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2007年9月20日

ジョンQ(2002)

- 制度と良心の狭間で   -

この映画は医師会でも評判になり、上映会が催されました。日本の医療保険制度が崩壊したら、このような社会になるぞという警鐘を鳴らしているような映画です。

ジョンQの息子が、ある日突然倒れてしまい、心臓移植しか治療法がないと言われますが、加入している医療保険では移植は認められません。自費で治療しようにも費用が高すぎて無理です。ジョンQは決心して病院に立てこもり、人質を取って息子の移植手術を要求します。もちろん彼は自殺覚悟です。

ジョンQの行動に対して、皆の理解が早すぎる印象がありました。日本のメディアなら、「病院に男が立てこもり、人質を取っている模様です。」「人質の忍耐は限界だと思います。」「理由が何であれ、暴力行為は容認すべきではない。」という論調が先に来るのではないでしょうか。おそらくジョンQに誰も強力してくれなくて、悲しくなった彼が自殺して終わりでしょう。

日本では問題提起はしても、秩序を優先する傾向があります。秩序を乱した人には非協力的です。それは良い事だと思います。ただ、「これはおかしい、改革しよう。」と誰かが言っても、協調性を優先して問題を先送りし、対応が後手に回る傾向になりがちです。いっぽうで雰囲気に流されて、政府が改革しようと言うと盲目的に支持してしまう傾向もあるようです。

保険が補償する内容の確認は一般の人には無理です。書類をもらっても、独特の表現で、しかも細かい字で読みにくいように書いてあります。誰も読まないでしょう。したがって、保険料を払っているつもりでも気がつけば補償されないということになります。日本でも入院保険でのトラブルがよく報道されていますが、民間の保険会社は営利企業ですから、当然まずいことはあまり説明しないでしょう。説明の書類こそ法律で規制して、単純明快にすべきではないでしょうか。

確かに経済的な面を無視しては保険制度は成り立ちません。財政が苦しくなれば、給付内容を制限しないと破綻します。私は国民健康保険料を月5万以上払っており、べらぼうに高いと思うのですが、それでも財政が厳しいらしく、年々医療機関への審査内容が厳しくなって、理不尽な判定も多くなりました。

もし移植を保険でやることを簡単に認めると、病院は常に評価を上げるために手術を増やそうとしていますから、財政はさらに厳しくなるでしょう。そうすると別な何かを制限しないといけません。極端な話、例えば盲腸手術は1日しか入院を認めないというような無茶な判定をされる可能性もあります。補償内容の設定は、理想論だけでは他にしわ寄せが来る場合があります。

現在、社会保障制度も改革されていますが、官僚と保険屋が構成する諮問会議が方針を決めるようでは、ジョンQみたいな境遇も他人事ではなくなるかも知れません。でも、国民の多くは自分の生活に手一杯で、税金を減らすこと、医療費を節約することが最善だと言われると、結果がどうなるかは予測できないまま支持するようです。

さて、どのような社会的状況の中でも、患者さんの利益をめざさないと医療人としては失格です。映画では、様々な医者が登場します。心臓外科医は人質になってからは協力してくれます。でも、最初は申し出を断ります。普通は、このように対応するでしょう。ルールを無視して患者の要求に全て答えていたら、アメリカでは契約を解除されるはずです。日本でも、辞職などの圧力が加わるはずです。

管理者の女性は非常に冷酷なイメージでした。最後に協力することにはなりますが、これも管理責任を全うするなら当然の態度だったと思います。ただし、冷酷な対応をしている最中に、ちょっと人間的な顔を見せてほしかったと思います。「お気の毒です。」という態度は必要でした。

若い救急外来の医者は日本の医者にもよくいるタイプでしたし、小児科のドクターは自分で走り回って事態を改善しようと注意を怠りません。保険制度や病院の組織運営上の不備を、このような医者や看護士の献身で補っているのが現状だと思います。でも、このような人は過労で燃え尽きてしまいがちです。

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