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2008年3月15日

ボルベール(2006)

- 殺人も生活の一部  -

「幽霊」の母親がひょっこり帰ってくる面白い話だった。

「いつかきっと全てを話すから信じて。」という言葉がカギになっていた。家族がそれぞれに秘密を抱えて、それでも自分や皆の幸せを願って打ち明けられない姿が、面白ろおかしく、そして美しく描かれていた。途中から話の筋が解ってきたが、最初は殺人が大きなテーマになっていて、実は家族全員、友人も含めて全てが殺人者のブラックコメディなのかと思った。

各々の登場人物は感情にまかせた行動をとってしまうが、幸せを願い、互いに面倒をみることを当然の義務として考えていた。利己的な生き方ではなく、殺人さえも家族愛の中では霞むほどの、強いきずなを表現できていた。かっての日本の農村でもありそうな家族の間の人間関係であったが、殺人を隠す話がからむとドギツイ話になってくる。そこが面白い。

家族を犯罪者としてみると話がサツバツとしてくるが、この作品のように肯定的に描くと、殺人さえ生活の一部のように思えてくる。

ペネロペの姉も何か別な秘密を隠していたのかも知れない(例えば夫を殺していたり)が、作品の中では解らなかった。姉の表情は良かった。何か口に出せないで要領を得ない応対をする様子が良く伝わった。

ペネロペ・クルスは出演者の中では頭ひとつ背が高くてモデル体型をしていて、はっきり言って浮いていた。歌は下手くそではなかったが、この作品の場合は、できれば感動させるほどの上手さがあったほうが良かったのでは?せめて、音響効果を最大限に利用して、雰囲気を上げるべきではなかったかと思う。本当は、もっと生活臭あふれる太り気味の女優のほうが良かったのでは?歌手でも良かったかも。

近所の奥さん達が集まって、世間話をしながら長い時間を過ごすことに、私は不快感を感じる。よくそんな暇があるね、と感じてしまう。

ちょっと話に耳をそばだててみると、私にはどうでも良い実にくだらない内容が多い。内容を検討すると、思いこみや誤解に満ち満ちている。科学的な発想では考えていない。昔の井戸端会議とレベル的に同じじゃないかと想像される。詳細に検討すれば、正しい話は3割もないような気がするが、彼女らはそれでちゃんと頭の整理がついてるらしい。

ご婦人とは、実に特異な認知機構、分析機能を有する生物である。

自分の場合は、もう長いこと’次の数秒間に何をするか’’いかに休息の時間を確保するか’を考え続けながら生きている。そんな日常業務に適応するために、落ち着きというものが欠けてしまった気がする。座って茶でもすすりながらなんて、そんな生活の仕方に耐えられない。自分のほうが異常なのか?

この映画は、女だけのシーンがほとんどであった。男は種付けが終了すれば用なしよ、とでも言いたげな、そんな作品であった。確かにそうかもしれない。

もし生殖医療が発達したら、きっとレズの人達はまっ先に自分達だけで子供を作るだろう。しかし、男性のゲイのカップルは簡単にはいかない。女性のほうが、この方面では圧倒的に優位である。

女は、その認知機能の特殊性ゆえに、殺人さえ正当化して生き残り、井戸端会議で政策を決定しながら、繁殖していくに違いない。男は、たまの恋愛エピソードが済んだら、後は畠で仕事を続けて画面に登場してはいけない存在に過ぎないとすら思えてくる。

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