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2008年2月10日

レナードの朝(1990)

- 医療倫理と思いやり  -

神経難病の患者に対して新しい治療を導入した時の、患者と医療人の間の心の交流を中心に描いた作品。秀作だと思う。

原題は「目覚め」というようなタイトルだが、無反応の状態から目覚めることの他に、回復した後に感じる心の目覚め~葛藤なども描いている様子。

ロバート・デニーロを始めとして、登場する患者役の演技は素晴らしいもので、実際の患者さんを真似るだけでなく、心の葛藤などをちゃんと表現していました。おそるべき役者魂。

病気の中でも、特に神経難病は悲惨な病気の代表のイメージがある。ALS、筋ジストロフィーなどを担当することがあっても、手の打ちようのない患者さんが多くて、こちらまで不幸せな気持ちになるほど。もし家族がこのようになったら、自分はどんな気持ちになるだろうと考えてしまう。

もし自分がこのような病気になったら?

たとえ一時的であっても、意志の疎通ができるような状態に一回もどして欲しいと願うだろうか?それとも、再びもとに戻ってしまうならば、いっそのこと現状維持をして欲しいか? よく解らない。

「薬の治験」のあり方について考えてみる。

この映画における薬の導入は、いとも簡単にされていたような印象を持つ。実際には人体実験をするわけだから、倫理委員会を開いて危険性と見込みをバランスにかけ、もし悪影響が疑われた場合の手順などをきっちり決めてから行われるのが普通。いかに優れた医師であっても、思いつきで薬を開始するのは危ない。

この映画の頃は、まだ手順が固定化されていなかったのかも知れないが、医師の単独の裁量で量を増やしたりした場面があった。結果的には悪くなかったものの、医師の判断力には限界があるから、やはり事前のプロトコールから勝手に外れるようなことはいけないと思う。

この映画の医師の行動は、現在では犯罪といってよい。おかげで新しい治療法の糸口がつかめたのは確かだが・・。

L-ドーパという薬は現在も使われているが、少なくとも初期には単独ではなく、効果を維持させるために他の薬と合剤の形で使われることがほとんどのはず。私は自分でこの薬を新規に処方したことはない。やはり専門ではないので、思いつきで投与開始する前に専門家に相談すべきと考える。

この映画の医師は、もちろん一定の研修の経験はあるようだが、ほとんどの期間を基礎の動物実験で費やしていた。つまり専門と言えるほどの臨床経験がなかったわけである。いかに自信があろうと、もしかして患者さんに予想もできない害がある可能性がある行為に踏み切るのは、勇気というべきか思慮が足りないと言うべきか?

反応があったから良かったと言えるが、もし予想もできない大きな害があったら・・・。医療事故として報道されることのほとんどは、実は患者を思いやって起こることが多いと思う。「待ち時間が長くて可哀そうだから、この手続きを省略して・・」などと考えるのが一番危ない。

杓子定規の融通の利かない冷徹な担当者のほうが、安全なことがほとんど。おそらく、映画で悪者になってた医者のほうが、かかる場合は安全ではあるだろう。

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