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2007年10月30日

トーク・トゥ・ハー(2002)

- 最近スペイン映画っていいですね  -

監督 ペドロ・アルモドバル

この作品、考えてしまいました。2つの愛が話の中心になっていましたが、いずれも女性が意識を失ったまま長期間寝たきりになり、男達はそれぞれのやり方で彼女らに接します。一人は介護士として付きっ切りに近い形で触れ合い話しかけますが、もう一人は手を触れることもできなくなります。この差が結果として出たようなストーリーでした。

介護士の男が患者に寄せる思いは、愛なんでしょうか?ちょっといびつではありますが、やはり深い愛のありようだと思います。ただし、彼女に意識がありませんので当然ながら拒否することができない一方的な愛ですから、一線を越えれば犯罪ではあります。やはり拒否できない相手に求めてはいけないと思います。いかに女性から拒否されることが多かった私でさえ、そう思います。

この作品は、家族で観るのには問題があるかも知れません。子供にはよくないでしょう。独身の男性、特に恋人がいない人が一人で観るのも問題です。「よし、オイラも介護の仕事に就こうっと。」なんぞと良からぬ妄想につかれては困ります。恋人といっしょに観るなら、これは真剣に語り合う価値のある作品かも知れません。

この映画の結果が示すように、奇跡のような回復をもたらすのは科学を超えた思い入れ、熱意であると私も信じます。かって女性を愛した物書きが、入院してからは触れるのも怖くなってしまったと話しますが、このカップルには奇跡は起きませんでした。常に話しかけ、触れてもらった女だけが回復しました。肌で触れ合い、手をさすることは心に訴えます。そのような介護法がちゃんとあります。

病院にはベッドの脇で、何年間も家族の世話をしながら生活している人がたくさんいます。昔は特に入院制限がなかったので、看護婦の仕事の代わりを家族がやっているようなケースが多々ありました。常に話しかけ、手をさすり、関節の曲げ伸ばしなどを熱心にやられていましたが、やはり家族のほうが患者の異常に気がつくのが随分早かったので、私としては助かりました。役人に言わせると、それは本来看護士がすべき仕事だそうで、追い出すように指導されますが、看護士の手が足りないように設定しておいて、無茶な話だと思います。

医療費抑制のための入院日数の制限は、やりすぎると人道に反します。医療費が不足したら、役人の人数や無駄な予算を減らすのが先です。あ~ら、話がずれてしまったようです。

いくつか疑問があります。

物書きが女性で、闘牛士が男性ではいけなかったのでしょうか?私には解りませんでしたが、もしかして介護士は本当にホモであることを匂わせていたのでしょうか? 単に二人の女性の運命の比較をしたかったのでしょうか?もしくはTalk to her のタイトルに合わせるためには女性がそろって意識をなくさないといけなかったのでしょうか?

闘牛士が怪我する場面は、彼女が覚悟を決めて自殺したかのような表現ともとれましたが、話の流れからすると主題から外れておかしいので、たぶん私の考えすぎのはずです。彼女が物書きの心が自分だけに向いているのではないことを覚って自殺したなら、もうちょっと表現方法を変えた方がいいと思います。

また、通常寝たきりの患者は関節が拘縮しますし、筋肉が落ちて映画のような色っぽい体型を保つことはできませんが、そうなった患者をイメージすると、性行為の印象も変ってきます。愛というより、完全に倒錯した世界になります。どんなに熱心に介護したとしても、彼女は美しすぎました。

途中に挿入されるダンスや歌のシーンは良かったです。最初の舞踏のようなのは芸術的すぎて理解できませんでしたが、その他は雰囲気を盛り上げていたと思います。しかし、スペイン人はあんなのを日頃から見ているのでしょうか? 私はあれで感動したり大笑いしたりはできないので、金を払って見ようとは思いませんが。

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