女の雰囲気が漂う。彼女の目が、この映画の全体の妖しげな雰囲気作りに役立っていたようだ。「ネットワーク」におけるような中心的立場よりも、この作品や「俺達に明日はない」のような、中心人物に影響を及ぼす人物のほうで存在感を出せるタイプのような気がする。

メリル・ストリープなどの他の演技派女優は、ほとんどが中心になって何かをやる役で存在感が出る。この違いは、フェイ・ダナウェの表情が運命に引きずられる悲劇~現状に対するあきらめから来る退廃を連想させるからだろう。ベティ・デイビスとフェイ・ダナウェイは、目でものが言える。

映画の舞台のロスアンジェルスは、急発展をとげた街なので、実際にも地上げの元祖のようなことが行われたらしい。作品の中では農園の給水を止めたりして農民の追い出しをしていたが、おそらく金と銃にものを言わせて同様のことをやっていたんだろう。

もともとは砂漠のような土地柄らしいが、鉄道が引かれたことで東部に野菜や果物を出荷することが可能になると、果樹園などが展開されて「エデンの東」のような映画で扱われたように農園が広がる。

ところが、石油~飛行機や娯楽産業などが隆盛になると、今度は農民が邪魔になってくる。さらに自動車産業の発達のためには鉄道が邪魔になる、というふうに企業の都合でダイナミックに街が変遷していく。その度に、暗躍するヤツラがいる。この作品では、そのほんの一部と、それに伴う悲劇を描いていた。

日本でも同様のことは戦後には多かった。急発展した都市が多かったし、農業から工業、さらにサービス業などへと、めまぐるしく産業の中心が移るのだから、街の周辺の土地の様相も、畑→工場→スーパー→ショッピングセンターなどへと変化していった。その度に、人と物と金が動いた。マンション用の地上げもひどかったが、私の友人の一人も、その方面でしばらく景気が良かったようだ。

金に目がくらむといけないとは解っているんだろうけど、金のケタが違うと、そんな自制心も吹き飛んでしまう。

映画の場合は、良心的な水道局部長が犠牲になっていた。だけど、なかなか真犯人が解らない。探偵の推理は鋭いのだが、簡単に犯人像がつかめない。謎を探る探偵にも身の危険がせまってくる、そんな展開がシビれるほどの緊迫感を維持しながら続くのである。いや~、よくできていた。

無理に音楽や効果音を使って緊迫感を出そうとしすぎない所も良かったのかも知れない。テレビのサスペンス劇場は、演出過剰なので失敗している。なにごとも中庸が肝心だ。私も大儲けを狙わない。資産もないけど。

ポランスキー監督の実力を知った。

 

 

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