映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

2017年5月23日

ジャングル・ブック(2016)

The_jungle_book

- Disney -

ジャングルでオオカミらに育てられたモーグリ少年だったが、彼を恨むトラとの対決が待っていた・・・

・・・・DVDで鑑賞。いちおうミュージカル作品になっていたのだが、ほとんどの時間は少年と動物たちが会話したり、走ったりする様子が描かれており、ミュージカルの時間帯は長くない。その点で、中途半端な印象は受けた。でも曲自体は素晴らしい。サルの王様の歌は、オリジナル版の曲だろうか、それとも今作の新曲か?

画像も実に素晴らしかった。昨今のCG技術の進歩には驚かされる。「ナルニア国物語」でも、生きたライオンとしか思えない動きが表現され、もはや技術的に完成された感があったが、この作品は、あらゆる動物の動き、表情が実に美しく描かれ、実写としか思えない完成度。声優達も、一流どころを集めていたようだ。ディズニー映画の中でも、かなり力を入れて作られていたように感じた。

でも物語の企画としてはどうだろうか?見終わった後、この作品で特に感動したとは感じなかった。夢や勇気、何かの共感を匂わせる良い雰囲気はあったが、感動作とは感じなかった。劇場主の側の感性の問題かもしれないし、企画の問題かも知れない。

1967年のアニメ版は観たことがないが、絵本になっていて子供の頃から知っていた。イノシシなどと歌ったり踊ったりするシーンがあったはずだ。子供向けの愉快さに関しては、67年版のほうが徹底していたのではないか?

そもそもジャングルの中だけでの戦いで、今日の時代、感動を得られるものか?ジャングルより怖いテロとの戦いが連日報道されている日々である。核爆弾を落とされる懸念もある。先日のように、マレーシアの空港で、妙な液体をかけられて暗殺される恐怖と比べ、トラの恐怖はそうでもないように感じる。

もしかするとトラ一匹ではなく、集団としての悪者軍団が敵のほうが良かったのかも知れない。嫌がらせや、テロのような嫌らしい攻撃を他の動物に与える最悪の集団が敵だったら、怖さや嫌悪感が際立ったと思う。これは意外に大事な点だったかも。基本、敵は一人ではないことが実社会では多いし・・・

まあ、原作があるから大きく設定は変えられないだろう。少しだけ変えて、たとえばトラの首領に、野犬のような他の動物の手下がいるくらいで良いかも知れない。個々は弱いが、トラの威を借りて弱いものイジメをする悪いヤツラが欲しい。そんなヤツラがいたほうが、やられる側はより悔しいものだ。

また、主人公を助ける連中との心の結びつき、仲違いから最終的には献身に至るといった物語の流れにも欠けていたように思う。蜂蜜を得ようと工夫する場面などは、もっと省略しても良かったかも知れない。騙していたという概略さえ分かれば良かったのだから。そういった時間配分の点でも、問題が感じられた。

2017年5月20日

1000日のアン(1969)

Anne_of_the_thousand_days

- Universal -

ヘンリー8世とアン・ブーリンの物語。DVDで鑑賞。もともとは舞台用に作られたであろう戯曲が原作らしく、この作品でも舞台風のやりとりが少しある。でも、城を舞台にした屋外のシーンも多く、室内のシーンも広大な部屋でが多い。舞台劇の古風な雰囲気は、あまり感じなかった。

ヒロインは懐かしいジュヌヴィエーヌ・ビュジョルド。「コーマ」の主役だった方で、日本人にも似たような顔の人がいるような、分かりやすい美人だった。相手役はリチャード・バートンで、はまり役だったと思う。本当の王様のような雰囲気がする。エリザベス・テイラーの相手役よりも、この作品のキャラクターのほうが魅力を感じる。

劇場主は王室、宮廷を扱った映画は好きではない。基本として退屈な作品が多いし、憎しみに満ちた話を延々と観ていると、こちらも気分的に暗くなりやすい。この種の作品を観て、楽しかったと感じることがあるのだろうか?失礼ながら、この種の映画は、韓流愛憎劇が好きなオバチャン達がターゲットなのではないかと疑う。

この作品は、質の面では高級と思う。かなりの予算をかけているように見える。作品も140分を超えて長い。作風というか、雰囲気はかなり古く、時代劇の伝統にしたがったように思える。このような暗い話で現代風の演出をすると違和感が出てしまうので、この作り方は仕方なかったのかも知れない。

でも、そのせいで今の若い人に、この作品が受けそうな気はしない。韓国ドラマが好きな人にだけは大受けするかも知れないが、例えば恋人とこんな作品を観ても、なんだかドロドロした妙な雰囲気になりそうな気がする。テーマとして、恋愛関係の若者には好ましくない。

王朝もののドラマで感じることだが、当時は王に権力が集中しており、婚姻によって権力が大きく変化するため、王に関わるかどうかが生死をも分けたのだろう。もし王の力が不安定なら、実力で命令に反対することもできる。でも権力が不安定だと内戦が起こるから、それも困る。絶対王政に向かいつつあった当時は、王のわがままにも従うべきという習慣が蔓延し、それによる弊害が実際にも多かったと考える。

ヘンリー8世が男の子を得ることにこだわったことが、悲劇の元になったようだ。史実でもそうらしい。あとは教会の覇権、利権争い、国ごとの覇権争い、家ごとの覇権争いなど、元々の根深い競争がからんで、映画のような流れができたように思う。ある意味では、自然な流れだったのだろう。でも、結局は直ぐ女帝の時代になっているから、ほとんど無駄なこだわりだった。

無駄なこだわりに、野心を持つ人間が取り入って忖度したら、悲劇だ。

日本の天皇位について。今後どのような継承が成されるのか分からないが、有識者会議のあと、閣議で方向性が決まったらしい。劇場主はしかし、有識者会議の権威には疑問を感じた。メンバー選択の根拠、経緯も不透明。それに、真にふさわしい専門家がいたとして、その人達が皇室の方向性を決めて良いのだろうか?その根拠が、まず疑問。法律の明確な規定があったのか?

会議の報告書には、会議の前提となる法的根拠が書かれていない。総理から要請されたという記載があるだけ。公的文書は、「〇×法に基づき・・・」という記載が必要だと思うが、それがない。省略してよいものか?根拠不明の人間による根拠のない会議の結論など、参考に値するのか?それを元にした閣議決定も同様。

国会承認が出たら、初めて根拠が発生するのだろうが、それでは権威ある流れとは言えない。忖度で決めちゃえという適当さを感じる。皇室に関わることには、真摯な態度を基本とすべき。本来なら、面倒だがまず国会で手順を決める対策法を定め、法に基づいて会議を開催、それを元に閣議決定および国会承認という手順が正しいのでは?そして法の範囲の中で、皇室の意見も反映されるべきと思う。

 

 

2017年5月17日

エクス・マキナ(2015)

Ex_machina

FIlm4 Universal etc

- 恐怖 -

人工知能開発の仕事に主人公は抜擢される。AIと面接して、人間性を確認する日々。しかし、主人公は騙されていたのだった・・・・

・・・・アカデミー賞の視覚効果賞をとった作品。DVDで鑑賞。静かな作品で、映像は非常に美しかった。アレックス・ガーランドという方が脚本、監督を担当していた。

エクス・マキナはラテン語らしい。この作品では、おそらくヒロインが機械仕掛けの束縛から脱することと、どんでん返しをかけたたような意味合いらしい。

似たような話は過去にもあったと思う。人間とコンピューターとの差がはっきりしなくなった時に、どんなドラマが起こるのだろうかという疑問は自然と起こるもののようだ。そこから様々なアイディアが生まれてきた。

「A.I.」は印象深い作品。母親から森の中で捨てられる悲しい場面があった。人間の子供を捨てるのと同じだから、涙なしでは観れないシーン。この作品は、あのような悲しさ、ドラマを重視していない。もっとサスペンスに重点を置いており、誰がどんな嘘をついており、どんな結末が待っているのかという点がミソ。狙いは良かったと思う。

ヒロインに相当するAIを演じたアリシア・ヴィキャンデルという女優さんが非常に美しかった。加えて、腹の部分などが透けて見えるCGも印象的。気味が悪くならない程度の内部構造、顔が非常に整っている点、動作も優雅でバレリーナみたいに動く点などが魅力につながっていたように思う。演技力以前に、彼女のキャラクター設定で成功していた。

オスカー・アイザックが事実上の主人公だったように思う。彼は歌手を演じたり、ヒーロー役をやったり、今回の奇人役も実に絵になっていて、演技力や存在感に感心する。ヘヤスタイルの選択も素晴らしかった。

傑出した仕事を成す人物には、サイコパスが多いと言う。確かに、人のことを考えて遠慮していたら大きな仕事を逃す可能性が高い場合もある。遠慮も配慮も、最初からないほうが仕事の上では都合良い。この人物は、そんなサイコパスの雰囲気が充分に出ていた。結構、魅力的な匂いも漂わせている。それもサイコパスの特徴らしい。

この作品は大傑作には成りきれていないように感じた。やはりドラマ部分での盛り上がりに欠けていたからだろう。涙なしで観れないようなドラマが欲しい。おそらく、誰かが犠牲になってヒロインを脱出させる展開か、あるいは相互に騙し合って勝者が次々変わる設定が欲しかった。

悪魔のようにずる賢いA.Iの怖さが目立つように、手の込んだ話にする、あるいは逆にCEOの悪さが目立つ、あるいは恋物語に特化するなど、ゾッとさせるか涙を誘う話を作ることができたと思う。

アラン・チューリングが提唱したというテストが使われていた。テストを映画に使うアイディアは良かったと思う。しかし、実際にテストをする場合、本当に意味のある方法とは思えなかった。人間性を確かめるためには、嘘を言わせる、言外の意味を理解させる、皮肉や冗談の理解、怒らせることなどが必要ではないか?

もうすぐ自動運転の車が公道を走る時代になりそうだ。さすがに怖い。運転者であるA.Iは事故を起こさないとしても、人間側が誘発されることはないのだろうか?また、各社のA.Iの仕様が異なることで、相互の車に予想外の動きを生む可能性はないのだろうか?たぶん事故が起こったら、「想定外でした・・・」で済ませられる気がするのだが、やられたほうはたまったもんじゃない。

視覚的なセンサーを使う場合、急に濃い霧が出たら大変なことになる。雷や電磁波の影響も心配。パソコンでは簡単にフリーズが起こるのだが、A.I.も基本的には同じような構造になっているはずなので、フリーズした車が運転を止めたり、ハンドルを急に切ったりすることはないのだろうか?

開発者達は、きっとそんなことを検討中だと思う。でも想定外の事態は起こりうる。劇場主は、自動運転には恐怖しか感じない・・・

 

 

2017年5月14日

生物はなぜ誕生したのか(2016)

A_new_history_of_life

- ピーター・ウォード、ジョセフ・カーシュヴィンク著、河出書房新社 -

・・・タイトルは、本の内容を正確に表現していない。生命の誕生というより、誕生して大量絶滅を経て、進化してといった歴史を論じた内容。この書籍の内容は勿論、映画にはなっていない。でも、テレビドキュメンタリーくらいには今後なりそうだ。できればBBCなどが、そんな企画を実現して欲しい。BBC作品なら、きっとNHKでも放映されるだろう。

複数の科学者の研究結果を集大成した感のある、かなり専門的な内容。一般人にも分かるようには書いてあったが、翻訳された文章は平易とは言い難い印象。もう少し、子供向けの言い方に近づけると、こちらとしては助かったと思う。

劇場主が中学生までに学んだ内容と、最近の地学の内容は随分違う。子供の図鑑を見ていて、そう気づく。スノーボールアースといった表現は、この本の著者らが言い出して初めて認知された言葉らしいので、高齢者世代では認識ができていない人も多かろう。進化や絶滅に関しても、認識は古いままと思う。

認識は、意外なほど大事と考える。正確な認識がないと、大事な問題に対して無関心だったり、古い観念にとらわれて悲観的になりすぎたりしかねない。その認識のレベルによっては、高い認識レベルの人を悪く評価し、「あいつは小難しい事を言っている、わけの分からない人物」といった風に排斥してしまいかねない。それで実害がないと良いが、そんなレベルの判断で、選挙でも自分に似た誤った認識の人物を選ぶと、当然ながら選挙結果が悪くなる。

地球環境に関する研究予算を考えると、分かりやすいかも知れない。防衛費最優先にしないとミサイルが怖い、地球環境のような興味ない分野の予算は認めない・・・・そんな大臣が選ばれたら、さすがに役人達も勝手なことはできないだろう。役人達の中でも、商品価値のありそうな研究に予算を集めたいという認識が主流なら、地球のどうのこうのを論じる研究は予算削減で意見が一致と相成るだろう。認識は大事だ。

ただし、人類に対する大きな脅威に対して、はたして対処ができるものなのか、そこは疑問に感じる。対処できないなら、認識がどうあっても、結果的に大きな違いはないことになる。

地軸の変化、太陽との距離、太陽の活動状態、巨大火山の噴火、酸素濃度の変動、温暖化物質の変動などは、いずれも大きな環境変化を生む要因だろうが、どれも対処は簡単じゃなさそうだ。もしかすると、酸素や二酸化炭素濃度を上げ下げする技術が、ミドリムシあたりを使って可能になるかも知れないが、地球レベルの量をいじるとなると、実現のためには膨大な予算が要る。計画に反対する人も多くなるはず。

赤道付近に人類を集めたり、極地に全員で移住となると、その予算や食料の分配、産業構造の変化にどう対処するかなど、スムーズな運営は難しそうな気がする。戦争が待っているのではないだろうか?戦争で、ある程度人間を減らす、人為的な絶滅計画が持ち上がるかも知れない。怖ろしいことだ。

地球温暖化対策についても、米国は後ろ向きの考え方に傾いているらしい。実際、本当に温暖化がこのまま進行するとは限らない。火山の噴火によって、一気に寒冷化が進む可能性もある。そうなると、「ほれ見たことか!温暖化なぞ嘘だったのだ!」と、勝ち誇った某大統領氏がツイッターで吠えるだろう。各国が足並みを揃えて対策をとることは難しい。

したがって、気候変動が来ると分かっても、それが実際の政策に反映されるまでに時間がかかるし、正しい案も凄まじい反対を受けるだろうから、対応は必ず遅れると考えたほうが良い。かなりの実害が生じて初めて事態の認識が進むだろう。おそらく、経済的基盤が弱い地域では多数の死者が出る。仮に対応策があるとしても、弱者は取り残されるはずと、劇場主は悲観的に思う。

 

 

2017年5月11日

マグノリア(1999)

Magnolia

- New Line ~Warner -

末期癌患者、その家族、クイズ番組に翻弄される少年、孤独な警官など、心に問題を抱える人々が入り乱れて登場するグランドホテル・スタイルの物語。DVDで鑑賞。   

それぞれの人物の演技が非常に上手く、演出も適切で、役者にも監督にも大変な才能を感じる。音楽の使い方も素晴らしく、その方面のセンス、おそらく監督自身のミュージシャンとしてのセンスも鋭どそうな印象を受ける。 

ユーモアのセンスも感じる。ドジな人間がやりそうな失敗、あせった表情が的確に伝わる。表情に注目すべき時はちゃんとアップし、背景として写っているだけのシーンでも、中心の人物の話に反応して後の人物が仕草を変えている様子が、ピンぼけ状態でもちゃんと分かるように演出されている。表現力が確か。

そもそもストーリーは監督のオリジナルらしい。神をイメージさせる流れは、作品のレベルを上げているように感じた。ただの群像劇だけでは、感動することはできない。運命や教訓をイメージさせるために、良い設定をしていたと思う。

いっぽうで全体的な流れの統一性や、話のつながり、最終的な盛り上がりには何か不足する部分があって、最高の出来映えには至らなかったような気もした。冗長になってしまっていた。

それに、この作品は子供向きの表現でない部分もあり、家族で鑑賞するタイプの映画ではないと思う。セリフには酷いスラング言葉も多かったようで、ほとんど理解できなかった。テーマとしては子供の心に関しての配慮を示唆する面があり、真摯な内容ではあったと思うのだが、作品は大人向きであった。

トム・クルーズが怪しげな啓蒙者を演じていた。自信たっぷりにプレゼンをこなすようなタイプの人物を演じさせると、若い頃の彼は非常に上手い。しかも、失敗して茫然自失するシーンがあると、そのギャップを明確に演じることができている。その鮮やかな対比の演じ分けが、彼独特だ。

ヤク中の娘を演じた女優さんや、末期癌で死ぬ寸前の患者を演じたジェイソン・ロバーツなどが、いつもにも増して非常に上手かった。名演技が多かったから、役者個人の能力だけじゃなく、演出法も良かったに違いない。

臨終のシーンがあったので、自分が死ぬときのことを考えた。

劇場主は家内に謝ることは多くないと勝手に思っているのだが、日常の態度に関しては問題がある。家内の無茶な行動を腹に据えかねて、無視したり冷たい態度をとったりすることが多いから、人として謝らないといけないだろう。でも、じゃあ今すぐに謝ったらどうかと言われると、今は嫌だと感じるのだが・・・

劇場主は、親の臨終に立ち会えなかった。遠方にいたし、仕事場を離れることが難しい上に、両親とも急変したので無理だった。幸い、意識がしっかりしているうちに生前のことへの感謝を伝えていたから、意識を失った後に会えなくても諦めがついた。一緒に暮らしていないなら、仕方ないのかと思う。

自分が死ぬときも、必ずしも子供達に集まって欲しいとは思わない。むしろ皆が忙しく、仕事で時間を取れずに集まれないまま、病院か施設のスタッフに看送ってもらったほうが幸せかも知れない。それだけ責任のある人間を育てることができたなら、そのほうが意義のある人生だったと言える。もし意識のある間に話ができているのなら、ひっそり死んで迷惑を最小限にできたほうが幸せかもと思う。

ただし、現実は随分違ってくるかも知れない。その時になってみないと分からない。

 

 

2017年5月 8日

ミュータント・ニンジャ・タートルズ 影 <シャドウズ> (2016)

-Out of the Shadows, Paramount Nickelodeon etc-

前作で逮捕した犯罪者集団のボスが脱走した。ボスは謎の宇宙人と結託し、地球を征服する作戦が始まる・・・・

・・・・DVDで鑑賞。このシリーズを劇場で観ようとは思えない。小学生くらいの子供がいて、他に適当な映画がない、時間が合わない、そんな条件がある時くらいしか観ないだろうと思う。

でも、出来映えに問題があるわけではない。アクションのレベル、CG技術に関しては、第一級の凄さがあると思う。愉快なアクション映画として、完成度は高い。お子様映画というだけのことだ。

今回は敵の側に新たなキャラクターが登場していた。イノシシやサイの姿をした悪役は、ユーモアたっぷりで存在感があった。妙な宇宙人も、普通に考えると弱そうなんだが、独特の気味悪さがあって、なかなか面白い。敵としての魅力は充分だったろう。

タートル達の冒険も、空中を飛んで別な飛行機に移るなど、派手で迫力があった。昔なら、あの画像を見て感動してしまったかも知れない。でも今は、他にも凄い映像を見せてくれる映画は多いので、特別に凄いと感じなかった。

愉快なアクションという路線に関しては、このシリーズは結構よい線いっていると思う。マヌケなヒーローが活躍する「デッド・プール」なども、路線としては同じと思うが、タートルズ達は各々が個性豊かで、ラッパー調の会話も面白く、他に代えがたい魅力がある。

ただし、劇場主だけだろうか?既に、このシリーズの趣向には慣れてしまっており、次の作品を是非みたいとは感じなくなっている。タートル達のアクションはそりゃあ素晴らしかろうし、彼らの会話はひねりが効いてておかしいことも分かっている。マヌケな失敗も笑わせてくれるし、最後はきっと敵をへこますだろう。

でも、たぶん感動することはない。感動するのは、本当のヒーローを感じさせる暗さ、自己犠牲、悲しい運命、別れ・・・そんな要素が大きい時に多い。あるいは、本当に画期的な展開、もしくは敵が素晴らしく魅力的だった場合もそうだ。このシリーズには、そこらの要素が欠けていると思う。

だから、このシリーズの映画化の企画は、既に曲がり角に立っているはず。

 

 

2017年5月 5日

存在の耐えられない軽さ(1988)

Orionmgm

- The Unbearable Lightness of Being -

自分達の自由を制限される側になったら、その憤懣は計り知れない。でも脅迫や迫害も怖い。当事者でない人間は無関心であったり、あたらず騒がずの態度に留まることが多く、自由人は社会的に排除されやすい。

プラハの春の時代を背景に、プレイボーイの脳外科医と妻、愛人らが経験する人間模様を描いた作品。DVDで鑑賞。3時間近い大作。・・・その長さこそ耐えられない! おそらく120分程度に短縮できるし、そのほうが多くの人が見やすかっただろう。

今となっては、プラハの春は過ぎ去った過去。若い人の興味の対象外のはずだ。解放され、そして分離してしまったチェコスロバキアの今日からすると、あの失敗は、ほんのちょっとした先駆けにすぎなかったのかも知れない。

プラハの春やチェコへの軍事介入を直接描くと、殺伐とした話になる。自由な考えの人間を描いて背景を強調するのは、ちょうど「ドクトル・ジバコ」と同じ手法だ。この作品も、意図がちゃんと反映されていた。

有名な俳優がたくさん出演していた。この作品の原作が有名だったから、将来性のある俳優が集まったのか、あるいは逆に、この作品で印象深かった俳優がスターになったのか、その両方かも知れない。

作品の存在は知らなかったが、タイトルは知っていた。小説が有名だったからだろう。でも、意味不明の邦訳ではないか?「耐え難い軽さ」だけでも充分じゃなかろうか?

ダニエル・デイ=ルイスが主人公を演じていたが、プレイボーイの雰囲気は全く感じられなかった。それに、年齢を経て変化する様子も全く感じられない。上手い演技だと納得することができない。でも、本当の色男は意外にあんな感じの、浮き世離れした人間なのかも知れない。

ジュリエット・ピノシュは若々しくて美しいが、こちらもヒロインの個性を非常に上手く表現できていたかどうか分からない。ときどき不必要に笑い出しているように感じた。演技より、演出に問題があったような気がするのだが、よく分からない。

長さと演出方法に問題があり、せっかくの題材が、その魅力を十分に発揮できていない気がする。家族で観れる映画ではないし、もっと色気に重点を置くなど、何かの戦略があったほうが良いと思う。乱痴気騒ぎを繰り返していた自由人が、虐げられた惨めな境遇に陥る流れが劇的なほうが良い。

ソ連軍が侵攻してくる予感は、映画でも語られていた。そんな時代には、大っぴらに政権を批判したりするのは賢くない。身に迫る危険を重視すべきだった。今の日本のように自由な環境は滅多にないはず。国内か国外か分からないが、激しい弾圧をやらかす勢力がきっとやってくるはずだ。

侵攻する際には、ソ連側も相当な時間をかけて慎重に検討したらしい。単純な怒りや、メンツ、力の誇示などが目的ではなく、抵抗に対して対策を講じ、入念に調査し、人員を確保し、やむなく武力で管理すべきと判断したんだろう。あちらからすると、本当に仕方なくやったことではないか?

西側が反発しても、軍事介入まではできないと考えたはずだ。その認識は正しかった。チェコ側は西側との連携が足りていなかった。西側も、積極的に支援して全面戦争に突入するのは愚策と考えたのだろう。数年前にクリミアを併合した時も、ロシアは同じように状況を分析して行動したのではなかろうか?

でも、周辺の国を管理し続けるのは、財政や人員、国力の無駄遣いには違いない。結果的に、それでソ連は崩壊したと思う。クリミアはどう影響するのだろうか?なんとか持ちこたえているようだが、今後はどうなるのだろうか?

 

2017年5月 2日

グランド・イリュージョン 見破られたトリック(2016)

Now_you_see_me_2

- Summit KADOKAWA etc -

地下に潜伏中のマジシャン集団が、陰謀を阻止するために巨大企業に挑戦する。作戦は成功したかに見えたが、逆にトリックをかけられていた・・・・

・・・・前作「グランド・イリュージョン」は、スピーディーな展開と美しい舞台の映像が魅力だった。この作品も予告編で同様な期待が持たれたのでDVDで鑑賞。DVDで充分と考えていた。それに、たぶん熊本の劇場では公開されていなかったのでは?

今作も、マジシャン仲間が華麗なトリックを披露し、その映像表現が素晴らしかった。カメラワークが実に躍動的で、迫力満点。音と光の演出も素晴らしい。それだけを観る目的で、この作品を観たって良いかも知れない。家族や恋人と鑑賞しても、たぶん悪い作品ではない。万人向けと言えるかも。

メンバーの女性が急に交代していた。ギャラが折り合わなかったのか?理由は分からない。

ダニエル・ラドクリフ君が出演していた。彼がキャスティングされる意義があったかどうかも分からない。ヒーローとしてスターになった青年が、やられていく役にならざるを得ないと、どこかしら切ない感情が生まれる。個人的には、もっと見るからに悪人づらの表情の役者のほうが役に向いていたと思う。今後の彼のキャリアが気になる。

とにかく、後は筋書きである。今回は、前作でやっつけたはずの人物から逆に攻撃されてしまうという常套のストーリーだったが、上手く設定されていて、納得はできた。一部、少し理解に苦しむ部分もあったが、最終的には許される範囲に留まっていた。

理解できなかったのは、潜伏していた彼らに指示を出す謎の組織が、なぜ急に指示を出せたのかという点。前回までの流れなら、FBIのローズ捜査官の指示がない限り、彼らは何も行動しないはずと思う。ローズ氏が納得しない行動から物語が始まった点は、解せなかった。

資金調達や集客、集金はどうやったのか?その他にも、細かい点でこじつけたような印象を受けた。タネを明かした後、観客が喝采を送り続けられるように設定しないと、この種の話は盛り下がる運命にある。軽い納得ではダメで、凄い!と、うならせないといけない。それがマジックの宿命であり、この作品でもそうだったと思う。

でも、もしかしてDVD化する際に、何か編集で削られて劇場主が設定を理解できなくなっただけかもしれない。

2017年4月29日

宝島(1950)

Treasure_island

- Disney -

少年が瀕死の老人から預かった地図には、海賊の宝物の場所が記されていた。宝を探しに、少年と町の有力者が旅に出るが・・・

・・・DVDで鑑賞。ディズニー最初の長編実写版作品らしい。印象としては、戦前の冒険映画のような古い作り方で、明らかにスタジオでの撮影と分かるシーンも多く、技術的に優れている印象はなかった。でも、クセのない演出で家族が楽しめるように作られていて、今でも子供が鑑賞可能な作品かも知れないと感じる。非常に受けるだろうとは言えないが・・・

主人公を演じていたのはボビー・ドリスコールという少年で、特別利口そうな顔つきとは感じなかったが、笑顔がかわいらしかった。当時の有名子役だそうだ。早世したらしいのも、当時の子役らしい。

悪役のジョン・シルバーを演じた俳優は、目つきを思い切り怪しく演じていて、なかなか良い表情だったと思う。今なら、おそらくもっと怖い顔をした俳優が演じて、もう少しリアルな方向で演じるのではないかと思うが、この作品の当時だとオーバーな表情が要求されたんだろう。

この悪役の個性が大事だった。単純な殺し屋では面白くない。利己的な面と友情にあつい部分、少年との独特な関係、頭の回転の良さ、度胸、度量。それらが独特な魅力になるよう、作者が意図して作り上げた個性だと思う。後年の「トレジャー・プラネット」などでも、その点は守られていたようだ。つまり、キャラクターが愛されていたということだろう。

映画についてよく思うのだが、悪役の出来は作品の出来映えに直結するようだ。主役の魅力ももちろん大事だが、悪役にクセがあって、悪いやつだが愛すべき点もある場合、作品の魅力はかなり増す。このジョン・シルバーこそ、その点で代表選手と言えるだろう。

魅力的なジョン・シルバーに対し、先日辞任した今村雅弘・前復興相は、魅力に欠ける印象を受けた。

政治家には悪役の顔をした人が多いが、魅力ある悪役顔の人もいる。今村氏は、そういったタイプではなくて真面目で、腹黒くない人物ではないか?東北地方の人々に対して、深い同情を持っていたのかどうか?そこは簡単には分からないが、テレビで表情を見る限りは、あまりなかったようだ。それを、そのまま吐露したに過ぎないのかも知れない。

氏が東北を目の敵にしよう、復興させまいといった本物の悪い意図で行動していたはずはない。自分に課せられた仕事はちゃんとこなそう、復興支援しようと考えていたはず。ただ、心から同情して献身したいような素振りはなく、淡々と職務をこなそうという程度の姿勢だったのでは?それだけなら、他の政治家も役人もおそらくそうで、際だって酷い人物とは言えない。

氏はJRの管理職だったそうで、日本会議に賛同(所属?)しているせいか、出世が非常に早い。勝手に想像すると、管理する側のイメージが思考の中心にある人物かも知れない。管理させたら優秀。役人タイプで権益を小出しにして大盤振る舞いはしない、情にほだされない、そんな個性を期待されて就任した面もあったのかも知れない。

しかし、復興は情をともなう分野だ。悲しみや怒り、絶望、そして復興にかこつけた欲が渦巻く怖い世界だから、情に対する配慮も必要。無茶な要求も多いと思うけど、それを端的に無茶だと指摘してはいけない。お茶をにごさざるを得ない場合もあるだろう。

要は、嘘が下手だったのでは?・・・もう遅いかも知れないが、悪役ジョン・シルバーの演技を観て、参考にして欲しい。魅力ある悪役、それが目指すべき(?)道かも。

 

2017年4月26日

エンド・オブ・キングダム(2016)

London_has_fallen

Milleniumm Films G-BASE etc

- トランプ時代のヒーローか? -

前作で米国大統領を救った主人公は、随行したロンドンで、またしてもテロリストに襲われる。ロンドンの街中を逃走するが、内通者によって大統領の情報が漏れてしまう・・・・

・・・・DVDで鑑賞。奇想天外なアクション映画の類に属する作品で、二級品だからと、あんまり期待しないで鑑賞を始めたのだが、意外に高度な映像表現でスピーディーな流れを維持しており、よく出来ていたと感じた。

主演のジェラルド・バトラーは制作者も兼ねていたそうで、この作品のウリを的確に判断し、商品としての価値を高めるべく、演出に必要なことはこなし、演技も見事だった。彼の大車輪の活躍が、この作品の成功の理由のひとつだろう。

トム・クルーズも自分の映画をプロデュースする能力があるらしい。彼と似たような立場で、バトラーも自らを演出し、企画に参画し、仕上げているようだ。かってチャップリンがそうだったように、全てを取り仕切るだけの才能があり、監督業もこなせるのではと思った。

この作品は、道義的に問題のあるシーンも多い。主人公はアンチヒーロー的な性格を有すると、バトラー自身も述べていた。おおむね正義のヒーローと言えるとは思うのだが、米国流のヒーローであって、万国共通のヒーローではない。興業面から言えばアメリカファーストでやるべきで、キャラクター設定としては、そうすべきだったと思う。

人権意識などない敵を相手にしていることは確かである。欧米同士が戦っていた時代とは、戦場のルールからして違う。ヒーロー像も、時代に応じて変わらざるをえないということではないか?

万国型ヒーローは、リンチめいたことをしない。でもそれでは、米国民の相当数の人達には、生ぬるく嘘っぽい印象を与えてしまうのではと考える。たとえば中西部でライフル片手に生活している人達は、「なぜ敵を殴って情報を聞き出さないんだ!」と、怒るのだろうと想像(勝手な想像だが)する。ヤワな印象が少しでもあれば、トランプ時代の今日、もはや批判の対象にしかならない。

問答無用であること、基本として力任せであること、手段を選ばないこと、タフでハードボイルドタッチの行動。そんな個性が、今は望まれているということだろう。上空から誘導ミサイルで攻撃することに、何もためらってはいけない。検討しすぎると、オバマ政権時代のように、急に作戦を中止したりしてロシアにつけ込まれる。この作品は、そこを正々堂々と訴えている。

でも巻き添えになる人には、たまったものじゃない。ラスト近くで、「建物内に民間人はいません!」と報告されていたが、あの程度の確認で大丈夫だろうか?「すんません、よく調べたら一般人の掃除夫がいました!」ってなことは、ありうることだと思うが・・・

 

«アルジェの戦い(1966)