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2007年9月18日

死刑台のエレベーター(1957)

Photo_44 - 携帯電話が必要  -

物語は、ジャンヌ モロー演じる社長婦人と、その愛人との電話からスタートします。彼らは示しあわせて社長を殺し、立ち去ろうとしますが、運悪く愛人がエレベーターに閉じ込められてしまいます。その間、さらに運が悪いことに車を盗まれてしまい、おまけに盗んだ犯人が殺人事件を起こしたために、愛人君は指名手配されてしまいます。本当に運の悪い人達でした。

私が若い頃に読んだ映画評で、この映画は絶賛されていました。どの批評家も、斬新さと高い芸術性を評価していました。また音楽についても傑作との評価でした。もともとマイルス デイビスの曲は即興的で神経質な感じですが、いらいらしたジャンヌ モローの感情表現によく合っていました。

いつか見ようと思っていましたが、私が観れる映画は子供向きの作品が中心になりますので、ドラエモンやジブリ作品の合い間にしかチャンスがなくて、昨日やっと観ることができました。第一印象は、テレビのサスペンスドラマみたいだということです。おそらく、日本のドラマが、この映画に強い影響を受けているためだろうと思います。

登場人物がイライラしながら歩く場面や、緊迫感を持ってドライブする場面では、マイルス デイビスの音楽を流さないといけないように、もう約束事になっているのだろうと思います。演出も同様で、犯人がイライラしながら考える場面では、この映画のような表情をとらないと何をやっているのか観客に解らないほどになっています。アップの場面のカメラの位置まで決められているかのように、皆いっしょです。

その関係で、この映画をみると、安っぽいテレビドラマを見ているかのような感覚になります。手本のほうが逆に二番煎じとして見えてしまうようです。

ジャンヌ モローが警察に引っ張られても毅然としていたのが気になりました。私のような小心者は、犯罪をしていなくても警察官を見ると、「俺は淫行も浮気もしてないよな?」と自問自答してソワソワします。多少なりとも彼女を緊張させて、手が震えるくらいの演出をしても良かったのではないかと思いました。あちらのご婦人は、我々と違って殺人、強盗は普通のことなのかも知れません。やはり、ガリア民族は違います。

今、もしこの作品をリメイクするとしたら、どう作るべきでしょうか?携帯電話が普及しているので、エレベーターに閉じ込められて連絡が取れないというのは、少々無理な設定になりますし、エレベーターの管理基準がありますから、簡単に電源をいじることはできないかも知れません。性能も違うので、最寄の階で自動停止するかも知れません。冒頭の公衆電話での話も、電話ボックスの存在さえ知らない世代が出てくるかも知れません。話の設定を変えざるを得ないようです。

社長夫人のジャンヌ モローが夜の街を徘徊していたら、それだけで警察に不審に思われますが、例えば新宿あたりの繁華街なら全く不自然ではありません。人の数が多すぎて、社長婦人がいても気にしていられませんから、警察に引っ張られることはないでしょう。場所を変えるべきでした。ジャンヌ モローにアドバイスしておきましょう。

今度は犯行計画も念入りにするべきです。多少時間がかかっても階段を使うべきです。これは地球温暖化対策の側面もあります(何言ってんだ?)。シンドラー社のエレベーター問題がなかったとしても、基本的にエレベーターは犯罪には使いにくいかもしれません。路上駐車はしないことも大事です。交通法規に従うというより、万が一レッカー移動でもされたら、話がややこしくなるからです。カギつきのロープは工夫して簡単に外せるようにしないといけません。

BGMを今ならどうするかというのも問題ですが、ラップ調の曲で合うのかどうか私には解りません。やはりジャズでしょうか?そう言えば、「コラテラル」にもマイルス デイビスが使われていたような気がします。未だにこの映画の呪縛から逃れられないのか?

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