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2008年3月 5日

ママの遺したラブソング(2004)

Photo - キャスティングに驚く -

トラボルタが白髪の老け役で驚かせてくれた。

スカーレット・ヨハンソンは母親と死に別れた女の子(高校生?)を演じていたが、彼女はWASP~スカンジナビア系の風貌をしているし、この役は下層階級の女の子役に近いので、どうも役柄にあわない感じがする。

ヨハンソンは美しい顔をしているが、表情は微妙なところまで表現できて巧いし、実に魅力的。しかし今回の役柄としてはテレビドラマの安っぽいアイドルがやるような役に近かったので、不良っぽいティーンエージャーから選んだほうがしっくりきたかもしれないと感じた。

舞台がニューオーリンズで、ジャズやカントリー音楽が満載、文芸作品の一節がふんだんに使われている、さらに疎外感を持った少女や落ちぶれた中年が幸せをつかむ展開など、受ける要素がたくさんあって、名作になる可能性があったと思う。実際、印象はとても良かった。佳作と言って良いと思う。

トラボルタの存在感はバツグンだった。ニヒルな殺人者の役から、気持ち悪い母親役までこなすことができるのは、目に愛嬌があるからだろう。愛嬌がない悪役は、本当に嫌われてしまう。人なつこい馬面があったからこそ、いまも生き残れたのだろう。

前半では登場人物がお互いの関係を知らなくて、謎めいた関係のまま過ごし、やがて徐々に理解しあう展開であった。前半の謎めいた雰囲気はなかなか良かった。

でも作品としては、展開に若干の難があったと思う。

この種の映画はたくさんあるので、際立つ魅力がないと目立たない。なぜニューオーリンズにいなければならなかったかが、観客に納得できないといけない。もしかして、ハリケーンの後の支援のために映画を誘致したのか?そういえば、他にもニューオーリンズを舞台にした作品が多くなったような気がするが。

多分、 原作ではニューオーリンズにトラボルタが留まった理由が解るように書かれているのだろう。死んだ母親に魅力があったからだろうし、彼女が引きとめたからではないかとも思えるが、引き止めるだけの魅力があったことを、会話だけでなく雰囲気で解るほどに示して欲しかった。悲しいほどに魅力的だったことが伝われば、それが作品の魅力に直結すると思う。

したがって、母親に対してトラボルタが恩知らずな、不謹慎な態度をとったこと、それを母親は怒らなかったこと、そして後になってトラボルタが後悔する話にすると、わかり易いストーリーになったのではないかと感じる。安易なメロドラマになってしまうが・・。

無理解~誤解が後年になって解る話は、美しい話になる可能性がある。トラボルタが全てを知った時に泣いてくれることを期待したい。

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