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2007年5月23日

世界の中心で、愛をさけぶ

Photo_26 - 提供はSONYでした -

美しい愛の物語でした。セカチューという言い方で話題になった頃、私はテレビも映画も見れませんでしたが、ビデオも旧作になって安く借りれるようになりましたので観ました。確かに感動ものの作品でしたが、もっと涙ウルウルの恋愛小説がたくさんあったような気もします。単なる純愛以外の要素が読者をひきつけたに違いありません。もしかすると、ウォークマンやカセットテープなどの小道具かも知れません。最近は流行の移り変わりが早いので、テープ式のウォークマンは古代の製品みたいに懐かしい品物になって、若者の涙腺を刺激するようですから。

家族とも恋人とも見てよい作品だと思います。たまにはCGのない映画もいいです。昔、吉永小百合や山口百恵が主演していた純愛映画を私は非常に好きでした。ヒゲ面をした青年が涙をいっぱいためて見ていたので母は気味悪がっていましたが、やはり純愛には憧れます。

自分の恋愛は、今思えば完全な打算と、あきらめ、ヤケクソのようなものでした。純愛に憧れても、相手に適当なのがいなければ成立しないのが残念です。この意見については、男女を問わず多くの人の賛同を得ています。どうして、長澤まさみみたいな女の子が身の回りにいなかったのでせうか? いや、いたのに何故わたしには見向きもしてくれなかったのでせうか?

主人公のサクと、高校の同級生長澤が淡い恋に落ちます。ところが長澤は病魔に侵され、闘病生活を強いられます。憧れのオーストラリア旅行に旅立とうと画策しましたが、途中で具合が悪くなって行けずじまいでした。彼女が亡くなって10数年が経ち、主人公はある女性と婚約しますが、この女性が小さい頃から預かっていたテープを聞いてみると、不思議なめぐり合わせが明らかになります。

この作品は、原作とは筋書きが違うそうです。主人公の婚約者が主演として登場しますが、これは映画用の人物だそうで、おそらく何らかの意図があって登場させたのでしょうが、私には意味合いがよく解りませんでした。構成の面では少々無理があったかもしれませんが、人間関係が複雑な話で感動するメロドラマ好きの主婦にとっては効果的だったでしょう。しかし、売れた小説の筋を変えるのは勇気がいることです。怒るファンもいたのではないでしょうか。

私が製作者なら、オーソドックスに最初は主人公のずっこけと、長澤のかわいさを際立たせ、前半で笑えるシーンを多くして、いかに楽しかったか、いかに長澤が明るく、かわいかったを際立たせ、後半のドラマで悲しさを強調することをねらうと思います。安易な作り方ですが、変に複雑にして原作を大きく変える勇気はありません。

サクの若い頃を演じた森山未來は、非常に個性的な顔をしています。テレビドラマや車のコマーシャルでも印象的でしたが、好きなタレントです。ただし、この作品に合っていたかどうか分りません。もしかすると、テレビ版の俳優の方が女性達の受けは良かったかも知れません。森山は個性的すぎます。長澤が彼に興味を抱くのは、唐突すぎる感じはしました。何かの出会いのエピソードが抜けていたようです。

いっぽうの長澤は、山口百恵よりずっと演技力があり、とにかくかわいらしくてスタイルもいい女優ですが、健康的すぎて役にはピンと来ない印象もありました。カメラの距離は意図的に離してあったのかもしれませんが、彼女はめったにいない魅力的な子ですから、アップの場面を増やして観客に印象付けてもいいような気がしました。せっかくの色気を出し足りなかったようです。アップで森山を見つめるシーン、キスをせまるような生命力あふれるシーンを多用しておくと、後半の哀れさが強調されたと思います。

若い患者さんが急死すると、実に悲惨です。特に妊婦さんが血液疾患にかかった時、事故にあった時は、心臓マッサージをすると体のあちこちから血が吹き出て、とても家族には見せられない状態です。生への期待にあふれていた人がいっぺんに死人に変るので、不幸が際立つからでしょう。対照的な変化はドラマをきわだたせます。お年寄りの命が軽いわけではありませんが、悲惨さが違います。

この作品は魅力にあふれています。私の高校時代となんと違うことか。私の場合は、高校~大学時代は完全に人生に失望していましたので、女性のほうも寄って来ようがありませんでした。中学時代だったら、美しい純愛物語ができたかも知れませんが、幼すぎて片思いで終わってしまいました。高校時代に甘い思い出を持っている方も多いと思います。もし、相手が急死したりしたら、その後の人生はフヌケのようになってしまうかも知れません。

試験勉強中に恋人が目の前で急死した医学生がいましたが、たまたま私が病院当直をしていて相談を受けたことがあります。その後の学生の様子が気になりましたが、精神的に強い人だったようで、ちゃんとドクターになっていたようです。もし私だったら、何も手につかない状態になっていたかも知れません。心の傷は、なかなか癒されるものではありませんから。

満たされなかった青春を少しでもなぐさめたいと思っている私と同じように、純愛映画市場には固定客がいます。この物語は、あまりに美しく不幸なので同情して悲しめます。その悲しみがマゾヒスティックな満足感を人に与えるのかも知れません。

昼メロが好きなオバサマ達の感情にも訴えかけるものがあるのでしょうが、セカチューはオバサマ達にはどのように認識されるのでしょうか? もしかすると、「フン、森山みたいな男には私は惚れないわ。長澤は男を見る目がないのね~。」という感想を持たれるかも知れません。見た目も大事です。

それはそうと、「世界の中心で」の後に点が付く意味は何でしょうか? わざわざ点を入れた意味が分りません。国語の基本的な決まりごとを知らないので、区切らずにYahooで検索してしまって、表示されないので困りました。

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