映画評

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2017年9月20日

Mr & Mrs スパイ(2016)

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- 20C.Fox -

新しいスター、ガル・ガドット嬢が出演している作品。相手役は、ドラマの「マッドメン」に出ている俳優だそうだが、宣伝でしか見ていないので、よく知らない。

話の主人公の俳優ザック・ガリフィアナキスが笑い担当。ガドット嬢達はハードな路線。ガリフィアナキスが「ハングオーバー」シリーズで登場した時は、素人として扱われていたように記憶している。その後、続編が作られていくうちに有名になり、今はブラッドレイ・クーパーと彼が生き残っているようだ。

スパイ夫婦が主演にならず、ドジな夫婦が主演したことは、作品を面白くするうえで好都合。ひとつのパターンでもある。今作品も、見るからにドジそうなガリフィアナキスが失敗するから、役割を充分に果たしていた。全体の流れも定番に沿って、自然だった。

そのせいか、画期的なアクションや、予想外の展開による驚きは感じなかった。大ヒットを狙える企画ではなかったということだろうか?興業的にも失敗だったらしい。何か画期的なウリが欲しい気はする。典型的な流れだけでは退屈するから、何か驚きが欲しかった。

ヒロインは庶民的な感じのする女優、アイラ・フィッシャー。「グランド・イリュージョン」では、なぜか直ぐにキャストから外れてしまったが、彼女はキャラクター的に、派手なマジシャンの雰囲気が感じられなかったから、当然のようにも思った。でも、この作品のヒロインの個性には完全に合致していた。

さらに面白くするためには、彼女の個性をいじって酷い悪妻か、あるいは異常人格と言えるほどの詮索好きだと良かっただろう。世間話のネタのために、平気で不法侵入するクセがあるなど、きわどい個性が欲しい。スパイ夫婦を何度も困らせるほどの個性があれば、作品の魅力は増したと思う。主人公夫婦が、常習的に小さな悪事を働くような人間でも良かったと思う。

ガドット嬢は、「ワイルド・スピード」シリーズで有名になった。完全なモデル体型の女優だが体力はあるそうで、本物の兵士だったそうだから、アクション映画には最適だ。今後もしばらくは、おそらく容姿が保つかぎり、登場し続けるだろう。

顔だけ見ると、美人と言うよりたくましい印象を受ける。演技力は、よく分からない。はたして彼女がロマンス映画で恋を演じる事ができるのだろうか?アクション映画専門とすると、人気は数年止まりなのか?

世界を見渡すと、各地で若い女性兵士が訓練を受けているはずだから、その中で容姿に自信のある人達が、自分もガドット嬢に続いてスターダムにのし上がってみせるわと思うのではないか?元イスラム戦士の少女から転身する娘だって、いるかも知れない。それも個性になるだろう。

 

2017年9月17日

タッカーとデイル 史上最高にツイてないヤツら(2010)

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- Magnet,Earth Star,etc -

中年2人組の男と大学生グループが、キャンプ場でふとしたことから残虐な殺し合いをする話。ブラック・ジョークに満ちたホラー・コメディ。DVDで鑑賞。

作品の存在は知っていた。でも、今日まで観ていなかった。非常に有名な作品とは言えないかも知れない。おそらく日本の劇場ではあまり公開されていないはずだ。R指定もついている。主人公らが切断された足を持って立ちすくむ姿は、趣味の良いものではない。家族でいっしょに鑑賞するタイプの映画ではない。

それでも、非常に面白かった。ギャグ満載の作品にすぎないと思っていたが、話のつじつまが合うように、ちゃんと計算して作られていたようだ。監督、脚本のイーライ・クレイグ氏は、サリー・フィールドの息子さんらしい。小さい頃から映画作りに興味を持っていたのだろう。

タッカーを演じていたアラン・テュディックは見たことのある顔。もう一人は記憶にない顔。でも、二人とも役柄に完全にマッチし、いかにも勘違いされそうな雰囲気がした。

勘違いは、思い込みから発生していたようだ。二人組の妖しげな目つきの男は、娘を襲おうとしているのではないか?それとも男女に関係なく、人を殺すことしか考えていない異常者ではないか?疑いを持たないと危ないので、実社会ではそんな用心も必要だろう。それが結果的に殺し合いを生むこともあるかも知れない。

(北朝鮮をめぐって)

北朝鮮の核ミサイルをめぐる緊張が高まっている。マスコミの報道通りだと、言葉の応酬が尋常でないほど激しいらしい。本当にあんな内容なのだろうか?勘違いも影響していないだろうか?翻訳の際に、意図が介入して過剰な表現に変わっていないのか?互いの言い回しは、本当は意外に紳士的で穏やかなものかも知れない。

北朝鮮は核武装を拡充するに違いない。そうしないと、米国によって政府を転覆される可能性が高い。実際、米国は政権転覆計画を練っているはずだ。核武装していれば、簡単に政府転覆の陰謀は進められない。北朝鮮政権の方針は、彼らとしては間違っていないと思う。自国の政権を、米国によって操作されるのは本来おかしな話だ。米国の長年の姿勢が、北側の過敏な態度を生んでいると言える。

米国は豊かで強い国だが、政策が常に正しかったかどうか分からない。もしかすると太平洋戦争も間違いだったかも知れない。日本と協力して、ソ連と対抗する方針のほうが無駄は少なかったろう。日本に中国を監視させたほうが、今日の状況を考えれば都合は良かったろう。長期的な方針は、もしかすると常に間違っていたのかも知れない。

今後、どのように両国の関係が進むのかは、かなり不安定で予測不能。評論家達の意見は、あまり当てにならないと思う。偶然の事件やちょっとした勘違いによって、殺し合いが発生しかねない。クーデターが起こったら、実態はどうあれ米軍の仕業と言われるだろう。一気にヒートアップするかも知れない。

ロシアや中国は、米国に協力するはずがない。北朝鮮は、彼らが米国と交渉する材料になる。便利な手先として使えるから、緊張が続いてくれることを願っているかも知れない。そもそもミサイル技術は、ロシアの企業を介して伝えられ、ロシア政府が関与していたのかも知れないと思う。証拠は出てこないだろうが、そう考えると自然だからだ。

米側が起こすクーデターは、非常に危険な、綱渡りのような作戦になるだろう。内戦が発生したら、暴発も覚悟する必要がある。したがって現政権の転覆を米側は計画しないと約束することは、双方の利益になるかも知れない。北朝鮮は、そう考えているはずだ。だから裏取り引きが進みつつあるかも知れない。

北のICBMが揃ったら、米側は表立って北朝鮮を非難しないほうが良いと思う。かってソ連が多数のミサイルを保有していた状況と、基本的にはあまり変わらないわけだから、勝手にさせたほうが利口だろう。北が長期的に経済を維持し、政権が安泰なまま続くのは簡単なことじゃない。にらみあっても交流し、手を出さずに自然崩壊を待つのが原則。

北朝鮮としては、ロシアの手先になって国土を戦場にしないこと、政権が安定したまま経済発展することが望ましい。でも発展は諸刃の剣でもある。豊かになった後の不景気は、余計に怒りを生む。発展し続ける国などありえないから、長期的には崩壊も確実と言える。それくらいなら、経済発展せず、貧国のままのほうが良い場合もある。問題は、自然に民政に移行できるかどうかだが、予想できない。中国に政変が起こったら、おそらく波及するだろう。

経済制裁についても、やるべきかどうか分からない。北朝鮮はいろんな国と貿易しているから、完全なシャットアウトは無理だろう。仮に北側が経済発展したとして、米側に大きな不利益があるだろうか?北の軍備の拡充は進むだろうが、かの国はどうせ拡充する方針である。経済発展しても、それで政権が永遠に続くはずはない。国民が何かの理由で怒り出せば崩壊する。貧しくても豊かでも、不満は起こるものだ。対外交流で外国を知った国民は我慢できないから、むしろ積極的に交流したほうが良いのかも知れない。

軍隊を派遣したら、米側の被害も凄いだろうし、中東諸国の例を見ても想像できるが、戦後の管理は確実に難しいものになる。悲惨な道が待つだけだろう。日本にもミサイルは飛んでくるかも知れない。ミサイルで脅迫して何か要求される事態も考えられる。互いに軍事予算を増やさないほうが良いが、そんな意見を聞いてくれそうにない。

予測が難しい状況が続く、それが予測になる。

 

 

2017年9月14日

モアナと伝説の海(2016)

Moana

- Disney -

プリンセスの話に、随行する人物が豊かな個性を持つという伝統的スタイルの作品。決め手は脇役のキャラクターがどれくらい魅力的かということになる。DVDで鑑賞。

この作品の随行者マウイは、不思議な力を持つ怪人だった。体の各所にある入れ墨が動き、模様が各々個性と意見を持って意思表示するという設定は面白かった。それにヒーローだった過去から、失敗して現在は苦しい状態という設定も成功していた。敗北に打ち勝ち、新たな成功を夢見るというのは伝統的で、良い方向性だ。見ている側も健全な感覚を覚え、気分的にも良くなる。夢につながる。

さらに海が主な舞台だから、CG技術で美しい海原を表現できるはずだ。上手くいけばその技術だけで、観客はきっと感動できる。ファインディング・ニモのような魅力が期待できる。この作品は、企画の段階である程度の成功が約束されたような映画だと思う。

実際にも相当なヒットだったらしい。しかし、「アナと雪の女王」ほどの大ヒットにはなっていないようだ。アナ雪よりは設定の段階ではずっと上を行っていると思うのだが、何のせいだろうか?曲の魅力か、吹き替えタレントのせいか?

厳しく言えば、日本語版の歌声は、ハッとするほど魅力的ではなかったかも知れない。もちろん美しい声で、たぶん一流の歌手が歌っているのだろうが、誰が歌っているか気にはならなかったから、楽曲の魅力はアナ雪のほうが高かったかも知れない。アナ雪は、松たか子らが意外に素晴らしい歌声だったので感動した面もあった。この映画の日本版の歌声は、期待以上ではないだろう。

ミュージック・クリップにはハワイにルーツを持つ歌手の曲が入っていた。その歌声、音響技術は本当に素晴らしかった。おそらく、劇場で字幕版で鑑賞するなら、この作品の魅力はずっと増すのだろう。本物のハワイ娘が歌うと分かっていれば、聞くほうも印象が違うから。

ハワイやポリネシアの島々には、マウイの伝説が残っていると言う。伝説のマウイは、映画とは少しキャラクターが違うはずで、おそらくミュージカルのような動作はいっさいしないだろう。ジョークを言ったりするものではない。伝説的な存在だ。

伝説の勇者に対しての敬意は、このような作品ではあまり必要ないのだろうか?少なくとも米国本土は、ハワイを征服したのであり、もう少し被征服者の神に敬意を払っても良かったのではないかと感じた。マウイはもっと神聖な存在として描き、おちゃらけの部分は、他のキャラクターが担当すべきだったのでは?

 

 

2017年9月11日

ソルジャー(1998)

Soldier

- Warner Bros -

8月6日、衛星放送で鑑賞。監督はポール・アンダーソン氏で、氏は後にバオオハザードシリーズを監督しているから、SF映画の専門家のようだ。昔の大監督のように、様々な分野を扱うより、専門分野を持ったほうが良いのかも知れない。

98年頃、この作品の宣伝を見聞きした記憶がない。つまり評判にはならなかったのだろうか?鑑賞した後、この作品を家族に勧めたいという気は起こらなかったから、そんな作品なんだろう。

主人公の敵となる優れた兵士がいた。ターザン役を演じていた俳優だ。体力は確かにありそうだった。でも、この作品の性格を考えると、もっと大柄で悪そうな顔をしているか、または細身で鋭そうな俳優のほうが良かったかも知れない。敵はずるく、強力なほうがよいはずだ。

そして本当の敵である新ソルジャー部隊の隊長には、もっと毒々しい、性格異常を疑うような個性が欲しかった。主人公らを執拗に排斥し、何度も酷い目に遭わせるような異常者のほうが、最終的に勝利できたときの喜びが深まるはずだ。

主人公は特殊な教育を受けた兵士という設定だった。そのため表情に乏しく、好き嫌い、辛い悲しいといった感情を持たないということになる。そこで主役のカート・ラッセルは無表情を貫いていた。

でも物語の人物としては途中で表情豊かになるか、人間的に成長しないと魅力に欠けるだろう。カート・ラッセルは最後まで表情の変化に乏しかったので、魅力を得ることに失敗していたように思う。

ヒロインはSF映画で何度か観た記憶のある女優さんだったが、こちらは知的な表情のあるモデル体型の女性で、存在感は充分だった。でも、ラブシーンらしきものは結局なかったので、せっかくの魅力が色気につながっておらず、無駄に終わってしまったように思えた。清く美しい映画を狙ってどうするのか疑問。

この作品は興業的にオオコケだったらしい。なんとなく当然のような気がする。大がかりなセットを組んでいたようだから、もっと設定を入念に検討し、客受けするように作るべきだった。

 

 

2017年9月 8日

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場(2015)

Eye_in_the_sky


- Entertainment One -

イギリス出身のテロリストを狙う英国軍。ついに居所を突き止めたが、攻撃するには民間人の犠牲が問題となる。司令官達の間で緊迫したやりとりが続く・・・

・・・・DVDで鑑賞。緊迫感が素晴らしかった。緊迫するように、上手い盛り上げ方をしているなあと感心。さらに何か求めるとしたら、もう少しユーモアのあるやりとりがあれば良かったかも知れない。

登場したカメラ型の鳥、虫型のドローンはすごかった。あんなのが飛び回ったら、情報を隠すのは難しい。本当にあそこまで性能が上がっているかどうかは分からないが、かなり現実的なメカになっているのだろう。

英国と米国、現地部隊との間で、細かい連携がなされていることに驚いた。実際にはどうだろうか?通信は傍受される可能性も高いし、時差や機器の性能の問題もあり、それに描かれていたように、担当者が不在で連絡ができないことも多いはずだから、もっと限られた人だけで事を進めているのではないだろうか?映画のように話し合っていたら、作戦は上手くいかないだろう。

米軍が主体の場合は、おそらくもっと簡単だ。CIAと軍の上層部はモニターを見ているかも知れないが、議員やホワイトハウスの高官は指示する場所にはいないと思う。妙な政治的判断をされたら、作戦は失敗する。ゴーのサインが出たら、よほどな支障がないかぎり作戦は遂行されるはずだ。

作品が問題としているのは、「ドローン・オブ・ウォー」とほぼ同じ問題。上空からの爆撃でテロリストを狙う時、関係のない民間人、特に少年少女が犠牲になる。法的にどう処理されるのか、犠牲をどうやって避けるべきか、そこが人道的に大きな問題になる。

以前だったら、地上部隊が包囲するか、あるいはヘリがミサイルをぶち込んで、民間人ごと殺戮しても仕方なしという考え方だった。犠牲を避ける方法がないから、仕方ないというわけだ。攻撃方法が進化し、米英軍の犠牲が極端に減った現在では、危険を冒さずに敵を攻撃できるようになり、人道面に注目が集まるようになってしまった。

ドローン攻撃をどう考えるべきか、さっぱり分からない。欧米でも法律が追いついていないのかも知れない。戦争状態になった地域と、民間人が平穏に暮らす地域で、攻撃のあり方は違って当然だろう。民間人が暮らす地域では、いかに高性能で周辺の害が少ない武器でも、使うことは望ましくない。でも、それが法律化されると、テロリストは必ず民間人の中に潜り込む。

潜り込むことは民間人を人質に取ることであり、旧来の軍法ではそもそもが違法行為、軍法の対象外の連中といった理屈があった。正式な軍人ではなく、凶悪な殺人者であるから、残虐な方法で殺しても軍事法廷では裁かれないといった論調。でも、ほとんどがそんな戦場になったら、旧来の軍法を持ち出しても通用しないように感じる。

たぶん、国連で何か決まっていくのではないだろうか?有力国の都合に応じて、「何年度版のソフトによって犠牲が50%以下と判定されたケースでは、攻撃は許される!」「何年版ソフトによってテロリストの可能性70%以上と判定された人間は殺して良い!」といった、冷酷この上ない内容にならざるを得ないということだろう。

NATO諸国の首脳が参加したSNSで、「殺す?殺さない?」のタグに対し、「殺せ!」→「イイネ!」の支持が何件集まったら許可・・・ああ、考えただけでも怖ろしい話。

2017年9月 5日

とうもろこしの島(2014)

Cornisland


- Corn Island -

河の中州を利用してトウモロコシを作る農夫。しかし、河の近辺は紛争の最中で、ある日、怪我をした兵士がやってくる・・・・

・・・ジョージアと、アブハジア地域との紛争を描いた作品。地図を見てもアブハジア地域内部に大河はないようだが、国境近くのパタラ・エングリという河を拡大してみると幅200M以上もあり、中州も多そうだ。この川が舞台になっているのだろう。

コーカサス山脈の麓に位置するから、水量は多いはず。中州があるということは、水量に大きな変動があることも意味するだろう。河の中州に畑を作るのは、普通は危険ではないか?気候によっては、全ての努力を流されてしまうだろう。

その点は、象徴的かも知れない。敵兵を介抱し、逃がし、作物を作り、兵士達にワインをごちそうし、孫娘と過ごす・・・そんな、あらゆる行動、全ての努力が全部流されて無に帰す。そこを際立たせるには良い場所だ。

紛争を調停し、仲を回復しよう、人道に反する行為をやめさせようとした、あらゆる努力が破綻し、流されてしまう。そんな悲劇の後に、また新しい努力が始まる、ラストはそれを感じさせた。

もしかすると、ジョージア近くは人類誕生の地かもしれないそうだ。大昔の石器や人骨が発掘されている。そして、国家や宗教が入り乱れて、侵略や独立運動の歴史を繰り返している。外国との関係は、日本よりずっと複雑で、血なまぐさい。何度も全てを流されるかのような悲劇が襲ってきたということだろう。

セリフが非常に少ない映画。無言のまま作業を繰り返す老人と孫が、少し異常な気もする。もっと自然に会話したほうが良くなかったろうか?日常の中に、急に兵士達がやってくるほうが、観客には緊張感が分かりやすいと思うが・・・

監督はジョージアの方らしい。孫娘役はオーディションで選ばれた少女だそうで、確かに演技力を感じる娘ではなかったが、魅力的な表情をしていて、いかにも現地の美少女の雰囲気がした。老人役は本職の役者だそうだが、ずんぐりした体型、皺の多い顔に味があった。

河のそばは土が肥えて、良い畑になると思う。平成29年の九州北部の豪雨で被害を受けた朝倉地域は、川に沿って町が発達したことが覗える地形だった。地域外の人間にすれば、もっと高台に家を建てたらどうだろうかとも思えるが、高台だと水の入手などが難しい。住む場所と田畑の場所は、両立が難しい。

山間の集落は、山林が大きく崩れると木が橋を塞ぐから、川の流れが想定外のほうに変わる運命にある。いろんな水害を見てきたが、集中豪雨による場合は、たいていは木が橋に引っかかって酷くなっている。昔は橋が壊れて流されていたから、被災地域が狭くて済んだが、最近はコンクリート橋が多いから、そこがダムになってしまうのが現状。おそらく、そこらの配慮が足りていない。

橋の上流には、必ずセットで砂防ダムのような構造物が必要。土砂や流木がどこかに引っかかって、橋を最初に襲わないようにすべき。それが難しい橋は、とてつもない高架橋にするか、直ぐ流される構造にするしかない。

橋を高くするのには限界があるし、川幅を拡げるのも、住宅の移転が大規模に必要だから難しい。バイパスのような流れ、貯水力のある遊水池を作る場合も、とてつもない予算が必要になる。金のことを考えると、避難所の設定や、避難計画、訓練、情報管理などでやり過ごすのが現実的になるのだろうか?

 

 

2017年9月 2日

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(2015)

Trumbo

-  Trumbo  -

ハリウッドの赤狩りに泣いた脚本家の伝記映画。DVDで鑑賞。主役のブライアン・クランストンのとぼけた表情が良い味を出していた。

トランボ氏が「ローマの休日」の本当の作者であることは知っていた。その他はよく知らなかったが、「ジョニーは戦場に行った」「パピヨン」などにも関わったそうだから、超大物の映画人だったことになる。ハリウッドに嫌われてはいないはずだ。

その能力が図抜けていたからこそ、赤狩りを生き延びることができたのだろう。トランボ以外の映画人で劇場主も知っているのはエドワード・G・ロビンソンだけだから、その他の人達は社会的に葬られてしまったのではないか?

トランボの家族の描き方が良かった。団結して戦い抜いた家族だったろうが、それなりに諍いがあったと描かれていた。それが当然だろう。子供達は犠牲を強いられて、時には爆発しないとおかしい。

そこを描く場合の、描き方が難しい。大悲劇として描くと、質の低いメロドラマになってしまう。この作品はホームドラマのように、わりと軽めの悲劇として描いていたから、質を落としていなかったと思う。

ロビンソンを非難できるかというと、難しい。仲間を売ったように描かれていたから、描かれた通りなら許しがたい人物ではあるが、証言の当時は既に仲間は投獄されており、実質的に何かが変わるわけではない。裏書きを強要されただけ。彼は、大きな役割を果たしたわけではない。そう言うこともできる。

赤狩りはいつ終わるか分からない。その間、自分が証言を拒否して投獄されたら、復帰は難しいだろう。俳優の旬の時期は限られている。脚本家なら復活できても、俳優は終わりだ。トランボらとは立場が違う。

もしロビンソンが証言を拒否していたら、後々は賞賛されただろう。しかし、破産していたかも知れない。命に関しても、保証はできなかった。少なくとも部外者の劇場主は、彼の行動を非難できるほどの実績がない。歴史的な事変、政治的な圧力に対して抗えなかった人は、批判できないように思う。

トランボは賞賛されるべき人物だ。苦労して生活費を稼ぎ、家族を養い、メキシコに逃げたりしながらも復活を遂げたしぶとさに敬意を表したい。

赤狩りは酷い行為だった。だが、当時のソ連のことを考えると、トランボ本人の心情はともかく、ソ連サイドでは彼のような人物を利用しようとしていなかったはずはない。利用できるものは何でも使って、米国の力を削ぎ、ソ連側が有利になるように狙っていたはずだ。

今日も、ロシアの資金やサイバー部隊が、米国の世論を操作し、政治的動向を自分達に有利に運ぶように、行動していないはずはない。一連の大統領選挙の報道を見ると空恐ろしくなる。当時もそうだったはずだ。ロシア側からすれば、そうしないと欧米側から攻撃されるので、仕方ないのだろう。

赤狩りは非人道的な行為だったが、何かの方法によって情報を集め、破壊活動を未然に防ぐ対策は必要と思う。基本的人権に触らない形でという条件は要るが、対策しないと敵に支配されるだけだ。敵は、人権などに配慮しない連中だ。少なくとも支配、被支配の関係になったら、いかに優れた勢力であっても、過激な支配にならざるをえない。完全に支配されるのは避けないといけない。

 

 

 

2017年8月30日

超高速!参勤交代リターンズ(2016)

Syochiku

- 松竹 -

前作で参内に成功した湯長谷藩だったが、復活した悪徳老中の手により、急遽国元に帰らないといけなくなる。既に藩は取りつぶし、城の明け渡しまで決まったようだ・・・・

・・・・前作は予想を裏切るヒットだったらしい。「まさかの続編!」という宣伝文句が、この作品にはついていた。そんなに凄い魅力があるシリーズなのか?しかし劇場主はあわてず騒がず、劇場で鑑賞しようなどとは考えなかった。ビデオで充分であろうと推測し、今回鑑賞するに至った次第。

まとまりのある作品だと思った。起承転結がはっきりし、ギャグはギャグ、アクションはアクション、友情や愛情などを上手く話に盛り込んで、最終的には時代劇にお約束の結末となるよう、まとめ方がしっかりしていた。

新しめの時代劇と考えると、この作品は若い観客に受け入れられた企画であるから、今後の時代劇の方向性を示す、ひとつの道筋と言えるかも知れない。少なくとも昭和の時代劇より新しい、優れた企画だったはずだ。

芸人のコントと同じ調子のギャグが盛り込まれていたので、その点が良かったのかも知れない。黒澤映画やドリフの時代のギャグでは、観客は興味を維持できない。時代考証を無視してでも、コントには新しさが必要なのだろう。

どこか分からないが、実際の城を舞台に戦闘シーンが展開されていた。かなり大きな城で数十万石の大名のものではないか?湯長谷藩の規模を考えて、適切な規模の城だったのか、少し疑問を覚えた。よくは知らないので、あれで正しい規模だったのかも知れない。

佐々木蔵之介を初めとする出演者達のキャラクターは、およそ前作と同じだった。続編を面白くするためには、新しいキャラクターが出てくることが望ましい。「パイレーツ・オブ・カリビアン」を参考にすれば、直ぐに理解できる。その点で、この作品は失敗していると思う。驚きの展開になる要素を、最初から破棄していた。

新規の人物が全く出なかったわけではない。柳生一族の分家が、敵の集団の一角を担っていた。なら、いっそのこと、中心になって活動して欲しいものだ。誰か大事な仲間を惨殺するくらいの、大きな活動が欲しい。農地は荒らしていたようだが、百姓を殺すシーンはなかったから、少し活躍の度合いが足りない。

しかし、そもそも参勤交代にまつわる物語だから、作れる内容に限界があったのかも知れない。架空の海賊達の話のように、海の怪物や死霊になった海賊などを登場させることはできない。あくまで普通の武士や忍者が登場するくらいが限界。だから、仕方なかったのかも。予算も違うし・・・・

さて、このシリーズは次が企画されるのだろうか?劇場主は難しいと予想するが・・・

 

 

 

2017年8月27日

われらが背きし者 (2016)

Our_kind_of_traitor

- Film4 StudioCanal etc.-

大学教授の主人公は、旅先で知り合った男から重大な情報を渡される。情報にはマフィアや英国の有力者たちが関わっていた。たちまち、彼に身の危険が迫ってくる・・・・

・・・ジョン・ル・カレ原作の同名の小説があるらしい。DVDで鑑賞。

ダミアン・ルイスという俳優がMI6の中間管理職的な立場を演じており、非常に良い味を出していた。主人公より役者としての魅力を感じた。頭が切れそうな表情、役人をイメージさせる雰囲気、その中でちゃんと実生活の匂いも感じさせる個性だった。腕力勝負ではなく、思考能力、判断力で勝負してそうな顔つきが良い。

彼と、彼の上司、元の長官などとの関係がリアルに描かれていた。いかにも本当にありそうな人間関係が、ストーリーと上手く絡み合っていた。

逆にアン・マクレガーが演じた主人公は、派手な活躍をするわけではないので、あまり魅力を感じにくい。それで良いのだろうか?主人公なんだから、彼が感じるであろう恐怖、悲しみなどが観客に充分伝わることが望まれる。その点で、演出か設定に問題があったと思う。

スパイ映画の見過ぎで、いつの間にか劇場主は英国の利益を最優先に考えるようになっている。まるで自分が英国情報部の一員であるかのような感覚でいるが、007などの映画鑑賞により発生する独特な副作用と思われる。ついつい自分が日本人であることを忘れるのだ。映画の怖ろしい影響力。

いまや英国が対峙しているのは、国家としてのロシア本体ではなく、国家にとりいったマフィアなのか!・・・実際がどうかは分からないが、そうであっても不思議には思わない。

ロシアの犯罪組織の中心は、米国にあるのではないかと思う。金の動く額が違うから、ロシア国内での活動は限られているのではないだろうか?でも、ロシアの内情も分からない。富や権力の偏在する国のこと、国内の政権にうまく取り入った犯罪組織が多いのかも知れない。国家の意志が、犯罪組織を通じて実行に移されることも多いに考えられる。

政治家もマフィアも、マネー・ロンダリングには似たような手を使っているだろう。海外の会社、銀行と取り引きを重ね、相手からも重用されるように信頼関係を築こう、リスクを分散しようと必ずしているはず。この作品で描かれていたのと同じような動きは、実際にも多いだろう。

日本のヤクザは、今かなり厳しい状況らしい。周辺にも廃業したらしい元若い衆らしき人物が多い。産業の形態が変わって、今は食っていくのが難しいはずだ。ネットを上手く利用した勢力や経済ヤクザ、合法的な会社を兼ねる組織だけが生き残っているのではないか?欧米ほどの金儲けは、おそらく難しくなっているはず。

それでも大きな会社に巣くうことに成功したら、巨額の収入を得ることができる。きっと海外に投資の形で送金し、節税しているだろう。どこの国にとっても、海外送金は税収の不足を生むから、国を超えて、管理方法の改善が望ましい。

 

 

2017年8月24日

エル・ドラド(1966)

Paramount

- Paramount -

衛星放送で鑑賞。ジョン・ウェイン主演の活劇映画。ストーリーはかなり複雑だったが、演技は古典的な型にはまった感じで、日本の時代劇を見るような安心感が感じられた。

変わった流れだと感じた点は、複雑すぎる展開。ジョン・ウェインが演じた主人公は勇敢であり、大活躍もするが、途中で待ち伏せを喰らって銃撃されてしまい、最後まで敵を倒しまくるほどの活躍はできていない。仲間の力を借りて、やっと戦ったという具合だ。リアルな路線と言えば、そうかも知れない。

単純なヒーロー映画では受けないという認識があって、ストーリーを複雑に、主人公にも弱さが少しあるべきという設定になったのかも知れない。あるいは、弱点が生じたことで勝負が不利になり、緊迫感が増すという計算が働いたのかも知れない。

他の中心人物も、その傾向はあった。投げナイフは得意だが銃は苦手という若い仲間。アル中になっている友人の保安官もそうだったし、特に保安官は直ぐに撃たれて足を引きずっていたから、本当は敵側のほうが勝たないとおかしい気もする。

孤高のガンマンが荒野で戦う叙情性は感じられなかった。女の友人はいたが、かってのように寂しく耐える女性ではなく、さっさと愛想をつかして去って行く怖い女で、より乾いた人間像になっていた。60年代は、もう叙情性が通用しない時代だったのか?

こんな作品、はたして興業的に成功したのだろうか?観客が喜びそうな特徴に満ちているとは思えなかったが・・・

やはり、古めかしいスタイルと言われようと、ヒーローは最後まで敵を倒しまくり、敵は途中では優勢でも最後には主人公にやられて、美女が主人公に抱きつき、万事がめでたしとなるほうが、後味が良いのではないか?

この作品、画質や音質は非常に優れていたので、古い作品だが鑑賞に耐えうると思う。ただし、今の若い観客に受けるような気はしない。凄いアクションがあるわけではないし、ジョン・ウェインの個性は、やはり今風ではない。米国南部の田舎のほうなら今でも一定の評価、安心感のような好印象を得ることもあるかも知れないが、都会では無理ではないか?

日本人には、さらに魅力が分かりにくいと思う。待ち伏せられてライフルで撃たれたら、そこで主人公は終わりの可能性が高いし、そもそも待ち伏せは卑怯な手段には違いなく、戦い方として恰好良いものでもない。その感覚の違いも、結構大きいように思う。

 

 

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