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2008年9月24日

アラバマ物語(1962)

- 視点が良かった -

アラバマ物語の作者は、カポーティーの友人として映画「カポーティー」でも登場しているネル女史であることを、あの映画を観て初めて知った。彼女の父が、この映画の主人公の弁護士のモデルということか?

この作品は、何度も衛星映画劇場などで放映されている。よっぽどの人気作品なんだろう。独特の雰囲気がある。全体にゆっくりと話が進行し、ギラギラした訴えかけ方はされていない。あんまり淡々としているので、退屈する人も多いんじゃないかと思えるくらいである。

語り部が子供であることも、この作風と関係しているのかも知れない。子供の説明は回りくどくて時間がかかるが、ちょうどあんな感じに何となくほほえましくなるような、ゆったりとした映画であった。

原題の、「To kill a ~」は、おそらく「~鳥を殺すことは・・」という意味であって、「~を殺すために」ではないはず。弱者である鳥を殺すことは銃を持っていれば簡単だが、だからといって安易にやって良いということではない。「~することは良くない、~することは賢明ではない。」という文章が後に続くニュアンスであろう。

原題にある「まねしつぐみ」「ものまね鳥」とは、どんなイメージを持たれる鳥なのか知らない。映画の流れから想像するに、他の鳥を真似てうるさく鳴くけれど実害はなく、なんとなく真似ばっかりして頭の悪い価値の低い生き物という感覚なか?それなら、「殺さないで」という少女の訴えも解る。

害鳥~または狙った獲物を撃ったたつもりで、撃ち落した獲物を見てみたら、声真似した無害無益な鳥だったということがないようにしろという意味だけかも知れない。つまり正義を貫こうと狙って、かえって無実の人を迫害してはならないというテーマになる。それなら、より話に合致する。

黒人や精神薄弱者を法律で裁こうとすると、ほとんど屁理屈に近いような理由で有罪判決が出される。少なくとも当時はそうだったらしい。この映画でも、哀れな黒人がそうだった。法律だからと、杓子定規な手続きを踏むことを優先すると害が出る。それなら、勇敢な行動で子供を救った精神薄弱者の殺人には目をつぶるべきではないか?そんな話の流れであった。

ただし、それををどんなふうに訴えるかが難しい。

そのままセリフで迫力つけて話すと、なぜか反感を買うのが現実である。さらに言えば、アメリカではマネシツグミも、他の鳥も人間も含めて簡単に殺すような怖ろしい人物が少なくない。そんなヤツラの中で、殺さないで!と言っても、ものも言わずに撃たれるくらいが関の山である。

子供の視点で話を語ることで、そんな直接表現をかわす効果もあった。主人公の弁護士が声高々と正義を訴える感動的なストーリーだったら、きっと「ケッ、ヒーローぶりやがって。」と、反感を買うだけだったが、この作品は子供が語ったために名作になってしまった。

子供の頃、近所に精神薄弱者がいた。中には性質の悪いいたずらをする子もいたが、自分は4~5歳年下で体力的に敵わないので、興味半分、恐怖半分で付き合っていた。お菓子やジュースを分け合ったり、冗談を言って笑わせたりして、相手が喜んでくれると誇らしいような気持ちになった。

誰の影響か知らないが、社会的弱者への接し方を指導されていたのだろう。今考えると、たまたま危害を加えてくるような相手でなくてよかったと思うが・・・。もしも小さな子に性犯罪でもやるような男だったら、今の私は迫害してしまいそうである。

この作品のロバート・デュバルが演じた精神薄弱者は、実にリアルであった。変に声を出さず、暗闇の中からこちらを眺めている生活の仕方などが、子供から見た視点で「そう言えば、知らない家をのぞくときは、あんな感じだったよな~」と、懐かしく思えた。

グレゴリー・ペックの演技は、あんまり必要もなかった。セリフを棒読みしていたとしても、それが人柄として感じられる。

それにしても作品中の黒人青年は、気の毒な結果であった。

裁判のやり取りを見れば、青年の言っていることが真実であることは明白だが、もし陪審員が全員一致で無罪などと言おうものなら、町の人々に殺されかねない。それくらいなら、いっそ黒人の青年に死んでもらおうという思惑が働いたのかも知れない。陪審員制度も考えれば考えるほど怖い。

黒人青年にとってはひどく不幸な話だったが、最後に子供が救われたこと、親子で互いの健全な精神を実感できたことなどで、ラストは救いがあった。

家族で見れる作品だと思う。でも、思い入れたっぷりに前宣伝してから、さらに時々解説をしてやりながら親子いっしょに観る時間がないと、子供達はきっと退屈する。恋人と見るのは、たぶん悪くはないと思うが、相手にもよる。

間違って何かを殺しても、「あら、やっちまったい。まあ、間違いだからいいか。」と、気にならないような相手だったら、作品の意図が伝わることは期待できない。

 

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