映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

2017年12月13日

美女と野獣(2017)

Beauty_and_the_beast

 

Dizney

 

ディズニーの実写+CG版。ヒロインはエマ・ワトソン嬢。相当なヒットだったらしい。熊本市の映画館でも結構長く上映されていた。DVDで鑑賞。

 

劇場主には、エマ・ワトソン嬢は特に歌が上手い女優というイメージはない。歌手デビューしたとかミュージカルに出演したと聞いたことがなかったからだが、この作品での歌唱力には特に問題を感じなかった。アフレコで誰かが歌っているようには見えなかったので、技術者達の力でかなりの補正をしたとしても、声質が良ければ十分にミュージカルで通用するのだと理解できた。

 

エマ嬢は理知的で美しい女優さんだが、見た目だけでハッとするほどの絶世の美女とは思わない。ハリウッドには天使クラスの美女で、しかも歌も本職級のタレントが大勢いると思う。人気のエマ嬢をとるか、実力の天使嬢を選ぶかは難しい問題だが、興行面で安定しているのはエマ嬢だ。無名の新人だと、おそらく興行成績は落ちていたに違いない。いかに優れたタレントであったとしても、そうだったろう。

 

エマ嬢は本が好きそうなイメージもある。「ハリー・ポッター」シリーズでも、本を自分で調べる有能な魔女ぶりだった。あのイメージは、普通なら優等生タイプとして嫌われそうなキャラクターになるが、役柄が良かったのか戦略が良いのか、この作品では有効に働いている。天使系の美女だと、本を読むイメージが湧きにくい。その点でもキャスティングは成功していた。

 

そのほかの俳優では、ガストンの役割が重要で、おそらく本当の主役は彼が相当するのだろうと思う。腕力がありそうで狡そうで、冷酷かつ野蛮だが、陽気な面もある目立つ悪役であることが望まれる。ガストンを主役にして、思い切り目立つダンス・ミュージカルにするなら、奇抜な作品になったかもしれないし、そうなればヒロイン役はただ可憐な少女で良い。

 

だから、もう一つの戦略としてはジョニー・デップ並みの有名俳優をガストン役にし、冒頭から彼に暴れまくらせ、清く正しい可憐な天使系美女を添え物にする手もあったかもしれない。興行面は不安定になるだろうし、非難ゴウゴウ、旧来のファンからそっぽをむかれてひどい目に遭うかも知れないが、劇場主としてはそんな作品を望む。

 

1991年のアニメは素晴らしい作品だった。セリーヌ・ディオンの主題歌は実に美しい曲で、いまだにロマンティックな場面でよく使われる。アニメのダンスシーンも立体的で、表現力が素晴らしかった。あのアニメがありながら、実写版で成功することが可能なのだろうかと、劇場主は疑問に思っていた。もちろん、この作品も劇場で観たいなどとは全く思わなかった。アニメのほうが上ではないか?それに子供達も大きくなって、ディズニー映画で観たがるのは「パイレーツ~」シリーズだけになってしまったから。

 

で、実際に観たこの実写版の印象だが、想像を超える完成度だった。ダンス、パーティーなどのシーンは実に美しく壮大なスケールで描かれ、アニメ版と違った迫力を感じた。立体感に関して言えば、やはり実写+CG技術であったほうがずっと上の表現力を感じる。家族で観るだけの価値はあったと思うし、それが興行成績にも反映されていたようだ。

 

 

 

2017年12月10日

ブルックリン(2015)

Brooklyn

 

- 20C.Fox -

 

アイルランドからブルックリンに移住した娘の物語。故郷が気にかかる一方、自分の人生も築いていかないといけない彼女の運命は?

 

DVDで鑑賞。原作はアイルランド出身の教授の著作らしい。マイナーな企画だと思うが、まとまった内容で物語性も充分あり、ヒロインの心情に共感する部分も多かった。アイルランドとアメリカの間で行き来した人たちの中では、かなり遅めの時代の話らしい。1950年前後が舞台になっている。

ングアイランドが、その当時まだ開発されていなかったとは知らなかった。大富豪がうごめく一大住宅地帯だと思っていたが、意外に歴史は浅いのかも知れない。新しいほうが美しかろうから、それだけ価値が高いと考えることもできる。

 

故郷での苦しい事情に見切りをつけ、冒険に飛び出す際の不安の表現が素晴らしかった。原作者がそのような経験をしているはずだが、ヒロインのシアーシャ嬢も同様に小さいころに映画界デビューを果たしており、冒険の際の不安、興奮は体感済みなのだろう。表情が実に素晴らしかった。真面目そうな田舎娘を演じると、端正な顔立ちの彼女はサマになる。ド迫力のある大女優のような役柄ではなく、賢明さが浮き出るような庶民の役が似合うようだ。「グランド・ブタペスト・ホテル」でもそんな役柄だった。

 

古来のヒロイン像だったら、努力にもかかわらず大失敗、あるいは大悲劇に見舞われて、不幸のどん底に陥るべきだったかもしれない。でも、この作品は少し流れが変わっていた。ヒロインが夫とは別な男性に好意を抱き、故郷に帰っての自分の暮らしに大きな期待を持った様子だったが、あれが今日的で自然な流れなのかも知れない。実際にも心が揺れ動く娘さんたちは多いらしいから、リアルなヒロイン像と言えるかも知れない。多少の打算がないようでは、厳しい今日を生き抜いてはいけないのだ。もちろん重婚は良くはないが。

 

ヒロインのシアーシャ・ローナン嬢は、今回は役柄に合わせたのか、あるいは自然に太ったのか、かなりの肥満体形で出演していた。水着になるシーンでは、当時としてはセクシー、今なら肥満と分類されそうな体型を見せていた。まだ当時は大まかに言えばグラマーじゃないと魅力的と考えられないような時代だったろうから、役柄を考えてああしたのかもしれない。

 

ドーナル・グリーソンが故郷の好青年役として出演していた。過去の出演作より、かなり老けた印象を持った。彼は寡黙で真面目な好青年を演じると良い味が出て、すでに名脇役として確固たる位置にあると思う。齢をとっても、善きお父さん役を演じられそうな気がした。

 

 

 

 

2017年12月 7日

ワイルド・スピード ICE BREAK(2017)

Fast_furious_8

 

- Universal -

 

人気シリーズの第8弾。今回はグループのボスであるはずのドミニクが、他の仲間たちと戦うという不可解な行動に出る。その理由は?という謎解きも加わった話。

 

このシリーズのアクションシーンは本当にすごくて、毎回感心させられる。優れたスタントマン、CGの技術者達が結集して、それこそ映画のファミリー並みに大活躍しているに違いない。息の合ったスタントをやれないと、必ず死人が出そうな激しいカーチェイスもあるから、関係者の連携は素晴らしいものだろう。プロの技が見られる。

 

車が自動運転で誘導されて、いっせいに走り出すシーンがあった。CGか実写かよく分からない。実写とすると腕利きのドライバー達が運転していたのだろうが、狭い道を走っている車に並んで侵入するのは、さすがに怖かったろうと思う。アクションの素晴らしさが、このシリーズの人気を支えていることは間違いないが、俳優たちも素晴らしい。特にジェイソン・ステイサムを引っ張ってきた点に意味があった。

この作品では彼が一番活躍していた。さらにドウェイン・ジョンソンが見た目に関しては最高級品だし、見た目と動きに関する現時点での最高級品を集結できている点で、他のアクション映画とは一段違うレベルを期待させる。下腹を殴った時、今までならただ吹っ飛んでいたが、この作品では下半身が先に飛ぶように、力学的に自然な動きが再現されていた。考えつくのは簡単だが、リアルに再現するのは大変だったろう。

 

水着美女たちの乱舞シーンもいつものように見られたが、今回はキューバ系の女史が多かったせいか、いつものモデル体型の女史より肉が見事過ぎて、ほとんどお尻がそのまま出ている娘もいた。もう少し隠したほうが、かえってセクシーではないかと個人的には感じたが、もろ出しが好きな観客も多いかも知れない。そこは、次回作で評価が明らかとなるであろう。やはり、この分野も思わず期待している。

 

今回の真の悪役は、シャーリーズ・セロン演じるハッカーだった。ハッカーだけじゃなく、自分たちの兵隊、航空機まで持っていて、資金をどうやって手にしたのか、手下をどう操っているのか疑問には思った。今までの首領は、たいていは腕力も充分に持つ兵隊上がりが多かった。もう路線を変えないといけないと考えたのだろうか?

セロン嬢は、今回は色気路線で勝負していなかった。スタイルは抜群だが、役割は憎たらしいだけの女を期待されているので、露出を控えたのだろうか?または、冷静に年を考えて色気は若手に譲ると決めているのか?劇場主としては、悪女には色気が必要と思う。峰不二子ばりの衣装で、主人公らを怒らせながら色気で出し抜くほうが面白かったと思う。

 

 

 

2017年12月 4日

家族の肖像(1974)

Conversation_piece

- CIC Gaumont -  

高齢の教授の住まいに、価値観の違う若者達が暮らすようになり、老教授が体験する混乱、心の交流、そして別れを描いた作品。 

公開当時、劇場で鑑賞した。かなり大がかりに宣伝され、いろんな雑誌で紹介されていたと思う。印象に残ったのは調度品や絵画、住居の豪華さ。ストーリー自体は、それほど感動するようなものではなかったと記憶する。

劇場主も還暦が近くなり、感じ方が違う今回の鑑賞では、少し理解が深まるかも知れない。そう期待して鑑賞したが、やはり話の内容について感動するには至らなかった。DVDで鑑賞。

部屋の見事さには、再度感動した。天井がとんでもなく高い上に、部屋のひとつひとつが広大で、おそらく一部屋に我が家族全員が寝泊まりすることも可能であろう。いかに温暖なローマと言えど、冬は暖房が効かず、寒すぎるだろうと想像した。

時代設定はいつ頃だろうか?母親が戦時中に亡くなった、自分は兵隊から帰ってきたと言っていたから、終戦時に20~25才として劇中で65~75才としたら、ほぼ同時代を描いていたことにならないだろうか?この作品の公開当時、ファシストの生き残りがいたのか?イタリアの事情はよく知らない。

テーマが切実なものに思えなかった。高齢の人間の、若い人間に対する感覚、自分の生い立ちや結婚生活に関する後悔の念や思い出など、おそらく監督自身が感じる感覚を、そのまま映像化したに過ぎず、私小説のような作品ではないかと思えた。

描き方についても、どこまで計算したのか理解できない部分が大きかった。「ああ、このカメラの位置は考えたなあ」と、感心してしまうシーンは少ない。この作品の当時、監督のビスコンティは脳卒中で動きが制限されていたらしいので、あたかもそんな人物の視点を再現したような、固定的で斬新さに欠ける構図のように思えた。

調度品や部屋の広さだけでは話が持たない。若者役のヘルムート・バーガーは確かに美男子だとは思うが、色気が漂うほどのイケメンとは感じないので、俳優の魅力で引っ張られる作品にもなれていないように思う。これはホモセクシャルな感覚がない劇場主だから、鈍いだけかも知れないけど。

若い娘役が絶世の美女だったら、作品の魅力が大きく変わったかも知れない。可憐な美少女が幸せになって欲しいといった老人の感情が浮き出ると、多くの人が感情移入できるはず。美男子への愛情だと、そのへんでついて行けない人も多い。監督のセンスに限界があったのかも知れない。本物の貴族だった監督のセンスは装飾品に魅力を持たせる力があったが、もっとダイナミックなストーリーがないと、万人には伝わらないだろう。

 

 

 

2017年12月 1日

パニック・トレイン(2012)

Last_passenger

- The British Film -

 

列車が何者かにジャックされ暴走する。乗り合わせた乗客たちの抵抗する様子を描いた作品。11月26日、衛星放送で鑑賞。

 

低予算で制作された作品らしいのだが、なかなか面白かった。列車ジャックを描いた作品は多いが、「サブウェイ・パニック」以外は、とてもとは言えない程度の面白さに終わっていたように思う。どれも相当には緊迫感が感じられ、密室独特の怖さが共感できたのだが、満足感に浸れるほどの名作は少ない。パニック状態を盛り上げようとして、演出過剰になっていなかったろうか?

 

この作品は満足できた。ただし、前半部は素晴らしかったが、後半は少し中だるみのようなものも感じた。もう少しで、さらに一段階上に行けたような気がするが、安易に流れたか、あるいは予算の関係か、緊迫感とユーモア、ロマンスや友情といった要素の表現に何かしら集約できないものがあったのかもしれない。

 

俳優は記憶にない人たちばかり。主演は「ミッション・インポッシブル2」に出ていたそうだが、覚えていない。美人女優さんはダンサーらしく、演技力に関しては感心できなかった。老紳士役は本格的な俳優なんだろうが、キャラクターとして何を強調したかったのか曖昧な印象。もっと厳格で、堅物のようなイギリス紳士だったらよかったと思うのだが、中途半端な印象。老淑女も同じで、せっかくだから過去に事件に遭遇して生き残っていたなど、過去の経験を生かす役割が欲しい。

 

主人公のキャラクターに関しては問題なかったと思う。そこが効いて、始まりの部分はとても完成度が高く感じられ、話に引き込まれた。でも途中、消火器でドアを破ろうとする動作は、明らかに力がこもっていなかったし、手に持って割れなかったガラスが、投げつけたら簡単に割れるなど、話としておかしいのでリアルでない印象につながった。運転席にも何か物を投げ込んだりできそうなものだ。それこそ、運転席に火をつけるくらいはきっとできると思う。乗客たちが犯人に何もできないことが明らかなように、何か設定を考えるべきだった。

 

犯人の個性はあまり分からなかった。顔すら見せていない。犯人が魅力的かどうかは、一般的には作品の魅力に直結すると思われる。そこを排除した結果が良かったのか悪かったのか、よく分からない。個性的な作品にはなったと思うものの、消化不良のような印象になったかも。

 

大事故が迫っている乗客たちが、酒盛りできるものだろうか?しかも子供をテーブルに座らせたまま。もし脱線や急ブレーキでもあれば、子供は間違いなく大けがするだろう。それに誰かが酒盛りしようとすると、きっとパニック状態の誰かが怒り出すはずだ。仲良く行動できるはずがない。無理な設定のように感じた。無理があると、作品全体の評価を下げてしまう。

 

 

 

2017年11月28日

羊と鋼の森(2015)

Photo

 

- 宮下奈都著 文藝春秋 -

 

高校を訪れたピアノの調律師に魅せられ、同じ職場で調律の世界を目指す青年。自分の才能に確信を持てないまま、現場で修業を続ける。そして、ある姉妹のピアノの調律を担当することになる・・・・

 

本屋大賞を取った作品。若々しい感性に満ち、しかも滅多に扱われることのない仕事に光を当てた独特の視点、そして無理のないストーリー展開に感嘆した。まだ映画は公開されておらず、平成30年公開を目指して製作中らしい。が・・・多分劇場で観ることはないだろう。おそらく派手な映画にはならないだろうから。

 

調律師には、1~2回、妻のピアノを扱ってもらったことがあるが、何をやっているのか分からないので、ぼんやり見ていただけ。あの仕事にやりがいを感じるという発想は浮かばなかった。そのへんが、小説家とそうでない人間の差なのかもしれない。あるいは、ピアノを学んだことがある人間と、そうでない人間の違いだろうか?

 

上手なピアノを聞くと感動することはあるが、そこに演奏者独特の特徴を感じることはない。フジコ・ヘミングの演奏はえらく独特で上手いのかな?と疑問に感じたが、他の有名ピアニストは誰もが凄いテクニックで、まったく同様に上手いとしか感じない。人による違いは、相当聞いていないと分からないだろう。音を色や景色で表現できる発達障害の方がいるそうだが、それに近い独特の鋭さを持っていないと、違いも分からないし、仕事の意義も見出せないのかも知れない。

 

この作品は実際に調律師から話を聞き、その表現を借りた部分もあるそうだから、本当に微妙な感覚の部分を、いかに上手く文章化し、ストーリーを構成するか、そこが作品の出来栄えの決め手だったに違いない。劇場主には音へのセンスがないが、それでも表現の一端を理解したような気分になれた。それは作品の表現力ゆえのことかもしれない。

 

さて、映画化された作品の出来栄えはどうだろうか?おそらく、映画では映像や音響に関しては、小説よりも明快で力強い表現ができるに違いない。音響は、もしかするとハイレゾの極致を行くような新しい技術を盛り込んで、通常の映画よりも高音質の音が使われるかも知れない。作品がそんなテーマだから、何か音で驚かせるものが欲しい。

 

演奏がもたらす感情、感覚についてのイメージは、かなり映像化できるだろう。ピアノの中身と演者の顔、指先の動き、背中からの映像を同時に記録し、いかに組み合わせるか、そこに自然の風景やCGなどをどう入れるか、そこらのセンスが問われることになるだろう。芸術を扱った作品だから、妙に素人受けを狙わずに繊細な映像表現にこだわれば、相当な名画ができるかもしれない。

 

 

 

2017年11月25日

ライジング・サン(1993)

Rising_sun

 

- 20C.Fox -

 

日本企業の進出が目立つロスアンゼルス。高層ビルで美女の殺人事件が発生。事件の背景には日本企業やヤクザ、米国企業や弁護士らの複雑な関係があった・・・DVDで鑑賞。

 

ショーン・コネリーがプロデューサ-も兼ねて主演していた。相棒役はウェズリー・スナイプスが演じていて、これがなかなか良い味を出していた。最近のスナイプスは落ち目らしいが、この時代は輝いていた。特にこの刑事役をした時が最も役柄に合致したように思う。その後の吸血鬼役は、ちょっとオーバー過ぎてB級の演技のような気がした。この作品ではヒーローでない役柄で、かえって好感を持てた。

 

これに対してショーン・コネリーの役は、少々出来過ぎの印象を受けた。プロデューサーだからカッコいい役をやっても良いと思うが、あまりに強すぎて、あまりに鋭すぎる。日本のことを何でも理解してそうだが、それはおかしいだろう。こんな刑事がいたら、犯罪検挙率はもっと高いはずだ。かえって人間的な欠点があったほうが、ずっとリアルになったと思う。

 

撮影方法も感心できなかった。明らかに古めの技術を用いて撮影した画像を観る印象があり、残念な感覚を感じながら鑑賞した。実際にはちゃんとしたロケをやっていたのかも知れないが、画質やテレビ映画みたいな撮影方法が気になって、スピード感や臨場感に乏しい印象を受けた。ちょっとした音響、カメラの配置や解像度?画質に何か工夫が足りなかったのではないかと思う。

 

日本企業の文化、姿勢を評価するセリフが目立ったが、かなりの誇張や誤解も多かったと思う。異文化を表現する場合には、もっと敬意を払い、真の姿に近づくようにしてくれないかと考える。フランスを舞台にした場合は、おそらく本当の姿に近く描けているはずだ。東洋の国だからと、異様な人種のような描き方をするのは良くない。

 

サービスの意味でだろう、若い女性タレントたちのヌードが時々見られたが、これも作品の質を考えると上手い演出ではなく、無駄な露出になっていたように感じた。丸裸の女性が乱舞する必要はなく、美しいモデル体型の女性が、少しずつ背中を見せるといった焦らしが必要だったと思う。謎めいた女性が、野心を隠しつつ何かを示唆しながら脱いでくれたほうが、怪しい雰囲気を醸し出したと思う。

 

この作品の当時の日本企業には勢いがあった。その時代を舞台に、独特な状況が原作には描かれていたのだろう。日本製品は技術面で優れたものも多かったと思う。ウォークマンなど、感動的な製品だった。主に米国が開発した技術を、より完成度の高い製品にして売り出す手法が目立ち、当時はオリジナリティに欠けると劇場主は批判的に考えていたが、多くはそれで成功していたから、劇場主の意見にこそ悲観的過ぎるとの批判が多かった。でも、好調は長くは続かなかった。

 

劇場主は企業家ではないから、企業の首脳たちの考え方は分からない。よって、あまり批判することもできない。彼らなりに、懸命の努力をして業績を確保し、利益を上げようと努力したはずだが、海外の企業のほうに分があったという、ただ結果がそうだということに過ぎないはずだ。もともと資源に乏しいから、日本の市場が持つ優位性と、戦後の復興への熱情が失われれば、業績が下がっても不思議ではない。

 

失速の理由は、おそらく米側の圧力により輸出は規制され、過剰な資金は韓国や中国に流れ込み、開発~輸出の勢いが下がったからではないか?企業にも問題はあったかも知れない。成功に酔ってしまったのか、自力で新規の技術を開発する能力、企業の活力を維持する体制を軽視していたように、外からは見える。発展する海外に投資したほうが、効率が良いのも確かだ。でも冷静に、もっと戦略的に戦う姿勢が、いつのまにか損なわれていたのかも知れない。

 

日本はもともと社会のあらゆる面が制度疲労を起こしており、企業も理不尽さ、非論理性、非戦略性が蔓延していると思う。小手先の修正、問題点のすり替えばかりする人が支持され、構造的に妙な組織ができあがっている。それに野武士のような経営者が去って、首脳部が官僚化してしまったようにも感じる。昔がどうだったか分からないが、経営に関係ない能力で経営者になる人物が、戦略を誤ったように思えてならない。成長している間は問題にならない欠陥が、安定期は明確になっただけだろうか?

 

でも問題点を是正できれば、きっと再び日は昇るはずだ。今の大企業は資金をため込んでいるそうだが、生き残りのために考えてのことだろう。何か有望な分野が発生したら、一気に参入して行くつもりかも。景気が延びれば、東芝やシャープのように破綻騒ぎが起こらないなら、また収益を上げてくるかもしれない。官僚化についても反省する動きがある。教育方針が変わって、自主性を重んじる方向になりそうだから、数十年後には効果が出てくるかも知れない。

 

 

 

2017年11月22日

プロミスト・ランド(2012)

Promised_land

- Focus Features -

天然ガス採掘権を狙う会社の社員が主人公。自信たっぷりに町に乗り込んだが、住民の鋭い指摘に立ち往生。しかも環境保護団体の人間が妨害し、仕事は失敗の結果が見えてきたが・・・

良くできた作品だった。主役のマット・デイモンと、共演者のクラシンスキーが脚本を担当しているから、おそらくクラシンスキーのアイディアによる作品ではないだろうか?アイディア、各々の人物の性格、立場などの設定が非常に上手くできていて、簡潔に描かれていたと思う。起承転結もはっきりしていた。

背景をぼかして写しながら、その背景の人物が何をやっているかよく分かるように計算して撮影していた。その演出が自然な感覚につながり、効果的だったと思う。

マット・デイモンの演技が特に素晴らしかったとは思えなかったが、軽く言うジョークはどれも良かった。同行した同僚をフランシス・マクドーマントが演じていて、とても良い味を出していたが、二人の掛け合いがリアルで、かつユーモアに満ちていた。

マクドーマントが息子に電話で連絡を取り合うシーンが何度か出たが、あれで彼女の立ち位置、生き方が上手く表現できていた。良い演出だった。彼女は主人公にねたみを持っているから、一種の悪役であり、真の敵役と言える。善き悪役だった。

クラシンスキーが非常に大事な役を演じていた。主役の敵なんだから、もう少し憎々しげに演じさせることもできたと思う。あるいは、徹底的な二枚目、理想に燃えた熱血漢の好人物として演出することもできた。少し中途半端だったかも知れない。

今は電気自動車の注目度が非常に上がっている。中国がガソリン車を排除したら、一気に流れは変わるだろう。発電には石油が必要としても、ガソリン車による直接のロスが減る。石油の需要は、かなり減るのではないだろうか?減ることは、環境にとっては良いことだと思う。

シェールガスの開発会社は、意外に経営破綻する例があるそうだ。開発にコストがかかるからだろう。住民対策に、この作品で描かれたようなコストが様々かかっていたと思える。中東の王様が命令で採掘するのとワケが違う。コストを抑え、相場に敏感に対応して、そして成り立つ厳しい環境のようだ。

でも現時点では、石油会社はスーパーパワーを持つ。戦争だって平気で起こすと思われるし、大統領になれる人間は、おそらく石油業界を敵にしたりはできない。大統領だって、平気で殺すはずだ。ましてや一個の町の住人の将来など、気にとめないだろう。嘘も上手に平気でつくだろう、そんな気はする。

シェールガスの採掘の際に、水を注入することは有名。それで環境破壊がどの程度起こるか知らないのだが、この作品ではかなり説得力のある説明で、問題点を指摘していた。水だけじゃなく、化学薬品を使うのは本当らしい。地下深くだから、害は軽減されるとは思うものの、地下水に影響がないはずはない。

石油会社から、この作品に圧力はかからなかったのだろうか?

 

 

2017年11月19日

ゴースト・イン・ザ・シェル(2017)

Ghost_in_the_shell

 

- Paramount -

 

近未来の世界。サイボーグ化した少佐は、公安9課の仲間とともに犯罪組織を追っていた。そして徐々に事件の背景、自分の秘密が明らかになる・・・・DVDで鑑賞。

 

鑑賞してまず思ったのは、この作品はブルーレイで見たほうが良かったかもしれないということ。「ブレードランナー」のような都市の映像が何度も描かれていたが、おそらくブレードランナー当時より技術が進んでいるはずだから、その表現力も上ではないかと思う。せっかくなら、高画質で観たほうが良い。 

 ただし、全体としての出来栄え、インパクトについては少し残念な印象も個人的にはあって、もう一度見たいとは思わなかった。ヨハンソンのコアなファンなら、何度でも観るのだろうが、あのボディスーツの色に問題があったかもしれない。 

 

この作品のウリは、何といっても主演のスカーレット・ヨハンソンが半裸状態で戦う姿だと思う。原作を見ていないが、もともとあんな格好で戦っているのだろうか?真っ裸だと映倫に触りそうだが、肌色のボディスーツなら許されるという判断が働いたのか、少し違和感のある服装だった。黒色系の色のほうが似あうだろう。しかも途中で本当の背中を見せていたようだったが、サイボーグなのに実際の肉が見えるのは変だ。あそこはCGで筋肉のようなものを描いたほうが迫力があったと思う。お色気も大事だが、肌が見えると体が機械のはずという設定が分からなくなる。 

 

作品のアイディアが斬新とは感じなかった。漫画ではどうなっているのだろうか?少なくともサイボーグになった主人公の過去に何かがある、元々は敵だった連中のために洗脳され、戦っているという話はたくさん見てきた。何かの警察に所属していて、個性的な仲間がいる、未来都市は立体的で、敵は都市の奥深くに異様な姿で潜んでいる・・・それも、もはや食傷気味の設定だ。もしかすると漫画の描き方が非常に斬新で、伝説的な人気を生んでいるのかもしれない。そうでないと、わざわざ海外から映像化の企画が舞い込むはずはないかも。

 

ビートたけしが日本語で堂々と会話していた。サイボーグ連中なら日本語と英語のチャンポンが理解できても不思議ではないと思うが、日本人からすると少し妙な設定だった。セリフを覚えきれなかっただけではなかろうか? あの設定も、中途半端ではなかったろうか?

 

2017年11月16日

世界から格差がなくならない本当の理由(2017)

Sekaikara  
 

- 池上彰著・SB新書 - 

 

格差社会を論じた本。何かの番組のためにまとめた内容を書籍化したらしい。したがって記述の中には池上氏以外の人物、たとえば番組スタッフが集めた資料、文章も含まれているかも知れない。池上氏オリジナルの内容かどうかも分からない。取材した専門家たちの意見をまとめただけかもしれない。

 

格差の問題は、現代社会の最大の難問ではないかと思う。昔からそうだったのだろうが、実感としてそうだと感じる状態は、この数十年のことではないか?様々な環境の進歩によって、以前より大規模になっているはずだ。たとえば欧州に移民が大量に流入するのは、経済的な格差があるからだろうし、そのせいで人種問題が表面化し、人種間の対立が目立つといった風に、格差が他の問題を誘発していく病態のようなものも感じやすくなっている。

 

もし富の再分配に成功しているなら、格差は一定のレベルにとどまり、「仕方ないかなあ。」程度の諦観のもとに許容されそうな気がするが、どうも昨今はそういってない。許しがたいレベルの格差、常識から外れた不平等があると感じるようになっている。感じるだけじゃなく、実際に格差は拡大しているようで、様々な統計でそれが示されていた。

 

なぜ富の再分配が成功しないのだろうか?それが、本の結論になるべきだろうが、読んでも結論めいた文章はないように思えた。もちろん簡単な方法など、ないのだろうけど、もう少し意見を紹介するくらは、やっても良かったのではないか。 

 

EUのような経済圏の誕生とネット空間の整備により、人や金は動き方が変わった。壁がなくなって富がグローバルに動くから、国の単位で何か方策を考えても、富は国境を越え、形を替えて逃れていってしまう。国境があることで不平等も固定化されていたのではあるが、境目の扱いが変わったことで、格差の持つ意味も変わってしまったようだ。

 

解決法の基本は税制だろう。税制が国のものである間は、国際的に協調して資産家が税金から逃げることができないように、どう対処するか?そこが大事な問題。しかし国同士が互いに隙を狙い、競争し合っている関係だから、協調は難しそうだ。格差問題は戦争につながりかねないが、根本から解決する協調の意欲は、互いの思惑に引っ張られて捨て去られる。それに各国首脳が真っ先に資産隠しに走るくらいだから、協調は夢のまた夢だろう。解決の糸口がつかめない。

 

今の20代の方達は、自分が大きな資産を形成できそうな予感、自信はあるだろうか?非常に稀には強い野望を持ち、実際にもかなりの仕事をやってのける人物がいると思うが、昔と比べたら、そんな野心家は少ないような気がする。巨大な富でなくても良い、裕福になれるだろうという予感だけでも欲しいが・・・
 

理由はいろいろあろうが、

①その必要がないくらい、社会はかなり豊かであること。

②既得権益が守られて、ありつける資産に限界がありそうに感じること。

③格差問題に対する危機意識が薄く、簡単に事が改善しそうな予感がしないこと。
そういった雰囲気のようなもので、希望を失っている人が多いのでは?と、想像する。よくは分からないが。 
 

劇場主が20歳の頃は、かなり貧乏なほうだったが、今後は豊かな生活を送れそうだという希望や確信のようなものがあった。学校を追い出されないなら就職はできるだろうし、家庭も持てるだろう、明日の食事を心配するようなことは、天変地異か戦争が起こらない限りないと思っていた。たまたま幸せな時代に生まれ、不安より夢のほうを感じることが多いように感じられただけかもしれない。劇場主の時代が、むしろ稀なのかもと思う。おそらく、当時の若者と今の20代では、微妙な感覚の違いはあるだろう。 

 

感覚を良い方向に誘導することは大事だと思う。ただの励ましではなく、若者が常識的な判断力で「無理してでも借金し、商売を始めたい。きっと上手くいくだろう。」「豊かにならないとは、あまり思えない。きっと対処法はある。」・・・そんな風に感じるように、融資枠や税制をいじるべきだろう。国家の意志が明瞭に示されれば、少なくとも良い方向に変化するはず。 

 

 

«夜に生きる(2016)