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2008年6月22日

パッション(2004)

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- よく作ったもんだ  -

大変な意欲作だと思う。宗教がらみの映画は、批判を覚悟しないといけないのはもちろん、時には作った人の生命に危機が及ぶことも考えられる。よほどの覚悟がないと作れない。

キリストを描いた映画はたくさんあったが、リアルさを追求した点では、この作品が一番ではなかったかと思う。言語まで再現したらしい。でも担いだ十字架は大きすぎて、元気な人でも運べないくらいだった。多少の演出はあったと思う。

刑罰はむごたらしく表現されていた。そういえば「ブレイブハート」のラストも、残酷だったが、監督には何かトラウマがあるのかと疑いたくなる。

欧米の人は、キリスト教に強く影響されているので、何かというと‘原罪’の意識が顔を出し、いわばトラウマになっていることを感じる。そのトラウマを最もリアルに映像化したと言えるのかも知れない。

イエスを拷問するのはローマ軍の下層兵士か、もしくは現地採用の補助軍だろうが、笑いながら残酷な刑罰を施していた。「何であんなひどいことをしたんだ?」と聞かれれば、「犯罪者には、これくらいのことは当然、自分達の職務をはたそうとしただけ。」と答えるだろう。

キリストの人間像は、まず悩むことから始まっていた。聖書に書かれているような完全な聖人ではなく、自分が耐えなければならない苦悩を予測して、身を震わせて苦しんでいたようだった。こんなに人間的に描いてよかったのだろうか?教会から何の非難もなかったのだろうか?

キリストに死刑の判決を下したローマ軍の判事~領事の描き方も、随分と好意的だった。実際は、多くの犯罪者の中の一人くらいにしか考えてなくて、自分が後世でどのような見方をされるかなど考えも及ばなかったのではないかと想像するが、本当にやむをえずユダヤ教会の要求に従ったように描かれていた。

当時のローマ軍は支配者であるから、ユダヤ教会関係者が何を言おうと、助けようと思えば助けられた可能性もある。支配の仕方がどれくらい絶対的だったかが解らないが、少なくともエルサレム追放くらいで過ごせたのではないかとは思う。

おそらく実際もイエスの言っていることが理解できないで、「こんな狂人は面倒だから、どうでもいいや。殺しても害にはなるまい。ユダヤ教会に暴動を起こされるよりはマシ。」と、考えたのではないか?

ユダヤ教会の描き方はひどかった。格式ばった、どの顔も似たような顔の人物達が、陰険かつ残酷な手段でキリストを迫害していた。Photo_3

確か、監督のメル・ギブソンは、その後ユダヤ差別発現で問題になったことがあった。否定していたが、根底にそのような考えがあるのかも知れない。

ユダヤ関係者が多い映画界で、よくこんな作品を作れたものである。

当時のユダヤは、まだヴェスパシアヌス皇帝の攻撃前で、自治や宗教に関しては自由に近い状況だったと思える。ユダヤ教は独特なので、キリスト教のような異教が広まってもらうと自分達のアイデンティティーを失い、死活問題に関わると感じるのだろう。

自分達の宗教に熱心であるほど他の宗教を敵視する傾向は、どの宗教団体にもある。純粋な人ほどそうだろう。イスラム原理主義者も、おそらくそうだろう。かっての日本軍も宗教めいた信念を持っていた点では同じかも知れない。

過激派は大人数を殺すけれど、彼らの頭の中では正しい教義に従って生きる自分達を拒否されれば、許しがたい敵対行為と感じるのだろう。したがって、イエスを殺した人達は頑迷だったとは言えるが、ただちに悪人だとは言えない。

笑いながらイエスを鞭打った兵隊達は、野蛮で無知であったが、自分達のしていることの意味が解らなかっただけである。だからといって許せる行為ではないが、今日の兵隊や過激派はどうだろうか?

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