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2007年10月13日

博士の愛した数式(2005)

Photo_45 - X+Y=LOVE ♪ って歌もあったな  -

これはよくできた作品でした。大ヒットを狙うような企画ではありませんが、感動作に仕上がっていたと思います。格調が高いので、映画祭で賞を取るにはもってこいの作品でした。不倫話が少しでてきましたが、生々しくないので家族で見るのにも問題ないと思います。

交通事故で記憶障害を持つようになった数学者と、彼の世話をする家政婦、その家政婦の子供が中心の物語でした。数学者は相当な変人で、何でも数学で理解してしまい、子供にはルートというあだ名を付けてしまいます。数学の細かな説明は、この少年がやがて数学教師になって授業で説明するという展開の仕方で細かく解説してくれましたので、我々にも無理なく理解できました。

数学の持つ魅力、障害者への思いやり、友情、数学者と姉との過去のいきさつなどが話の要素になっていたと思います。通常は、数学の魅力を扱おうなんて、いかにも映画向きでないような気がしますが、よく表現できたものです。原作を作る時に、どのようにアイディアがつながったのか不思議に思います。数学者の友人と合作したのでしょうか?

私にとって、数学は受験のための科目にすぎず、稀に原理や定理の説明を聞いた時に先人の頭のよさに感心することがあるくらいのものでした。美しさを求める境地には到達しないままでしたが、垣間見れたような気はします。純粋に数学を極めている人達には、どのような感覚で数学が見えているのか解りませんが、想像するに一種の芸術なのでしょう。美しさが感じられるかどうかが大事なのだと思います。

もう一つの要素である記憶障害についてですが、私はこの博士のように80分間しか記憶がもたない患者さんを見たことはありません。一過性健忘の患者さんの多くは、記憶の持ち時間は数分間でした。

人間の記憶は、パソコンでいうと編集途中の画像イメージが、メモリとマイピクチャの中間で編集して保存する作業を繰り返している状態に近いと思います。したがって、イメージできる情報は一つの絵や文章のようなものに限られ、80分間話すほどの内容は情報処理容量を超えているような気がします。

頭を打ってから自分が救急車で運ばれて来たことが理解できない患者さんを診察したことがありますが、「私は、どうしてここにいるのですか?」「頭を打って意識を失ったから病院に連れてこられたのですよ。」「ふーん、そうですか、ところで私はどうしてここにいるのですか?」「だから、あなたは頭を打って・・・」と、延々繰り返されて閉口したことがあります。

こんな質問を30分間も繰り返されて、そのうち私も腹が立ってきて、「・・で、私はどうしてここにいるんですか・」「あなたはウルトラマンで、怪獣に負けて変身が解けて運ばれたんですよ。」と言いましたら、敵もさるもの、「あはは、面白いですね。・・ところで私は何でここにいるんですか?」と、ドリフのギャグみたいに返されました。

パソコンの画像処理を考えると、ちょうどコピーしてから処理と保存をクリックしそこねたような状態でしょうか。傷害される脳の場所が限られている場合や、極めて性能の良い神経回路なら80分間の話の流れごとメモリに保てるかもしれませんが、普通は数分単位で同じ質問を繰り返すします。こんな人と長く話をしているとイライラして耐え切れなくなります。

必要な知識も消してしまって、「あれ?確かマイピクチャに入れといたはずなのに、CDに落としたかな? ゴミ箱に入れてないよね~?」などと、日々無駄な探索をしている私の場合は、やはり記憶障害か? そう言えば、転んで頭をうったことが何度かありましたが、後遺症か?

ともかく、この作品の中の寺尾聰は、本当におかしくなったのかと思えるほどにうまく演じていました。今までの彼の役では、侍やイージス艦の軍人の役などはちょっと無理を感じましたが、今回ははまり役でした。お父さんと同じように、若い頃から認知症の老人役が似合いそうな変な役者です。

 

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