映画評

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2018年11月12日

犬ヶ島(2018)

Isle_of_dogs

- Fox -                    


近未来の日本のある都市。犬の病気を理由に、犬たちは犬ヶ島に追放されていた。そこに少年が乗りこみ、愛犬を探す・・・DVDで鑑賞。         


和太鼓の演奏で映画が始まり、ラストでも再び演奏のシーンになる。監督の趣向でああなったのだろう。面白い仕掛けだった。 観終わった後に思ったのは、せっかくだから歌舞伎や狂言の手法に則って、狂言師などにストーリーテラーをさせたらどうだろうかという点。 より作品の特徴が際立ち、印象を上げたのではないだろうか? 講談口調でも良い。馴染みの薄い海外の観客が理解できるような工夫は必要だろうけど・・・    


この作品はストップモーション映画だろうと思うが、画質が変わっていた。 「インクレディブル・Mr.フォックス」の時と同じ手法だろうか? CGとアニメの中間のような、味わいはあるが手抜きのようにも見える独特の背景。縫いぐるみを動かす手法。それより、むしろピクサー映画のような画風ではどうだったろうかと、少し考えた。    


どちらが良いのか分からない。この作品の画風を見た時に感じる懐かしい感覚、童話を見るような印象は、ストップモーションのテレビ番組を見ていた記憶から生まれ出るのかも知れない。幼児の頃の記憶と結びついて、嫌悪感を感じにくい特徴があるようだ。この作品でも成功していたのかも知れない。特徴がないと生き残れないから、この手法が使われたのだろうとは思うが・・・    


少年アタリの風貌は気になった。ヒーローらしくない。セリフの言い方も妙だ。棒読みのように、あえてさせていたようだったが、その効果が分からない。普通に感情を込めて話したほうが良くなかったかと思う。この作品では犬がヒーローだから、少年は気持ち悪い顔で構わないのだろうか?少年にも観客が感情移入できたらよいと思う。               


明らかに七人の侍にオマージュを捧げていた様子だった。少数の仲間で強大な敵に立ち向かう点で共通点もあった。そして舞台が日本だし、太鼓のシーンもあるので、おそらく敬意を抱いているのだろう。    敵と犬達が乱闘になった時、ホコリが舞い立って詳細が見えなくなるシーンがあったが、あれは日本アニメの手法のままだ。ちゃんとした映画で観るのは珍しい。特に最近のCGでは詳細に描くことが重要だから、ホコリで誤魔化すことをしない。あのシーンは、かえって斬新に写った。昭和の時代の手法で、久しぶりに見た気がする。赤塚不二夫のアニメではよくあった。  

2018年11月 7日

ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(2017)

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- Forcus Features,Universal - 

 

ナチスドイツとの戦いが劣勢の中、新しく首相に選ばれたチャーチルは、たちまち孤立無援の状況に陥る・・・DVDで鑑賞。話が非常に上手くまとまっていた。   


この作品ではメーキャップの方が賞を取ったらしい。主演のゲイリー・オールドマンはチャーチルとは全く似ていなかったので、メイクの腕の見せどころだったろう。結局、チャーチルのような愛嬌のあるマシュマロマン型の目は再現できなかったので、キャスティングの時点で無理があったと思うが、そのハンデを演技力とメイクでカバーした力作だと思う。主演男優賞を取ったのもうなずける。


彼の秘書をリリー・ジェームス嬢が演じていて、こちらも良い味を出していた。際立つ美人としての役割ではなく、普通の英国人としての大事な存在だったようだが、好感を持てた。控えめな演技、演出が成功していたようだ。  


この作品での悪役はヒトラーではなく、政敵のハリファックス卿だった。陰湿な謀をめぐらし、次の首相の座を狙う個性は、悪役としては最高だ。でも想像する本物のハリファックス卿は、おそらくソ連を最大の敵と考えており、そのためにドイツとは敵対しないほうが良いという基本方針で行動していたのではないかと思う。貴族生まれの議員の場合、その方向で考えるのが普通だろう。  


詳しくはないし、調べたわけでもなく、また調べようもないのだが、彼がただ怖気づいた人間とは思えない。基本理念が異なるソ連とは交渉すら難しいと考えたとしても不思議ではないし、間違ってもいなかったと思う。ただ、当時の英国民の多くがナチスを嫌悪し、ソ連よりも先にドイツを倒すべきと考えていた場合は、その方向の政策を取らないと失脚してしまう。その流れになったのだろう。 


ユダヤ人を敵視するナチスに対しては、報道機関が敵意を煽るはずだ。よって世論は反ナチスの路線になりやすいだろう。ナチスの理屈は通りにくい。しかし、たとえばインドに対する政策では、チャーチルこそが徹底的な抑圧支配を主張していたというが、ハリファックス卿は硬軟織り交ぜた対応をしていたらしいので、戦後の経過をみると、ハリファックスのほうに先見性があったのかもしれない。   


彼は経験上、どのように撤退し、最大限の権益を守るかに徹した現実派の政治家で、勢いで徹底抗戦を貫いたチャーチルこそ、非現実的かつ、長期的な展望を誤った政治家だったのかも知れない。ドイツが上手く立ち回り、ユダヤ人や英国への野心を隠して行動していたら、チャーチルに出番はなかっただろう。さらにもしもの話だが、米国が参戦することに失敗していたら、ドイツはもっと長く欧州を支配していたと思う。ソ連軍も攻めることは難しくなったろう。   


結局、支配の維持は難しいので、時間が経てばソ連軍がドイツと敵対することになり、東欧や、下手すると、ドイツ本国やフランス領までソ連になっていたかも知れない。その勢いが明らかになった時点で、米国は確実に参戦してくる。日本はそう読んで、形成が分からない間は忍耐することが最善だったのではと考える。もし本当に中国を占領したら、確実に世界中から袋叩きに遭う。支配者がドイツだろうとソ連だろうと、その点に関して例外はない。米英、独露とも、協調してくるはずだ。手を引くしか選択肢はなかったはず・・・・  


徹底抗戦しきれなかった国がどうなるかは、作中でチャーチルも述べていたが、かなり彼の言葉通りになったようだ。

2018年11月 2日

ゲティ家の身代金(2017)

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- Tristar -                             


富豪ポール・ゲッティの孫が誘拐された。犯人達は巨額の身代金を要求するが、ゲッティは支払いを拒否する。困窮した母親は、賭けに出る・・・DVDで鑑賞。ストーリーは実話に基づいているという。 


富豪を演じていたのはクリストファー・プラマー。息の長い俳優で、悪役もよくやっている。適役だった。でも、この役は当初はケヴィン・スペイシーが演じるはずだったらしい。確かにスペイシーなら、憎たらしいが魅力もある悪役を演じてくれそうな気はする。     


母親役のミシェル・ウイリアムスは主演なのに、残念ながら悪役のプラマーが目立つ作品なので、非常に印象に残るとは感じなかった。作品の性質上、仕方ないことだ。でも、好演だったと思う。ラストで立場が変わってタフな剛腕ぶりでも見せると、もっと面白くなったかもしれないが・・・。  


この作品の中心は、当然ながら富豪のゲッティ氏になる。彼が身代金を渋ったことで、話として非常に面白くなった。誘拐された当人の孫は、結局はちゃんと育たずに自殺に近い死に方であったそうだから、祖父ゲッティ氏の判断は間違っていなかった可能性もある。もし孫氏が生き方を変えて、財閥を仕切るほどの人物になれていたら、祖父は永遠に糾弾される運命だったはずだが、少なくとも仕事をこなすようにはならなかったらしい。            


この事件を見ると、誘拐事件というのは本当に考え方が難しいと、あらためて思う。孫のひとりに身代金を払ったら、他の孫たちが危険な立場になるというのは正論ではある。ただし、だから誘拐された孫に金を払わず、そのまま殺させて良いとは言えない。孫の命は救うべきである。  


いっぽうで肝心の孫氏がちゃんとした生活をしておらず、一族のお荷物に近い存在で、誘拐されたのも自業自得と言える状況だったら、どう考えるべきか? 特に自分で狂言誘拐の話をするくらいの人物に、多額の金を費やして良いものか? その支払いによって、他の孫たちを危険にさらしてよいのか? その点は簡単には答えられない。  


また、祖父が身代金に困るような金銭的状態でない点も、まず考えないといけない。はした金に近い金のことで、けちる意味はほとんどないはずだ。金に対する考え方が、一般人とは全く違うようだが、それが褒められたものだったのか、おおいに疑問に感じた。だから劇場主は金持ちになれないのだろう。    


選択肢がいろいろあった中で、ゲッティ家の面々がとった道は、どう評価してよいのか分からないが、興味をそそる話であったことは間違いない。  







2018年10月28日

天災から日本史を読み直す(2014)

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- 礒田道史著、中公新書 -                              

 

天災が日本の歴史に及ぼした影響を、文献を基に考察した書籍。古文書研究者から、最近は人気著作家と言えるようになった礒田氏の本。初版が2014年か2015年か、はっきりしなかった。    


内容は様々であったが、①津波の被害が、どの時期にどの程度あったかの推察、②豊臣政権に地震が与えた影響、③佐賀藩など、特定の地域の変化が中心だった。     


火山の噴火や津波、地震は、日本では繰り返し起こるので、様々な影響があったことは分かる。でも具体的なところが曖昧で、「影響あっただろうね・・。」程度の認識しかなかった。豊臣政権の時代の地震については、過去に読んだ歴史書にはあまり書かれておらず、その影響も全く知らなかったが、この本を読むと、あながち礒田氏の思い込みだけではなく、徳川との間の抗争に大きな影響を与えていたかもしれないと感じた。もしかすると氏が言うように、地震さえなければ徳川は滅んでいたのかも知れない。             


関東大震災は記録が残っているし、まだ時代的にも近いので、その影響もかなり知っていた。たとえば経済的な影響が、やがて軍部の力が増す方向に働いたといった見方をした文章を読んだことがある。経済ばかりではなく、地震がもたらす社会不安は、人の心を不安にするばかりじゃなく、議会や行政への不満をたまらせ、軍に信頼を寄せる大きな要因になりうると思う。      


熊本地震の後、食糧が一時的に手に入りにくくなった時期があったが、物流が進歩した今日でもああだったということは、昔ならごく当然のように餓死者が出るだろう。食料を運んでこれなければ、あるいは雨露をしのげなければ、病気にならざるを得ない。援助する機能が低かった時代は、災害に翻弄される人も多かったはずで、極端な方向に民意が動くこともあったと思う。     


今年も災害が非常に多い。大阪や北海道の地震、瀬戸内の豪雨、東北でも浸水があった。豪雨は温暖化の影響を疑う。地震が各地で続くのは、東日本震災と連動して、各地の地盤の歪みが調整されているからだろうか? そうだとすると、南海トラフ地震が起こっても不思議ではない。恐ろしい被害が出るだろう。備えができているかと言うと、まず無理だと思う。   


公共工事には妙な力関係が働くようで、非合理的な方向に引っ張られて、想定がおかしくなってしまうものと決まっているようだ。阿蘇の工事も熊本市内の白川の護岸工事も、常識を外れている部分があり、何を考えているのか理解できない。専門家達の能力の限界を感じる。歴史を調べて対処の仕方を考えるのは、責任を持つ者の義務だと思う。     


そして、まず常識的なセンスも必要だ。大海に面していて10メートルくらいの津波しか想定できない人間は、もはや専門家じゃない。結局は、専門家を選ぶ、その人事評価の仕方を間違っていたのであろう。専門家も、役場の担当者も、政治家も間違って選ばれていたら、酷い災害をより酷くしてしまうように思う。






2018年10月23日

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法(2017)

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ディズニーワールド近くで暮らす少女は、シングルマザーと暮らしながら近所の子供達とイタズラに励む日常だった。しかし、徐々に周囲の人々との軋轢が増してくる・・・・DVDで鑑賞。監督のショーン・ベイカーという人が考えた企画らしい。子供たちの自然な表情、母親役の女優のリアルさが印象に残った。 


劇場主が子供の頃は、意味のない事に勘違いして反応して大きく感情が動いたり、無駄な動作をやってしまったり、何もすることがなくてグータラ寝そべっていたりすることも多かった。大人になると、無駄な時間を徹底的に排除するクセがついてしまっている。友人と話すのも、宴会の時だけだ。階段下のスペースでだべったりは、まさか恥ずかしくてできない。    


でも、建物の隅っこでボンヤリ過ごした時間は、実に幸せな気持ちが得られたと記憶している。意味のない時間が幸せなのだ。あんな時間を過ごす姿を、この作品はよく描けている。それで作品にリアリティが増すし、観客の子供時代の記憶と相まって、共感につながる効果もあった。      


俳優たちの中で唯一といって良い有名俳優はウイレム・デフォーだった。彼が出演したことで、作品の認知度は上がったと思うが、必須の存在感を感じたとは言えない。良い役すぎなかっただろうか? 管理人にも何かの問題があって、この仕事をやらないといけないという設定のほうが、役柄に重みが増すと思う。その部分はカットされていたようだ。   


今日、米国は大変な好況らしい。こんな母子は、おそらく少しは減りつつあると思う。でも、豊かな社会にあっても、どこかにワリを食う人間はいるものだ。税制や社会保障制度の方針により、富の偏在が助長された点も考えないといけない。大企業の発展のために犠牲になった存在も、必ずいる。米国は特に格差が激しいから、底辺の人間はがそこから抜け出すのは簡単じゃないだろう。   


日本でだって、たびたび児童相談所の介入不足が問題視されている。アパートでファストフードばかり食っている子供も、きっと相当いるだろう。この作品の中で見られた食事内容は酷いものだった。あれでは肥満体の動脈硬化が出来上がるだろう。   


最近の米国の好況は、おそらく石油資源が確保された事、ベンチャービジネスが発展できる社会基盤があること、元々の国土、人口、市場の大きさなどが良い方向に働いたからだろう。日本の場合は、岩盤規制に代表される発展を阻害する仕組みが足枷となって、対処のスピードで負けてしまっている。    


劇場主は、若い頃に上司や先輩たちから方向違いの指導を受けたという感覚がある。研修を受けている当時は、自分が間違っているかもしれないので、思い切ったことはできない。理不尽さを感じつつも、あえて強硬に反論することは避けていた。だが、あの時感じた違和感は、正しいものだったと後で分かった。劇場主が問題と思ったことは、10年後、20年後には改善が図られるような問題であった。社会の認識が遅かっただけだ。    


おかしいと思ったら、あるいは新規のアイディアがあったら、それを採り上げて検証し、改善を目指す仕組みが必要で、忖度や組織の論理ばかりに捕らわれていては、発展は望めない。年長者、先輩を敬う伝統が、問題点を問題視しない意思決定につながり、忖度や贔屓など、状況の改善を阻む岩盤にもなっている。社会保障についても、曇りのない視点で考えるべきだ。

 

 

2018年10月18日

大砂塵(1954)

Johnny_guitar

- Republic Pic. - Johnny Guitar               


町外れに鉄道の駅が計画されている。それを見込んで酒場を作った女と、町の住民が激しく諍うところに、ギターを抱えた男がやってきた・・・・DVDで鑑賞。    


おそらく、この作品もツタヤの特集コーナーに並んでいなかったら、まったく気づかないままだったと思う。主題曲は有名で何度も聞いたことがあったが、作品についは知らなかった。鑑賞してみて思ったが、かなりは理解不能の作品で、凝ったストーリー、長いセリフの時間帯が気になった。名作とは言えないが、迷作と言える印象。            


優れた点も感じた。利権を狙う野心家と旧来の住人との諍いは、いつの時代にも起こりうる問題で、リアルな設定と思った。また、女同士の争いが町の人々を巻き込んで、殺し合いに発展する流れも映画的で面白かった。      


敵役を演じていたマーセデス・マッケンブリッジという女優さんは大演説をぶちかまして、まるで米国の政治家のようだった。扇動者は、似たような話し方になるものらしい。主役のスターリング・ヘイドンは、それに対してあまり魅力的に感じなかった。演技も特に上手い印象がなく、動きも遅そうで、あれでは撃ち合いでは負けると思う。           


悪役のアーネスト・ボーグナインは明らかに図抜けて素晴らしい。存在感は彼のボスよりも断然あったし、彼なりの考え方に納得ができた。素晴らしい悪役がいたので、もっと彼との対決をメインに持ってきたら良かったと思う。    


ヒロインのジョーン・クロフォードも激しい演技ではあったが、ヒーローに対しての心にしみるような強い愛情は感じなかったので、この作品を恋愛ものと考えると失敗していたはずだ。ガンファイトものとしても、それほど激しい銃撃戦がなかった関係で、魅力は今一つではないか? 何をウリにしたかと言えば、音楽や仲間割れ、裏切りや嘘でリンチが始まる社会問題など、西部劇には珍しいストーリーだろうか?     


捕まった青年に司法取引を申し出て騙すシーンがあった。相手は犯罪者だから、嘘をついて証言を得ても良いという意思決定の流れは、実際にも起こりそうだ。米国人の考え方をよく示している。人種が違えば、当然のようにやられていただろう。インディアン達や旧日本軍とのやりとりでも、おそらく同じような手法は使われたはず。  


戦後の日本企業との訴訟でも、やはり同様だったはず。訴訟にならなくても、様々な交渉において、見事な裏切り、嘘に満ちたやりとりが成されたに違いない。戦前の外務省も、戦後の政治家たちも酷い目に遭ってきたと思う。この作品では民主的な形をとった判断で、結果としてヒロインは財産と商売の手段を失い、冤罪によって生命の危機に陥った。恐ろしい話である。






2018年10月15日

鳥類学者 無謀にも交流を恐竜を語る(2018)

Photo                               

- 川上和人著、新潮社文庫 -            

 

2013年に発表されて話題になった書籍が単行本になっていたので購読した。噂にたがわぬ面白さで一気に読めてしまったが、学術的な内容もちゃんと含まれており、まったくの空想話ではない。著者のセンスの良さに感服した。       

 

川上氏は、研究所に勤める本物の鳥類学者らしい。鳥類を研究してどのような意味があるのかすら劇場主には分からないが、おそらく恐竜の研究には大きな影響が生まれそうなことは分かる。鳥類学も、おそらく遺伝子を研究する作業が今のメインではないかと思う。外見だけで分からなかった分類が、遺伝子を調べることによって明確になり、機能と遺伝子の関係も明らかにされつつあるのだろう。             

 

鳥類がどこから発生してきたのか、劇場主が図鑑を読んだ記憶では、恐竜と共通の祖先がいて、どこかで始祖鳥が生まれ、恐竜に進化した種族は絶滅し、鳥類は寒さや餌の問題を乗り越えて発展してきたように書かれていた。大人になってから、どうも恐竜の発展形が鳥類らしい、恐竜のかなりのメンバーは羽毛をまとっていたらしいなどと、少しずつ解説が違ってきた。          

 

一番上の子の頃は、全ての恐竜が丸裸だったが、3番目くらいから毛が生えたものも出て来た。そして今は鳥類≒恐竜と言えるほどになっているようだ。わずかな間に、常識が大きく変わってしまったようだ。                    

 

ヒヨコは可愛らしいので、子供の頃によく手のひらに乗せて撫でてやったりしていた。小学校の当番でしばらく鳥の世話をやっていたが、まさか恐竜の世話をしているとは思っていなかった。単純に小さい小鳥だから恐怖を感じなかっただけだろう。フクロウを間近で見た時は、さすがに指を出したら噛みつかれそうで怖く感じた。大きさが重要なのだ。             

 

阿蘇のホテルで、玄関にダチョウが飼われている所がある(ビラパークホテルだったと思う)。あれも怖かった。餌をあげているのに嘴で急にどついてくるし、その破壊力が結構凄い。あれなら、集団で人間を襲って食べることもできるかも知れない。恐竜をイメージしやすい鳥である。         

 

もしもの話だが、鳥の遺伝子を操作して、恐竜のような動物を作ることはできないだろうか? ダチョウの発展形ならできそうだ。道義的にどうという視点を無視して、純粋に技術的な点に絞って考えれば、可能は可能かもしれない。恐竜の遺伝子を一部導入することも、できるかも知れない。怖い生物が誕生するだろう。

 

 

2018年10月12日

ベイビー・ドライバー(2017 )

Baby_driver                       

- Tristar.Sony -                            


運転の技術に長けた主人公は、強盗団の計画の手助けをしている。彼を脅すギャング達が彼と彼の恋人を襲ってくるが・・・という話。DVDで鑑賞。             


マイナーな企画だと思う。主人公も知らない俳優だった。でも実に面白く、最後まで飽きずに鑑賞できた。まとまりがあって、完成度が高い作品だったからだろう。 この作品が優れていた点は、強盗団の仲間同士でいがみ合い、敵対したり共謀したりの複雑なやりとりがあることだろう。凶悪で、しかも頭も切れる犯罪者たちが互いに競争して生き残ろうとするので、犯罪自体が上手くいくかどうかだけではなく、仲間同士の戦いのほうも面白いことになっていた。 犯罪映画に仲間割れは必須だが、この作品はそれが非常に上手く展開していた。             


ジェイミー・フォックスが脇役を演じていたが、充分に存在感を示していて、おそらく彼とケヴィン・スペイシーの参加が、この作品の魅力アップにつながっていたのだろう。ただし、演技はB級映画のノリだったと思う。この作品は名優が名演をしても仕方ない。くさい芝居の方が、犯罪者たちの雰囲気が出ると思う。   


監督はエドガー・ライト。新しいヒットメイカーだ。音楽のセンス、B級映画のような雰囲気の再現が上手い。アイディアが枯渇するまでは、おそらくヒット作を連発すると思う。    


カーアクションの技術には限界があると、長いこと思っていた。ところが、カメラの位置やコマワリ、効果音やCGなどを組み合わせると、実に斬新な映像が可能であることを最近の映画は実証している。車が縦に回転するなど昔なら想像すらできなかったが、マトリックス・シリーズ以降はごく普通に見られるようになった。 ワイルド・スピード・シリーズやタクシー・シリーズも、それぞれが影響しあっているのか、素晴らしいアクションを見せている。 この作品は独特の技術で、やはり迫力のあるカーチェイスを可能にしていた。      


残念なのは、大事な役割を演じていたケヴィン・スペイシーが、セクハラ報道で失脚に近い状況になったことだ。この作品の興行には影響しなかっただろうと思うが、復活して活躍できる状況かどうかは分からない。出演しようとすると、抗議が殺到して降板せざるを得ない事態も考えられる。彼のキャリアは、もしかすると終わっているのかも知れない。

2018年10月 9日

中国と日本が分かる 最強の中国史(2018)

 

Photo                

 

- 八幡和郎著 扶桑社 -                 

 

中国の公的な発表には、強い意志が感じられる。不必要に思えるほど強硬で、勢力を拡大して行こうという意志が感じられ、反対は国内外を問わず許さないという強い姿勢だ。 発表の通りだと、周辺の国々は中国政府の意向に、ただ従わないといけなくなりそうだが、それは無茶な話だろう。   

 

もちろん、歴史的に中国は様々な外国勢力から侵略され続けてきたので、本来の権益は守られるべきと思う。しかし、中国の勢力圏をどこまでと考えるかは、かなりのグレーゾーンである関係で、非常に難しい問題になる。今の中国政府が主張する通りだと、確実に新たな紛争を惹起せざるを得ない。それは可能なら避けたい。だが、おそらく避けがたいとも思える。      

 

著者の八幡氏は、純粋な学者ではないらしいが、通産省の役人を経て、現在は大学の教授を務めているようだ。幅広い分野の著作を出しているので、中国関係だけの専門家ではないらしいが、日本史を学べば、自然と中国の歴史も研究しないといけなくなって、ついに本まで出したといった流れなのかも知れない。専門家である必要は、必ずしもないだろう。   

 

「最強の・・・」シリーズで、韓国史も書いているそうだ。議員に立候補されていたそうだが・・・どんなものだろうか?政治家が本を書いたり教授をやっても良いとは思うが、何でもやることから信用度の点で若干の疑念を感じてしまう。扶桑社の本を買うのも、ちょっと考えようかと感じている。      

 

扶桑社の本には、独特の傾向がある。「嘘だらけの日独近現代史」もそうだったが、単純明快で分かりやすい。分析は浅いかも知れないが、強く断言することで訴える力が感じられる。でも、考えを表明する時の根拠が、かなり限定的にしか説明されていないようだ。編集者の個性のためか、文章量の制限のためか、あるいは親会社のフジサンケイグループの意向の影響か分からない。  

 

もし、このような本に強く影響された人間が増えれば、独特な感性を持つ集団が出来上がる。もう既に、そんな人間が多数派なのかも知れない。その集団は、少なくとも検証を重ねて慎重に結論を導くタイプの意志決定をしないだろう。勢いのある意見を聞いた時に、それをまず信用することから思考が始まり、途中で思考過程に歪みがないか確認することをせず、ノリに任せて多数決を迫る手法をとるだろう。演説に影響されて、その気になるのと似て、勢いが大勢を決める、そんな集団が想像される。そんな集団は、巨悪に利用されやすいかも知れない。    

 

歴史の検証は非常に難しいので、ある程度の思い込みがないと何も書けないとは思うが、可能な限り根拠を示しながら、反対意見があれば、それにも敬意を払いながら自説を記載していくべきではないかと思う。そうすると話が長くなり、訴える力は損なわれるはずだが、書籍とはそういうものではないか?演説とは違う。勢いまかせの集団は、執念深く検証する奴らに、結局は駆逐されることが多いものだが・・・                          

 

相手にも敬意・・・・そんなの、もう流行んないのか? 敬意のことを気にする精神性は、戦いに勝てる時だけ気にすればよい?・・・・そうかもしれない。単純化、劇場化、勢いの良さ、それらのほうが大事にされる、そんな時代なのかもしれない。

 

 

 

2018年10月 6日

デッドプール2 (2018)

Deadpool2

- Fox -       


下品なジョークと毒舌が特徴の無責任ヒーローシリーズの第二弾。今回は未来からやってきた戦士と、炎を扱う少年をめぐっての激しいバトル、そして逮捕投獄、仲間を作って行くストーリー。 


今回も戦いのシーンは実に素晴らしかった。スローモーション映像と立体的な動きが実に上手くマッチしていて、単純な殴り合いに終始していない点で他の作品より飽きが来ない。加えて、強い敵が次々登場し、その各々が個性豊かであり、作品としての完成度が高いと感じる。 


殺し合いのシーンは実にリアルで血なまぐさい。そこも、このシリーズの特徴になっている。子供映画でもある程度は毒々しくないと、印象に残らない。昔から血のりを見せる映画は多かった。ドラキュラ映画などもそうだった。しかし、もはや制限はないに近いところまで来ている。体は真っ二つ、血もドバドバと流れ出るのが普通で、ゾンビ映画よりも無残で気持ち悪いほどの凄いシーンが連続しており、その遠慮のなさも、この作品の魅力なのだろう。 


ギャグにも遠慮、配慮があまりない。そんな無茶で品のない点がウリになっている。しかし度を越えて嫌悪感を感じる人が一定のレベルを超えないように、注意している様子は感じられる。人種ネタなどは、丁寧に避けていないだろうか?   


主人公以外に登場するキャラクターも面白い。主人公だけでは、やはり作品の魅力を維持することはできない。前作から続いて金属製の相棒が登場していたが、このキャラクターは主人公とは正反対の真面目人間であることが大事で、主人公を見事に際立たせることに成功している。いっしょになって無茶をしてしまったら、話が「あぶない刑事」風になってしまうだろうが、それも面白い気はする。

シリーズに一回くらいは、そんな作品があっても良いだろう。


この作品の制作には主演のライアン・レイノルズも関わっているそうだ。あちらの作品では、人気が確立した俳優が制作を兼ね、自分の出番を増やし、より自分中心の作品にしようとする場合がある。この作品もそうかもしれない。俳優にしてみれば、主演映画で妙な演出をされて、せっかくの大事なシリーズを短命に終わらせられたらたまらない。自分の意見を通して、自分が考えるようにシリーズを展開したいだろう。


そして、金の面でもおそらく凄い収入を得たに違いない。この作品は相当ヒットしたらしいので。そういえばフォックス映画は、映画のテーマパークを作っているのだろうか?ディズニーやユニバーサルはテ―マパークでも大稼ぎしているはずだが、フォックスでは話を聞かない。X-メンシリーズやアバターなど、ネタは豊富だと思うのだが・・・ 

 

 

 

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