映画評

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Conflict of Interest

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2019年2月13日

ロープ 戦場の生命線(2015)

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民族紛争の終息が間近のはずの東欧のある国。国際支援のため井戸を確保しようとする団体だが、住民や現地軍、国連軍による様々な妨害が待っていた・・・DVDで鑑賞。   


スペイン映画。主演のベニチオ・デル・トロは、この作品においては大活躍するわけではなく、シチュエーションが常に悪い方に向かい、思い通りにならない人物という設定だった。何もかも狙いを外れるので、そこがおかしい。そのような場合、その人物は笑いをねらう必要はなく、とことん真面目に、そして必死に行動して失敗したほうがかえって笑える。その役割を十分に演じていた。   


そんな主人公の相手役には、足を引っ張る人間、ピントがずれた人間など、仲間であっても主人公を助けるに至らず、どこか邪魔をしてしまう憎めない人間が欲しい。今回はティム・ロビンスがジョーク連発の怪人物を演じ、肉体関係があった女性や、協調性に欠ける同僚などが足を引っ張る役をはたしていたようだった。基本に忠実な設定具合と思う。    


戦場スレスレの危険地帯の話なので、緊張感は漂う。殺戮や爆破テロ、戦闘の後遺症で町が破壊された様子などもしっかり描かれている。そんな怖い状況の中で、ただ一本のロープを手にするまでに、たいへんな苦労が必要になることがおかしい。融通の利かない国連軍の行動も笑えるが、現地で実際に彼らと交渉することになったら、おそらく非常に困ったことになるだろう。皮肉を含めた笑いの対象であるとともに、怒りの対象にもなると思う。   


クリニックでも似たようなことはある。こちらは完全に善意に基づいて治療を勧めても、金や名誉が目当てだろうと言い張って、嫌な顔をされることは多い。こちらの信頼不足によるものだが、そんな患者が明らかに金目当ての通信販売業者にコロリと騙され、食い物にされてしまう。そして当方は嘘つきの能無しクリニックと、大きな声で吹聴される。そんな悲喜劇も映画化して良いのかもしれない。は?   


話のために作られたものと思うが、雨が降る降らないかによって井戸の水位が変動して良いものだろうか?日本の井戸は、通常は川の水、雨水が混じると衛生状態が保てないので、かなり深い地層まで掘られることが多い。雨が降っても、そこの水位が変わるまでには大変な時間がかかるはずだ。そんな良質の井戸が元々ない地域の話なのかも知れないが、違和感を感じた。

2019年2月 9日

カメラを止めるな!(2017)

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-EMBUゼミナール-          

 

新進監督の上田慎一郎氏が、舞台劇から着想を得て作ったゾンビ映画だそうだ。DVDで鑑賞。


30分程度のゾンビ劇と、そのメイキング編の二部構成になっている。第一部はアングラ映画のような感覚の少々間の抜けた劇だったが、第二部は通常のドラマになっており、画質も違う。ラストでは確かな達成感を感じる盛り上がりがあり、たいていの人がそれなりに満足できると思う。  


着想が全てだったかも知れない。よく出来ていた。主演は元コメディアンらしい。登場した場面では演技が激しすぎて、シーンにそぐわない印象を受ける。いかにも素人映画の出演者という感じがした。後半部では、善き父親、映像の世界の片隅で懸命に生きている業界人の雰囲気がよく演じられており、その演じ分けが素晴らしかった。 


この演じ分けについては他の俳優もそうで、いかにも下手くそな若手の主演女優、恋人役の若者が、後半部分ではクセのあるアイドルや、妙に理屈をこねる人気俳優と、まったく違う個性で演じられていて、それぞれが実在感のある演技だった。  


ただし、この作品に出て来た俳優たちは全く知らない人ばかりだった。この作品の企画自体が、低予算で舞台俳優たちを集めて実験的な作品を作ろうという、なかばNPOのような制作スタイルだったそうなので、有名俳優を連れて来ることはできなかったのだろう。  


その点が難点だと思う。本物の演技力を持つ俳優を集めたら、もっと凄いドラマになったのではないだろうか? もちろん、そうすると作品が最初から有名になって、興味を持つ観客が逆に減ったかも知れないし、素人くさい味わいも失われてしまったかも知れないので、どちらが良かったかは分からない。 この作品の成功は、かなり微妙な偶然の部分もあったかもしれない。 


少し思ったのだが、第二部を先に回し、本当の時間系列で進めたらどうなったのだろうか? テーマは少し変わってしまうかも知れない。「ラヂオの時間」のように、メイキングのドタバタを描く作品になっただろう。それではオリジナリティの面で、特色が何もないということになるかもしれない。あるいは、メイキングと映像作品を交互に織り交ぜる手もある。分かりやすく解説できる利点はあるかも知れない。さらに、本物のゾンビが混じって出演して来るというブラックコメディの路線もありうる。   


でも、そんなアイディアを使っても、普通に考えて、300万円の低予算映画で30億円以上の興行収入を得られるとは思えない。奇跡に近い成功だろう。   

 

 

 


2019年2月 5日

ミッションインポッシブル/フォールアウト(2018)

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Paramount -    


プルトニウムが奪われ、作戦に失敗した主人公らは疑われることになり、しかもプルトニウムを奪還するために、逮捕したテロリストを強奪する必要が出る・・・・という絶体絶命のシチュエーションが組まれていた。よく考えてあった。   


トム・クルーズ主演のシリーズ、第6?弾。正月休みにブルーレイで鑑賞。本来なら正月か夏休みに劇場で鑑賞すべき作品なんだが、インフルエンザをもらうのが怖くて、最近は劇場にいくことができないでいる。お部屋で鑑賞でも、ブルーレイの画質なら満足できるはずと考えて。


前回までの作品では、超高層ビルによじ登ったり、飛行機にしがみついたまま離陸するという命知らずのシーンが見られたが、今回もヘリコプターに飛び乗り、ビルの屋上を走り回り、何度も激しいアクションに挑戦していた。明らかに無理が感じられるが、実際に足を骨折してしまったそうだから、トム・クルーズ君もいい加減に考えを改めたほうが良いだろう。保険は懸けているだろうが、命は二つないのである。  


しかし、観客としては命がけのアクションは嬉しい。いかに凄かろうと、明らかにCGと分かっているシーンでは、どこか安心してしまう。「ワイルド・スピード」シリーズのアクションは奇想天外さの度合いにおいては上だろうが、本物ではないと皆が知っている。俳優が死んだのはアクションのせいではなく、無謀運転のせいだ。本物のほうが、同じことをやっても訴えかける力は違うと思う。  


・・・まさか、トム君は偽って骨折と言っただけじゃないだろうね?宣伝のためになら、何でもやるかもしれないから分からない。  


ストーリーは途中から少し読めてしまった。でも、元の奥さんが登場してくるのは意外。恋愛感情を複雑にする意図があったのだろうが、ミッシェル・モナハン嬢がよく出演を了解してくれたものだ。今回の彼女は、レベッカ・ファーガソン嬢の引き立て役のような役割だった。ギャラを目いっぱいもらって納得したのだろうか? 彼女への出演交渉はインポッシブルに近い作戦であり、彼女の契約額こそ、今回の作品の中でプルトニウムよりも興味が持たれる事項である。  


前半部分で東洋系の人物と格闘になるシーンがあったが、あれも素晴らしい出来栄えだった。トム・クルーズの側が劣勢だったからだろう。「アトミック・ブロンド」の監督が指導したのか? 動作が似ていた。あそこで簡単に敵を倒していたら、面白みがない。

また、バイクで逆走しながら逃げるシーンも、周囲の車の動かし方やカメラワークが素晴らしかった。あんなシーンでは、一歩間違えれば死人が多数出るだろうに、よく管理していたと思う。あのシーンを見て、影響されたアホウな犯罪者が、同じように逃走してもすぐに大怪我するだろう。


交差点では安全を確認しないといけない。     


 

 


2019年2月 1日

オペラハット(1935)

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Columbia -    


フランク・キャプラ監督作品。主演はゲイリー・クーパーとジーン・アーサーの大スター同士。古いタイプのシステムに則った映画だと思うが、健全な精神を感じる。善き時代の映画だから、とにかく後味は素晴らしく良い。    

 

ユーモアあふれるシーンが多い。主人公が無邪気な人だから、行動が子供っぽく、それだけで笑いの要素になる。階段を降りる時に、いちいち手すりを滑りながら降りる、屋敷に響くエコーをスタッフと共に楽しむなど、子供ならやりたそうな行動が見ていて面白い。   

 

ラストの裁判のシーンでは、前半は主人公が追い詰められ、観客のストレスがたまるようになっている。後半は一転して、皆のクセを指摘したり、でっち上げを暴露したりの逆転を狙うのだが、ここに敵意ではなく、ユーモアを持ち込んでいたことが効果的だった。もし、あのシーンで弁舌の流暢さ、論理的な緻密さで勝負していたら、ただの弁護人と変わりなくなってしまう。ユーモアが大事だ。   

 

共演者たちの中で、主人公の敵になる法律事務所の人々は、日本の時代劇の敵役のような典型的な演出ぶりだった。ボスを中心に小心者が集まる嫌らしい集団で、あまりに見慣れた連中なので、少々演出過剰でわざとらしい印象を受けてしまったが、オリジナルのほうはキャプラ版であり、それを真似た時代劇を劇場主のほうが見過ぎただけなのかもしれない。     

 

ジーン・アーサーが登場する時の仕草も、典型的すぎて少しイヤミがある。気取って何かを振り回すクセは、ワルガキがよく真似していた気がする仕草で、心がすさんでいることを表現する手段のようだが、今日の感覚では演出過剰だろう。   

 

ユーモアあふれる弁舌は、一流の人間がやらないと妙なことになる。自民党が劣勢だったころ、福田、麻生の両元総理が笑顔を見せながら話をしようとすることが何度かあったが、明らかに心が乱れていることが明白だった。無理して笑顔を作るのは良くない。自信があれば笑顔で、そうでない場合は身の程をわきまえて、知らないことは知らない、思うことは思う、真摯な態度をとるべきだ。本当は、あのまま引退したほうが潔かったのだろうが、安倍総理の復活によって自民党の立場が強くなった現在は、また麻生氏にも自信ある態度が見られるようになった。劣勢の時はコソコソし、誰かのおかげで優勢になると強気に出るような人間は、外敵からすると扱いやすいだろう。   

 

 

 

2019年1月28日

創価学会(2018)

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- 毎日新聞出版 -      

 

ジャーナリストである田原総一郎氏が、長年の関わりから得た経験を織り交ぜながら創価学会を論じた書籍。本劇場では創価学会のことはさておき、一般の宗教団体に関して、この本を参考に論じてみたい。 

 

創価学会が元々は塾から始まったということは知らなかった。創始者が教育者だったことは、池田大作氏の文章で読んだことがあったが、塾からスタートしていたというのは驚き。    

 

①税金面の問題 

宗教法人は税金面で優遇されているそうだ。詳細は分からないが、他の一般法人とはかなり違うと聞く。優遇される理由もよく知らないのだが、敷地や社屋を維持させるために認められたのだろうか? 金満体質の宗教法人も多いと聞く。でも収入が多い法人には、それなりの課税も必要ではないか? 優遇が過ぎれば、組織がどんどん巨大化していくはずであるし、財政難のこの時代に、宗教法人だけ優遇されるのは不自然。良かれと思って作られた税制制度が、今は弊害を生んでいるように思う。    

 

②政教分離 

政教分離とは難しい考え方だ。戦前の日本神道への対処から導入されたものだと思う。仮にガチガチのネオナチが政権をとった場合、ナチスの理論にしたがって行政が進んでも違憲ではないはずだが、それは「ナチス的宗教法人」が国を支配するに等しい。宗教と政治信条は、判別が難しい。

そして宗教の理屈は、それを政治に反映させて良いかどうか難しい問題である。いかに主張が正しくてもそうだ。

宗教法人が選挙の手助けをした候補は、実質的に法人からの独立は困難。その候補者が当選して閣僚になった場合は、行政府の長に宗教法人の影響下の人物が就任することになる。・・・これは問題と考える。その閣僚が宗教を強制しないなら合憲とは言えない。なぜなら政治的判断とは微妙なものになるのが常であり、そこに宗教法人からの要請(指示)が影響していないと断言することはできないからだ。

仮にオウム真理教が政権を狙う場合を想定すると分かりやすい。彼らの支持率が高まって、その政党が第一党になった場合、教祖の指示が政策に影響しないと断言できるか?そんなはずはない、彼らが教祖の意志は影響しないと言っても欺瞞だと劇場主は考える。他の宗教法人に対しても同様に考えるべきだ。

教団の違法性が明らかになって警察が介入しない限り、それを阻止できない点で、現行制度は欠陥を抱えている。強大な宗教法人を想定せずに法整備されたのだろう。宗教色のない現実的な政策をとり続けないと、外部との戦いに負けるのが歴史からの教訓である。 宗教法人より、国を守ることを基本にすべきと考える。どう対処すべきかは明らかだ。    

 

③組織の体質 

宗教には本来が理屈を超えた点が多く、宗教団体も理屈抜きの体質を持ちやすい。民主主義と宗教とは関係ないので、教団内部で意思決定が民主的にされる必要はない。たとえば教祖が過剰に崇拝され、万事が恣意的に扱われる場合、パワハラや忖度、圧力などの諸問題が発生しやすい。その団体が政治力を持った時は、それが社会全体に影響する。「組織が勝利した結果だ。」では済まない問題になる。

それを避けるために、あらゆる宗教団体は、政治から超越した組織であるべきと考える。 それも国の生き残りのためである。宗教法人の体質に影響されずに、リアルな政策をとり続ける必要があるという理由による。     

 

④組織の論理 

キリスト教は素晴らしい宗教だと思うが、おそらく過去に人を殺す理由となった最大の要因はキリスト教である。十字軍による侵略、近代における奴隷制度にも教会が深く関わっている。諸問題の根源と言ってよいほどだ。

宗教や共産主義など、体系立って強固なシステムが作られると、それを維持し発展させることが大きな目標になり、教義を逸脱してでも組織の論理が幅を利かすことが多い。組織内部の権力争いや、嫉妬、忖度などは必ず起こる。

異教徒を殺しても、それが神の教え通りと考えられるようになるのは、明らかに教義からの逸脱だと思う。経典には人を殺すなと書かれているはずだ。教義の正しさが実際の行動に反映されない現実を鑑みると、信仰こそ人類史上最悪最強の要素となる。しかし、それは宗教団体の組織的な論理がそうさせただけのことが多い。      

 

⑤信仰の必要性 

いっぽうで、信仰なしで人が生きていくのは、なかなか難しい。劇場主自身、先祖の霊や国を守る神に毎日祈っている。家族や自分、国を守り給えと祈らないでいると、不安に苛まれそうだ。信仰によって苦境をぬける人は多い。信仰に助けられた人は、宗教団体を守るために悪行も厭わない場合があるのではないか? そんな感情が、法や理性を忘れる理由になっているように思う。強い信仰心を持つ人から、その宗教を奪うことは人道的ではない。  

 

日本は米国と違って、宗教が先に立って建国されてはいない。おそらく宗教を離れた立場で、現実的な政策をとることも可能だと思う。国家の生き残りを目指し、政策面で工夫すべきだ。

現行法の欠陥が宗教法人の性質を作ることにも関わっていると思う。税制と選挙関係の法は、改善が望まれる。    

 

 

2019年1月24日

レディ・バード(2017)

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- Universal -  


卒業間近の女子高生が主人公。母親と衝突しながら、東部の大学への進学を目指す彼女は、演劇部の活動や男子学生との恋を経験する・・・・DVDで鑑賞。 


明らかにハリウッド製の大作映画とは趣向が異なる作品。監督は「20センチュリー・ウーマン」で下宿人を演じていたグレタ・ガーウィグという方。女性の人生に関して、こだわりを持って活動しているのかもしれない。   


この作品は監督の自伝的作品らしい。監督の故郷であるサクラメントが舞台になっている。そのためか、味わいのある作品に仕上がっていると思う。故郷への郷愁、愛を感じさせる。この種の映画は、欧州ではあまり見かけない。米国の場合は国土が広いので、西海岸から東海岸に行く時は、ほとんど外国に移住するに等しい。その時の覚悟、興奮、それに伴う家族との話し合い、経済的な問題の悩みなどは、欧州の国とはちょっと違うものがあるだろう。EUの場合は、おそらく東欧諸国からフランスやドイツに出稼ぎに出た少女が、物語の主人公になりうると思う。強い覚悟で故郷を後にしてきた人の物語は、今後きっと増えて来るに違いない。   


ヒロインを演じていたシアーシャ・ローナンは20歳を過ぎており、少しブリッ子めいた演技だったかも知れないが、大女優の存在感、実在感を感じさせる。魅力たっぷりで、今日最高の旬を迎えた女優だと思う。


目線の動かせ方が的確なように思う。既に長いキャリアを持ち、個性的な映画にいろいろ出演しているから、ただの人気女優ではない。日本で言うと、広瀬すずに近い存在かもしれない。確かな演技力、表現力があって、失敗作がない。裕福ではない環境でも懸命に生きている人の雰囲気がうまく出る女優、しかも観客に共感されやすい・・・そんな点で共通していると思う。母親役、父親役も素晴らしかった。  


この作品のストーリーで、男子学生の物語は成り立ちうるだろうか?おそらく、なよなよした男子なら代替えも可能だろうが、主人公の魅力は出にくいだろう。しっかりした男子の場合も、何も共感を得にくい可能性が高い。この話は女子限定の物語だろう。 


米国で看護師と会社員の夫婦の家に生まれ育っても、大学への進学は非常に厳しい問題のようだ。米国の看護師は500~1000万円くらいの年収をもらう人が多いそうだから、日本より断然高収入で豊かであるものの、有名大学の学費が300万円以上するらしいし保険料も違うので、夫が無職になると進学は厳しいことになるのだろう。奨学金や学費ローンを抱え、相当な覚悟で進学することになる。その感覚がうまく作品で感じられた。


日本だと給与待遇がさらに悪いので、地元の国公立大学以外は考えられない。ローンを組んでバイトで生活しても、遠方の私立大学は無理に近いかも知れない。




 

 

 

 


2019年1月21日

頭にきてもアホとは戦うな!(2014)

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-田村耕太郎著、朝日新聞出版 -    

ベストセラーだったというので購読。元参議院議員で、現在は大学教授を務める田村耕太郎氏の著書。    


田村氏のことは全く知らなかった。おそらくテレビなどで一度は見ているはずなのだが、忘れてしまっているのだろう。自民党や民主党に所属していたらしい。その政治哲学は、よく分からない。一定の政治思想のようなものは持たないタイプなのかも知れない。もともとはビジネスマンらしく、様々な大学で学び、MBAなど多数の資格を持ち、様々な会社で活躍してきた人物のようだ。  


おそらく旧来の政治家とは少々違っていて、欧米型の、機を見るに敏なタイプの人物ではないかと思える。それは悪いことではない。速やかに問題を整理し、過去の政治的立場に固執せず、次々と処理していくタイプの人間も必要で、時には過去の行動との整合性がない事で批判されるとしても、スピード感のない族議員よりも実務的で役立つ場合もあるだろう。   


この本は少し短絡的すぎたり、繰り返しが多かったり、完成度の点では難があったと思うが、取り上げ方が優れている。欧米型の考え方と孫子など、古来からの伝統的な考え方が上手く融合した内容のように思った。孫子については著書の中でも書かれているから、影響を受けているようだ。欧米でだって研究されているはずだから、そのエッセンスは世界共通で学ばれている。足を引っ張る人間にこだわらずに、頭を整理して問題解決を目指すのは、ビジネスマンには必要な能力である。  


アホ・・・という表現に問題はある。アホとこちらが思っても、その人物は過去の経緯や確固たる信念によって、著者らと異なる意見を持っているに過ぎないのかも知れない。時間が経てば、そのアホウ氏のほうの意見が達観であった、その当時は間違いとしか思えなかったが、後になれば正しかったと分かるのかも知れない。いかに優秀なMBAであっても、しょっちゅう間違った判断を下しているのが実情である。問題処理の仕方、頭の使い方、処理のスピードや流儀、こだわりや信念、プライドや人格、それらは一様には評価できないので、簡単にアホウと断じてはいけない。 


ただし・・・劇場主も君子ではないから、「このアホウ!」と感じることは多い。主に運転中だ。狭い道の一番狭い所で停車して、こちらの車に進めと合図する人がいるが、あれはさすがにアホウであろう。劇場主は前後の状況を瞬時に考え、他の車を邪魔しないように、運転の王道を達成する所存である。しかし、現実はアホウ車の連続で、無理に突っ込んだ後に動けなくなって、劇場主にも後続にも負担をかける連中が多い。あれは、ほぼ確実に、かなり客観的にアホウである。職場にだって、きっと多数いるに違いない。自分の出世や見栄を大事にするあまり、同僚に負担をかける連中が。そんな連中にどう対処するか、この本を参考にすべきかもしれない。

2019年1月18日

韓国軍艦艇のレーダー照射問題(2018)

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- 韓日劇場? -        

 

連日のように、この問題が報道されている。ドラマじゃないので、穏便に解決して欲しい。2018年の12月20日に、事件は起こったそうだ。事実関係がよく分からない。韓国軍艦艇が北朝鮮の漁船乗組員の救助をしていたらしく、その点は自衛隊が撮影したビデオでもそう見える。ところが、そこに自衛隊の偵察機(哨戒機)が近づいて、どの程度の距離だったかは不明だが、周辺を旋回したらしい。      

 

その際、日本側によれば実弾発射の誘導の際にしか使わないレーダーが照射されたというが、韓国側は普通の探索用レーダーしか使っていないと主張しているようだ。また自衛隊機が不当に近づいたと韓国側は主張し、自衛隊側は通常の高度と距離を保ったと言うなど、食い違いが様々ある。    

 

救助に軍の船で行くというのは不自然な気もする。普通は海上保安部隊が行かないと、周辺の軍事行動を誘発する危険がある。この点は、問題ないのだろうか? 何か秘密作戦をやっていた可能性もある。普通の救助活動なら、何でも公表できるだろう。強硬に否定するのはおかしい。スパイの収容などは考えられないだろうか?   

 

また韓国側に自衛隊機が無線で尋ねても、返答がなかったらしい。この点は事実のようだが、無線が聞き取りにくかったか、日本側の発音が悪かったかなどの点でも食い違いがあるようだ。日本側がスイッチを入れずに叫んでいただけという可能性も残る。劇場主は、よくそんなミスを犯す。もしかして作戦中は、返事しないのがルールなのだろうか? 北朝鮮の航空機が、日本の自衛隊機だと偽る可能性もあるので、安易に返事はできないと考えたのか?    

 

劇場主は海上偵察の現場に行ったことがないので、通常の行動がどのようにされるのか知らない。素人考えでは、近づいた時点で無線によって「自分は自衛隊機だ。そちらは何しているの?」など、聞いてもよさそうな気がするが、無駄な会話をしないのがルールなのかも知れない。しかし、そうだとすると目視できる距離まで行かないと、ひょっとして北朝鮮の艦艇が漁民を襲っていることも考えられるので、かなり近づく必要はある。それがルールになっているのなら、近づいたことに問題はないはずだが、どんな対応がルールなのか?あるいはルールが明確でないのか?そこらが分からない。     

 

韓国軍としては、付きまとう自衛隊機が邪魔で、脅して追っ払う意図で攻撃用レーダーを当てたい気になったのかもしれない。たとえば北朝鮮の船に対しては常にそう行動してきたとしたら、日本相手では危険だということを認識していなかった可能性もある、でも、あくまで可能性の話で、その現場が何を感じてどう判断したのか、今のままでは分からない。    

 

攻撃用のレーダーを使うのは、示威行動として普通にやられることなのだろうか?一般人としては、誘導ミサイル用の照準をされたら、それは敵対行為としか思えない。でも、現場では日常茶飯事なのかもしれない。 明確なルールがあるなら、韓国軍がルール違反をしたことになるが、ルールすらない場合、韓国側が違法とは言えない。もしかして、明確な取り決めがないのではないか?   

 

そして日本の官邸は、韓国側の譲歩を引き出す狙いで、この問題を考えているのかも知れない。先日、韓国の法廷で終戦前の徴用工問題で判決が下り、個人への賠償をどうするかが問題になっているので、官邸は機嫌を損ねている。何か譲歩を引き出せる問題があれば、それを利用したいだろう。韓国側も、そのへんの意図を認識しているから安易に謝罪できない、そんな状況かも知れない。   

 

レーダーの記録を発表するかどうか、そこは取引の材料になるだろう。おそらく発表はできると思う。発表されても、「このデータは合成だ!」と言い張って、解決に向かわないかも知れないが・・・     

 

軍関係者だけの話し合いで解決するのは難しくなったようだ。もし韓国側の虚偽報告と分かれば、現場の船長は処罰されるだろうし、韓国政府も軽く謝罪はするだろう。でも、結局は違法行為だったとまでは言えないかも知れない。そして、双方の怒りや不信感は残るだろう。漁民を装った韓国軍スパイの活動だったなどと判明したら、沈静化するかも知れないが、そう認めることは考えにくい。韓国軍としては、今回の件を認められない事情があると思える。 

 

 

 

 

2019年1月16日

女は二度決断する(2017)

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Warner,Bombero Intern.etc -        

ダイアン・クルーガー主演のドラマ。DVDで鑑賞。    

カンヌ映画祭では主演女優賞を取ったらしい。確かに、その価値がある演技だった。家族を殺されたらしいと予感を感じた場面、それが確実と分かった時点の演技、そして麻薬に頼りながら耐えて行こうとする過程、そしてラスト近くの逡巡。いずれのシーンでも素晴らしい演技を見せていた。  

 

ダイアン・クルーガーは本来はモデルで、演技派という印象は今までなかった。キャリアを積む中で、演技力を磨き、年齢による変化や良い脚本、良いスタッフなどに恵まれた幸運が、この作品での名演技につながったのだろう。本当に素晴らしかった。     

 

敵役も良かった。特に法廷での敵になる被告の弁護人は、話し方や風貌、話す内容などがリアルで、存在感も充分出ていて、いやらしい悪役ぶりだった。夫の母親、ヒロインの母親も、この作品においては悪役と言える。彼女らも素晴らしい役割を果たしていた。     

 

この作品のラストは、問題がないわけではない。ヒロインの行動が推奨されるものではないはずだからだ。いっぽうで感情的には、理解できる行動でもあった。世界各地で感情にまかせたリンチ事件が多いので、映画作品としては何か他の描き方がなかったのかと思わないでもないが、あの結末で納得できる人のほうが多数派なのかもしれない。      

クギ爆弾というのは恐ろしい。あんな物を、素人がネットを参照に次々作ったら、もはや安全な場所などどこにもない。駅も学校も、職場も飲み屋街も、狙われたら終わりだ。何か規制できないのだろうか?    

 

この作品に原作小説はないそうで、映画のためのオリジナル脚本であり、そして特定の事件が題材になってもいないらしい。でも実際に極右勢力のテロは起こっているので、それらはアイディアの元になっているらしい。   

アラブ人たちが多数押し寄せている欧州では、極右勢力が活発化している。どの国でも、極右政党が獲得する議席が増える傾向にあり、合法的に右翼的、異民族排斥、自国の利益優先を目指す動きが強まっている。おそらく、テロの応酬がどんどんエスカレートしていく傾向は、しばらく続くのではないだろうか?      

 

そんな世相だから、この作品が作られたのだろう。映画人として、このテーマは避けて通れないと考えたに違いない。その姿勢に敬意を表したい。

 

 

2019年1月12日

ジュラシック・ワールド/炎の王国(2018)

 

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- Universal -   


かって恐竜のテーマパークがあった島が火山活動により壊滅することが明らかになった。恐竜を救う目的で島に乗り込んだクルー達は、火山の噴火や裏切りにより、窮地に陥る・・・・DVDで鑑賞。 


既にシリーズ第五作目だそうだが、素晴らしい映像技術に、またも感動する。解説編で、恐竜にも個性を持ち込んだとスタッフが述べていたが、たしかにクセなども表現されており、生き物としての実在感には満足できた。       


火山噴火の表現も凄い。「ポンペイ」で使われた表現と似ていたが、どうも普賢岳の噴火の映像を参考にしたのではないかと感じた。あの時の実写映像の再現を見るかのようだ。特に火砕流の表現手法が進んでいて、とてもリアルな画像になっている。火山プラス恐竜で、映像の迫力が出るだろうと製作スタッフは考えたに違いない。    


いっぽうで、ドラマの部分では少し物足りなさも感じた。観客が共感できるテーマというものは、ほとんど省略されていたようだ。恐竜が登場するスペクタクル映画だから、教育的な内容は必ずしも必要ないとは思う。しかし、愛や友情、勇気、重い決断、責任感といったものが感じられたほうが、きっと後味が良くなると思う。その大事な点を省略して、娯楽に終始していたようだった。  


主人公は前作に引き続き、クリス・プラット。ヒロインはブライス・ダラス・ハワードだろうと思うが、彼女は引き立て役と言った方が良いかも知れない。古いタイプのスペクタクル映画では、肉感的なセクシー美女が怪物に喰われる役を演じることが多かった。どうもセクシャルな欲求を怪物に代行させて、スケベな満足感を与えようというねらいだったようだが、その面の配慮もしていなかった。


クリス・プラットの個性には、あまり魅力を感じない。この作品は恐竜の暴れぶりが最大の魅力だから、人間のアクションは目立っても仕方ないと考えられているのだろうか?劇場主としては、超人的なアクション、感心するほどの工夫で難局を乗り越える主人公が欲しい。もう少し、人間が活躍しても良かったのではないか?   


そして話の終わり方が非常に気になった。人間が住む街に恐竜達を放っていたようだ。それも、ごく当然のように誇らしい顔をしてやられていた。何か重大な問題を忘れていたのではなかろうかと気になったが、あれは次回作で人間と恐竜が戦うための布石だろうか? 無茶な話だが、納得してあげないとシリーズが終わってしまうから仕方ないのか・・・

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