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2008年6月26日

ヘアスプレー(2006)

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- ベスト・キャスティング -

傑作ミュージカルだと思う。観客を楽しませるという本来の意味では完璧か。

ミュージカルはなぜ登場人物が急に歌いだすの?おかしいよ、という人が多い。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でも、ミュージカル好きの主人公が2~3回そう言っていた。でも、この作品のように楽しいと、自然に歌いたくなっても変じゃないとさえ思えてくる。

基調となるテーマは深刻だった。アメリカにおける根強い人種差別である。それを、実に健全な方向で訴えていた。暗い面には蓋をかぶせて、あっさりと前向きに考えて、行動を起こせ!という姿勢を貫いていた。

映画は、基本的にこうあるべきだと思う。真面目に問題提起する作品や、悲しみに打ちひしがれる姿から強く訴える作品もあってよいが、そればっかりだと気が滅入る。解決を目差す姿勢は間違ってはいない。打ちひしがれた人を勇気付けるのも、映画の力のひとつだと思う。

ただし、こんな安易な方向ばかりでも困る。そんなに簡単に物事が解決するなら苦労しない。実際に行動すると、すぐ命がかかってくるほど深刻で、根強い反目がある。それはそれで、映画は映画と割り切るべきなんだろう。作品として、この映画は高いレベルでまとめていた。

キャスティングが良かった。

主人公の女の子がかわいらしかった。表情がいかにも健全で、役柄とバッチリ合っていた。ダンスは迫力満点とは言い難かったが、ちゃんと見れる程度に踊れていた。あまりにはまり役すぎて、今後どんな映画に出演するのか想像できない。

トラボルタの母親役も非常に目立っていた。体がバカでかいこともあったが、表情も実に良かった。本当の女性が演じてもよかったかもしれないが、彼ほどネームバリューがあって大柄のダンスが得意な女優は、そういない。ダンスが上手い女優はたくさんいるだろうが、ダンスで目立つべき役ではなかった。適役だった。

でも、あの顔はひどかった。見るだけで笑えた。

主人公の友人の女の子役は、ちょっと中途半端な印象だった。歌はとても上手そうで、おバカな役でかわいらしかったが、ダンスで目立つわけではなく、歌のシーンも少なかった。ストーリーとしては、彼女が危機に陥って、それを助けてくれた黒人と恋に落ちて、主人公がそれを応援するうちに、黒人の人権運動に加担するというほうが、流れとして自然だった気がする。

主人公が憧れる学生タレント役は、「ハイスクール・ミュージカル」で主演している彼だったが、いかにもあの時代のアイドルっぽい雰囲気を出して、上手かった。ハイスクール・・でのキャラクターと微妙に演じ分けているところなんか、完全に本格的なタレントだと思う。向こうのジャニーズに所属しているに違いない。

思えば、アイドル達も随分変ってしまった。

私の頃は、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎、アグネスチャン、天地真理などが全盛だった。郷ひろみはりりしく、西城秀樹はほんとにカッコよかった。今のジャニーズの若手も、イメージはそんなに変っていないが、SMAPなどはタイプの異なるアイドルなんだろう。必ずしもカッコよいというより、個性的であることで売っている感じがする。

アメリカのアイドルも、随分と変っている。アイドルという言い方が通用しないタレントが多い。ラップ系のミュージシャンは、アイドルというイメージではない。もっとワルの、ストリート・ギャングの仲間みたいな雰囲気のヤツが多い。ブリットニー・スピアーズのようなのは、少数派のように見える。

悪役のミッシェル・ファイファーは、この作品で最も大事な役どころだったと思うが、こちらも上手く演じていた。ダンスや歌が上手くはないようだったが、周りの演出でごまかしていた印象。雰囲気を出せていたから、適役だったのだろう。

よく解らないが、あちらのセクシー女優には左右の眼の間隔が離れている人がいる。日本人の感覚だと、ちょっと人間離れしたギャグっぽい顔つきになるが、あちらの人とは違うらしい。

ミュージカルだからといって、皆が素晴らしい踊り手、歌い手である必要はない。ジェームズ・キャグニーの昔から、少々調子外れの歌がかえって好感を得ることが知られている。無骨な歌い方のクリストファー・ウォーケンが、この作品で結構はまって見えたのも、その効果によるものだろう。

黒人たちの踊りは見事だった。特に女性3人組のグループの踊りは、デスティニーズ・チャイルド以上の完成度だったと思う。対して、劇中劇の形で番組の冒頭で踊られるショーのダンスは、今となっては笑えるような懐かしい踊りだった。だが、これが非常に上手いのだ。X-MENの彼が、まさかと思うようなニヤけた司会者を演じていたが、上手かった。

この映画全体を通じて、そのようなタレントをうまく集め、全体の流れの中で適切に配分できる鮮やかな手腕を感じる。プロデュース能力は、映画作りに限らず、センスの良さがあるから可能だと思うが、本当にセンスの良い仕事だった。

昔は本当にブラック・デイなるものがあったのだろうか?それこそ差別的で、許しがたいと感じる人がいなかったのか?ミスコンテストの場面で、白人と黒人のフロアがロープで分けられていたが、なんと屈辱的なことか!

学会などで白人の学者に質問すると嫌な顔をされることがあるが、彼らの感覚がよく解らない。単にこちらの英語力が不足して失礼な言い方をしているのか、若造なんぞ相手にしないと偉い先生が思ったのか、本当の人種差別か、表情だけでは判別できない。

質問のタイミングに注意しないといけない。話題をそらすことができないような場面で話しかけないと、あっさり顔をそむけられる。やはり、それが現実である。

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