映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« トータル・リコール(1990) | トップページ | イージー・ライダー(1969) »

2008年4月16日

トゥモロー・ワールド(2006)

- 主人公も殺しを  -

主人公を演じるクライブ・オーウェンの渋い演技は良かった。演技と言っても、表現を上手くというより、ただ呆然と戦闘シーンで逃げ回る場面のほうが多かったが、存在感があった。もとヒッピーみたいな役でマイケル・ケインも出演していたが、こちらも役割をしっかり演じきっていた。演じるユーモアも適度で、会話も素晴らしく、独特の魅力を観客に伝えていた。

映画自体は、あんまり評判にはならなかったように思う。大勢の観客に受けるような作品ではなく、いわば製作者達の自己満足で出来上がった芸術みたいな印象を受ける。客受けをねらって作品の質を落としたくなかったのかも知れない。

この作品の爆発、砲弾の飛び交うシーンの迫力は凄まじかった。いきなり時限爆弾が爆発して店が吹き飛ぶ冒頭のシーンは、どうやって撮影したのか知らないが、迫真のものだった。ツクリモノと感じるアラがほとんどなかった。主人公の元妻が銃撃されるシーンと、その後の妻のやられた表情までリアルすぎるくらいリアルだった。

近年の戦闘シーンの撮影技術は本当に凄い。画面が爆発と同時に揺れ動き、振動まで伝わってくるかのようだ。加えて、銃を撃たれて倒れる場合には、必ず服に穴が開くなどの細かい細工が施してあるので、見た目には本当に撃たれたのと区別がつかない。爆発シーンで吹き飛ぶものの計算が実にしっかりしているのだろう、スタントマンが何人いても足りないくらいの激しい爆発を繰り返しながら、しっかり主人公達がくぐり抜けることができる。プロの技の切れを感じた。

でも素晴らしい技術が、作品の盛り上がりには貢献していない。

原作が重い作品だったのだろう。映画用に、もっとハッピーなシーンを増やしたら後味は良くなったかも知れない。主人公が戦闘で活躍するならば、きっと観客のハラハラ度は上がるはずだが、この映画では逃げるだけなので主人公に感情移入しにくい。ちょっとでも戦闘行為をさせるべきだった。それくらい映画用に変えることは構わないと思う。

そう、主人公も敵を何人か派手に殺すべきだった。

できれば、ゲリラの一人を宿敵にして、徹底的に戦うべきだった。逃げていてはダメだ。主人公が泣きべそをかくほどに心を入れて戦っていれば、もっと心を打つ強い印象もうけたろう。

もし映画の設定のように子供が将来生まれない世界になったら、人類は逆に大人しくなるんじゃないかと思う。

侵略戦争は、単純に子供の作りすぎで食料不足になった種族が略奪に走ることから発生したのが多かったと考える。子供が腹をすかせるのを見て、人の物をぶん取りたくなる衝動が戦闘のエネルギーになる。この衝動の前では、人類愛もモラルも吹っ飛んでしまう。子供がいなければ、よほどひどいめにあわない限り、命を賭けてまで殺し合いをしたいとまでは思わない。人類はおとなしくなる。

もちろん移民の問題は別で、子供が生まれる生まれないに関係なく戦闘に走るグループもいるかも知れないが、基本的に子供の将来を心配しなくてよくなれば、まあとりあえず今生きていられればいいかな?と考える人も増えるのではないか?

その点で、この映画はおかしいかも。

現時点では、ほとんどの国では出産の制限のほうが大事である。日本では出産が不足しているが、特殊な事情による。したがって、子供ができない世界という設定自体が共感を得にくい点はあったかも知れない。

せっかくの素晴らしい技術で作った作品が、そのような理由もあってか大ヒットにはなっていない。タイトルも欲のないさえないものだった。むしろ原題のままのほうが良かったのでは?

 

« トータル・リコール(1990) | トップページ | イージー・ライダー(1969) »