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2008年5月25日

スピーシーズ(1995)

Photo_2 - 看板持って帰る? -

この作品は、テレビで1~2回観たことがある。冒頭で、少女が殺されそうになる可哀そうなシーンが印象的だった。もう懐かしいくらい古い作品になってしまったが、出来は悪くないと今でも思う。でも、子供には見せたくない。

少女が変身する際に、マユに入り込むが、あのマユは絶対にヒワイだった。この映画はポルノ映画としても成立する。マユから大人になった女が出てくるシーンは非常に気味悪いがセクシーだった。

似たようなポルノ映画を観た記憶がある。巨大なプッシーに男達が次々襲われる、実にくだらない作品だった。

B級映画で、ゲテモノ趣味でもある。CGの映像も、今となっては技術的に古く、幼稚な感じがする。最後に出てくるバケモノの本性も、マンガチック過ぎて、「エイリアン」ほどの恐怖を生んでいないのでは?

今この映画が作られるなら、ヘビの親戚のようなバケモノが頻繁に登場して、人間を切り刻むシーンが繰り返されるだろう。バケモノの動きも、実に自然に表現できるに違いない。きっとヒットすると思う。この作品も続編が作られていたから、人気があったに違いない。

基本的な理由は、男はセックス中の女性が怖いことにあるのである。「もしも彼女が突然変身して、クモのメスみたいに自分を食ったらどうする?」「もしも満足させられなかったら、怒って包丁でも持ち出すんじゃないか?」などと、若干の恐怖を覚えているのである。これが深層心理となって、常にバケモノとのセックスをイメージせざるをえない。これが、この映画のヒットにつながる要素である。

主演のナターシャ・ヘンストリッジの美しさが光っていたが、もっと大柄で冷たそうな感じのするモデルを選んでも良かったような気がする。そうすれば、恐怖感が強まったのではないか?

演技なんて必要ないので、大柄でボディに迫力がありさえすれば良かった。

そういえば、モデルクラスの女性は、非人間的な冷たい印象のする人が多い。フランスのレストランで給仕に来た女性が、あまりに目鼻立ちがはっきりしすぎていたので、「魔女みたい。」と、みんなで小声で話したことがあった。美しさと怖さは紙一重である。

ベン・キングズレーは大仰な演技だった。必要に応じて超A級の静かな名優と、騒ぐB級役者を演じ分けられるのは、本当に実力があるからだろう。簡単にやられてしまって、可哀そうだった。もっと、最後の言葉くらいは話させて、見せ場を作ってあげると良かったのに。

黒人の預言者役のフォレスト・ウイッテカーは、確かに雰囲気は出ていた。しかし、いかんせんB級の演出のために、便利な進行係のように怪物のもとに皆を連れて行くだけの役割に甘んじていたような気もする。

続編が2~3本作られたので、きっと一作目の評価は高かったはずである。思い出すと、その頃ビデオや屋さんにヘビみたいなバケモノと美女が半々になった看板が出ていた。もし等身大のナターシャ・ヘンストリッジだけのポスターがあれば持って帰りたいと思った記憶がある。

さらに思い出せば、先輩の誰かが酔っ払ったあげく、コカコーラの看板の金髪美女(ミニスカートに赤い服を着て、カモン!コークと書かれていた)の等身大ポスターを持って帰ったことがあった。あの女の子は、確かに持って帰りたいくらい可愛かった。あの看板、今どうしてるだろうか?

 

 

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