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2008年3月 7日

ホリデイ(2006)

- 出し惜しみ?  -

この作品は失礼ながら、意外に面白い作品だった。特に女性の場合は、非常に楽しめるのではないかと想像した。

その理由は、主に主演のケイト・ウインスレットの魅力に負うところが大きいのかも知れないが、失恋した~もしくは恋人を思うように独占できない状況を、悲劇的でありながら喜劇的に上手く表現していたからだと思う。

完全な悲劇だったら、何となく続けて観るのが嫌になってしまうし、完全な喜劇だと「バカにしやがって」という嫌悪感みたいな感情も出てくるが、ふられた女性に同情するかのような視点で描かれると、なんとなく我々も人物に同情してしまう。作った人達は、このあたりのセンスがよかったようだ。

ウインスレットだが、今思えば彼女は「タイタニック」でもヒットの必須条件ではなかったかと思う。ディカプリオの代役はいるような気がするが、彼女の代役はいないと思う。こう考えるのは私だけだろうか?清純さ~激しさ~芯の強さを併せ持つヒロインは、例えばグゥイネス・パルトロウやペネロペ・クルスにも近いかもしれないが、今のハリウッドにも多くないと思う。

グゥイネス・パルトロウの場合は、「恋におちたシェークスピア」のような役はいいが、途中で怒りをぶちまけるようなシーンでは迫力が足りない。愛情を激しく表現するのはいいのだが、怒りのような激情に任せるのを理性や品位が許さないような気品があるのだ。グレース・ケリーに近い。

ウインスレットの場合は、どこか考えが足りないお馬鹿さん的なキャラクターを演じる能力がある。考えが足りないので、結構ひどい状況になってしまうのだが、そんな時に怒りながら自分の悲運や間違いを嘆き、どこかヤケクソに近い怒り方をするのを我々は納得できる。 冒険ものに合うキーラ・ナイトレイよりも現実路線に近い、よく実際にいそうなタイプの女性を演じるのが上手いのである。この現実感が、ヒットの条件になると考える。

いわば、女性の観客のための、「悲運もあるが、ある程度は失敗すべくして失敗する悲喜劇ヒロイン」ではないかと思う。必ずしもスタイルが良くないことは、女性客をひきつけることに有効であるし、表情が解りやすい美しい顔は、しかし美しすぎて敬遠されるほどではない。さらに、動作に優雅さが欠けるので、夢物語のヒロインのように浮いてしまわない。完璧なヒットメイカーのような気がする。

同じく主演のキャメロン・ディアスは、いつもは一人主演だが、なぜか今回は半分脇役に近い状態で納まっている。不思議である。よく降板しなかったものだ。演技自体はいつもより自然で、魅力的だった。しかし、なぜかラブシーンではきっちり胸を隠していた。普通ベッドインしたらブラジャーくらいは外すだろうが! 出し惜しみかい? 絶対に不自然だった。ブランショットが真の主役であることに気がついて、ストライキしたのか、もしくは今後の自分のキャリアのために胸を見せない方が利口だと知っていたからなのか?

何かの写真誌で彼女の若い頃のトップレスの写真を見たことがあるが、小ぶりで形の良い、美しいオッパイだった。でも、映画で観客に見せるのは、やはりある程度大きくないといけないと感じたのかもしれない。過去の写真と、現状の違いを指摘されることを恐れたのかも知れない。今後の作品で露出されたときに真相が明らかになるのではないかと分析する。(分析すんな)

もしコンプレックスを持っていて外さなかったとしたら、セリフで「あたし、胸が小さいのが嫌なの。」みたいなセリフでも言って、最後まで外さない「鉄のブラジャー」を笑えるのだが・・。

そういえば思いだしたが、同級生が女の子に声をかけたと聞いて、「その後どうなってる?うまくいってるの?」と聞いたら、「あの女は鉄のパンティをしている。」と答えたので笑ったことがあった。でも、その鉄のパンティの持ち主は、同級生よりずっと立派な方と結婚して、ちゃんと子供も生まれたので、おそらく普通のパンティに着替えたのであったろう。結局のところ、女性のパンティは相手次第であったということを理解するに至った。

ついでに、またまた思い出したが、かって勤務していた病院で当直していたら、同僚の看護婦が腹痛を訴えて来院してきたことがあった。診察して、いつもどおり対処したが、その後しばらくして「私、あの時ババアみたいな胸まであるパンティをしていることに診察の時に気がついて、必死で腹を出さないように押さえたけど、先生にあっさり手をどけられて、陰毛が見えるくらいお腹を出されたので恥ずかしかった。」と話してもらったことがある。「私ごときを相手に勝負パンツを履いても仕方ないから気にしないで、ついでに陰毛はちゃんと見たよ。」と、答えてあげた。

ジュード・ロウは、ちょっとカッコよすぎだった。本当のプレイボーイの設定でも面白かったが、やはり女性ファンが対象の作品なので、娘達を愛する真面目なところにしておく必要があったのだろう。妻とは当然ながら死別でなければならない、間違っても女遊びで離婚なんぞしていたら話が複雑になってしまう。

そのあたりの設定、キャスティングなどが上手くかみ合って、いい雰囲気になれる作品だった。残念ながら子供には向かないので、家族では観れないと思う。最高なのは男を混ぜない女友達だけで観る場合だろう。男ばかりで観ると普通はギャグでしかないが、結構面白いかも知れない。女心を勉強する教材になりそうな気がする。

 

 

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