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2007年11月25日

喝采(1954)

- 喫煙マナーの改善を -

有名な作品ですが、ずっと観そこなっていました。DVDを借りて観てみたら、出来の良さに驚きました。真面目な映画人達が、丹精込めて作ったような良質なものを感じました。ラストシーンが象徴しているかも知れません。遠景で撮影された街角に、顔は見えないけど観客には誰か解る二人の影が寄り添うというシーンでしたが、奇をてらわず、かといって雰囲気を悪くしないように気を配ったことがよく解りました。

途中で様々な喫煙のシーンがありました。もしかしてタバコの会社がスポンサーだったのかも知れません。吸殻を道端にポイッと捨ててました。当時は当たり前だったのでしょうか?今なら公共精神のないバカモノであることを表わす仕草ですが・・。

グレース・ケリーがアカデミー賞を取った作品だそうですが、私にはビング・クロスビーのほうが賞にふさわしいような気がしました。なんといっても、アル中の惨めな姿を観客の前にさらして、しかも彼のいつものような朗らかさとは正反対のキャラクターを演じているわけですから、彼こそアカデミーものの演技だったと思います。ちょっとアップが多すぎてオーバーだったかも知れませんが、演技自体も真にせまるものだったと思います。

オリジナルのタイトルは「田舎の娘」という味気ないものでしたが、日本の映画会社の誰かが「喝采」に変えたようです。このタイトルも良い雰囲気につながりました。

グレイス・ケリーは後半に美しく演出されますが、最初は眼鏡をはめて意識的にダサい姿を見せていました。ラストのドレス姿が目立つように演出したに違いありません。眼鏡が必要だったのかは解りませんが、衣装の変化は適切でした。

アル中や、うつ病の表現の仕方が、非常に優れていたと思います。かってのアメリカでは、主人公のような病的な男には、ウイリアム・ホールデンがセリフで言っていたような健全な精神論の’自己の努力で対処を促す’という姿勢が主流でした。できないやつは、ダメなヤツなんだからガッツを出せという感じです。日本でもそうだったと思います。当時の考え方が正確に表現されていたようです。

今は、もう少し治療法が進歩していますから、手順を追って頭を整理してもらうことができます。また、薬物で急場を乗り越えることも大事です。とりあえず自殺をしないでさえもらえれば、多くの場合は回復するので、ガッツ出せよの精神論で済ませてはいけません。この映画では献身的な愛情の必要性も評価されていました。

息子の死のような強烈なことには、普通の神経なら参ってしまうはずです。私の知人でも二人ほど、参ってしまった人がいます。私も、そうなったら耐えられるか解りません。これは時代に関係ない強力な病原でしょう。憂鬱状態になると、おそらくは脳の中の分泌物質が変化します。車で言えばギア比(モード)が変ってしまうような感じでしょうか?神経の作動の仕方が変りますから、ガッツを出せと言われても、車が2速で高速道路に出るようなおかしなことになります。

この映画の主人公が危機を乗り越える場面は、DVD版を観る限りはサラッとしか描かれていませんでした。ベッドに入った主人公が、外で自分を降板させようとするプロデューサーと味方の演出家の口論を聞いて目を見開くだけでした。実際に乗り越えるためには、この程度のことでは回復しません。

病的な状態の人には、献身的な家族の愛情は望まれます。回復に向かう前に一定の安定期間が必要で、そのためには愛情がないと耐え切れないからです。自殺されたら、治療もへったくれもありません。ただ、愛情だけでは治療にならないようです。脳のギアを変えるのは、多くの場合は、なんらかの成功です。

例えば観客の拍手、試験の成績、自分を認める誰かの言葉、客観的な評価などが脳のモードを変えます。愛情による安定、そしてタイミングを見計らってのモード設定が、回復の王道だろうと思います。励ましのタイミングが問題です。早すぎると、モードが違うまま高速道路に出てみようとします。駐車場でハンドル操作から復習して、次は一本道、そして交差点などと、段階をおって運転に成功させなければなりません。

必死の主人公が涙を流して演技し、それが観客の拍手を得て、主人公の回復につながるというのが感動を生む展開でしたが、それでは話がクサくなると考えて避けていたのかも知れません。ビング・クロスビーが目立ちすぎて、グレース・ケリーのアカデミー賞が危うくなります。もしくは、DVD用の編集の段階で省略されたのかも知れません。

とにかく、この作品の場合は回復が簡単すぎた感じはしました。

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